FC2ブログ

    machromatic

    machromatic (マクロマティック) 美学者母のブログ

    私の言葉で救われる人が一人でもいるならば、それ以上に人生で求めるものは無い。(クリエイティブにおける救いの互助)

    皆さまどもっ!!!
    季節はすっかり秋になりましたが、
    この季節になると、
    なんとなく寂しい気持ちになって、
    周りを見渡すと、
    カップルや家族が楽しくしていて、
    さらに寂しさが増しますwww

    この様に人間というのは、
    自分よりも周りの方が、
    幸せそうに見えてしまう、
    上手くいっている様に見えてしまう、
    その様な側面を持っているわけです。

    しかし実のところ、
    幸せそうに見えるあのカップル、
    順調そうに見えるあの家族、
    その様なすべての人にも、
    あなたが抱く様な、
    劣等感や敗北感の様なものを、
    抱えて生きているわけです。

    そうやって世の中を見渡しますと、
    「助け合い」というのは、
    一つの大きなキーワードなのかもしれません。

    しかしよく勘違いされやすいのですが、
    「助け合い」と「馴れ合い」は、
    全く違うものなのです。

    私が考える「助け合い」と「馴れ合い」の違いは、
    「助け合い」とは、
    欠損の補い合いなのです。
    「馴れ合い」とは、
    欠損を無い事にする合意なのです。

    私はその様な点からも、
    「馴れ合い」は大嫌いで、
    私がこの様に文章で誰かを批判する、
    その様な活動は、
    「助け合い」の一環であると認識しています。

    それは批判とは、
    欠損を浮き彫りにするという役割があるからです。

    しかし物理世界やローコンテクストの世界では、
    「馴れ合い」ばかりが、
    「助け合い」と言いながら行われています。

    それは物理的世界などは、
    「実益」との結びつきが明確だからなのです。

    実社会で「助け合い」と言いながら、
    「利益」を囲い込み、
    「既得権益」を貪りつくクソな人間が、
    たくさんいますが、
    それはただの「馴れ合い」なのです。

    「助け合い」というのは、
    欠損を補い合い、
    Win-Winの関係が成立していなければなりません、

    その上でハイコンテクストな「助け合い」というのは、
    「実益」との結びつきが薄い分、
    「助け合い」のポテンシャルが大きいと考えています。

    具体的に私がここで言っている「助け合い」とは、
    どんなものかというと、
    それは、
    「クリエイティブにおける救いの互助」なのです。

    私がこの様なクリエイティブの世界へ入ろう、
    そう決意させてくれたのは、
    ロドニー・ミューレンというスケートボーダーです。
    私は彼のスケートボードのクリエイティビティに感動し、
    その頃の私を救ってくれました。

    そしてその様な救いを、
    私もこの世の中の一人でもいいから、
    救える様になりたいと、
    クリエイティブの世界へ入ったわけです。

    そして今日も、
    あるラッパーの作品を聴いて、
    今まさにそのクリエイティビティに救われました、
    その体験から、
    今この文章を書こうと思い、
    実際に書いているわけです。

    芸術というものは、
    この様な「救いの連鎖」「救いの互助」、
    なのだと考えています。

    私もこの様に、
    文章を書き自分の作品を発信していますが、
    その中で一人でも誰かの「救い」になれば、
    それ以上の事はないのです。

    そしてこうやって自分の作品を発信している私もまた、
    誰かの作品に救われているわけです。

    この様な循環こそ、
    「クリエイティブにおける救いの互助」なわけです。

    しかし芸術というものは、
    「諸刃の剣」なのです。
    その作品で一人が救われても、
    後の九十九人を傷つけてしまう、
    その様なものなわけです。

    しかし私はそれでいいと思っていますし、
    実際私の文章はその様な傾向が強いでしょう。

    では後の九十九人はどうすればいいの?
    と思われるでしょうが、
    それはそれぞれを救ってくれる芸術が、
    絶対にあるはずです。

    そもそも、
    全ての人々を救ってくれる芸術など、
    あり得ないのです。

    現代において「芸術」というものが、
    力を失っていると言われています。

    それは資本主義社会の評価の尺度が、
    明確な「資本」という数字になってしまい、
    どれだけ「消費」されるか、
    というものが「芸術」の「力」とされているからです。

    しかし私は知っているのです。

    「芸術」の「力」というものが、
    私たちの「救い」にある事を、
    そしてそれは「資本主義社会」の「実益」、
    つまり「資本」という「数字」には現れない事を、
    そして皆様も知っているはずです。

    貴方が救われた、
    「音楽」「映画」「舞台」「映像」「美術」、
    私も沢山の「芸術」に救われてきました。

    本当に「評価」されるべき「芸術」、
    本当に「価値」ある「芸術」、
    本当に「力」ある「芸術」、

    それは「あなたの心が知っている」のです。

    美学者母
    スポンサーサイト

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2018/10/17(水) 20:55:27|
    2. 美学・哲学
    3. | トラックバック:0
    4. | コメント:0

    あなたはなぜそのセミナーにハマるのか?(催眠商法の闇)

    まずですね、
    社会一般にセミナーと言われるものは、
    基本的に催眠商法の部類に入ります。
    では催眠商法の定義とは何かというと、
    催眠誘導が行われ、
    誘導後暗示をかけ、
    変性意識状態の相手を対象に、
    商売を行うということです。

    また心理セミナーなどは、
    この催眠誘導自体が商品として機能し、
    変性意識状態を商品としている場合もあります。

    しかしこの手の商法というのは、
    そもそもあなた自身が、
    「騙されに」行っている事に気づく事が、
    とても大切です。

    この様な商法でスクリーニングが、
    非常に重要なエレメントであるのですが、
    もし貴方が、
    「こころの問題」に非常に興味があり、
    その様な「セミナー」に行こうと思っている、
    という状況で、
    もうすでにスクリーニングは終わっているわけです。

    この状態ですでに、
    セミナー開催者と貴方のラポール関係は成立し、
    貴方は、
    「セミナー開催者」からすれば、
    どうにでもできる存在なのです。

    極端なことを言えば、
    オウム真理教の、
    麻原と信者の関係と同じで、
    テロさえ起こせる関係となります。

    その様なことを考えれば、
    貴方に10万、100万とお金を払わせることは、
    容易なことなのです。

    ですので、
    この様な「心」や「精神」という、
    ある種人間の根幹的な問題へのアプローチは、
    気軽に他人に委任してはいけないのです。

    そして本当にこの分野に興味があるのなら、
    まず「哲学」や「美学」、
    「脳科学」や「脳機能科学」など、
    根本原理から学ぶべきなのです。

    そういう意味でも、
    安易に手を出してはいけない分野で、
    この手の流派もNLPをはじめ多数存在し、
    またそこから新たな流派が生まれ、
    末端で行われているセミナーは、
    セミナー講師自体が、
    自分が相手にどの様な影響を与えているのか、
    その様な根本原理も理解していません。

    つまり方法論だけが伝授され、
    それで多額のお金を支払わせるという、
    悪徳催眠商法となってしまうのです。

    私が思うのは、
    この分野に興味を持ったら、
    まずはとことん自分で研究することです。

    安易な言葉、気軽な言葉に騙されてはいけません、
    この分野は非常に単純で複雑な世界です。

    そして自らあらゆる研究をしたのち、
    貴方に一番ふさわしいアートマンに師事するのです。

    この分野はそんな簡単でスマートな分野ではありません。

    もしかすると、
    貴方が気軽に行ったセミナーから、
    貴方の一生が全て失われる事があります。

    それはオウム真理教でも理解できますが、
    オウムは元々小さなヨガ教室だったのです。

    その様な教訓をお忘れなく。。。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2018/09/24(月) 19:28:59|
    2. 美学・哲学
    3. | トラックバック:0
    4. | コメント:0

    ありがとう、素晴らしい、良かった。あなたが本当にもらうべき言葉。(本当に貴方を思えば私は貴方を批判するだろう)

    今日もまた、
    私の目の前を、
    「ありがとう」、
    「素晴らしい」、
    「良かった」、
    というなんの気持ちもない言葉が、
    軽快に、当たり障りなく、
    過ぎ去っていくのである。

    私はアート活動をしているので、
    例えばフェイスブックなどでは、
    芸術や文化などの情報が多く流れてくる。

    しかしそこで行われているコミュニケーションは、
    「ありがとう」、
    「素晴らしい」、
    「良かった」、
    定型文で十分な言葉で、
    埋め尽くされている。

    身内や知り合いの中で、
    当たり障りない褒め言葉をやりとりし、
    やりとりにはなんの意味もない、
    ただ単なる社交辞令を繰り返している。

    貴方にとって本当に必要な言葉とは、
    一体なんだろうか???

    この世界というのは、
    そもそもそんな甘っちょろい所なのか???

    まぁよくよく考えてみると、
    身内で当たり障りのない褒め言葉に、
    違和感を抱かない人間は、
    その程度の人間なのだろうがだ。

    常にアップグレードしようとしている人間にとって、
    賞賛の声ほど無意味なものはないのである。

    それはただ単に、
    脳の快楽物質を一時感じる位で、
    それは「気持ちいい」のかもしれないがだ。

    どの世界でもそうなのだが、
    「批判」の言葉こそ、
    常にアップグレードを試みる人間にとって、
    「意味」を持つものはない。

    「批判」され、
    「反省」し、
    それを「フィードバック」して、
    「工夫」し、
    「改善」する。

    この様なフィードバックループを繰り返し、
    アップグレードのベースとするわけです。

    日本っていうのは、
    特に芸術に対しての、
    「批判的精神」というものが無い。

    「芸術」というだけで、
    「批判」することが「タブー」になっている。

    「良い」ことだけ言って、
    「悪い」ことは言わない。

    それはアイデンティティを傷つけるから?
    むしろ芸術家にとって、
    「批判」されない方が、
    危機的な状態だと考える。

    日本では通常芸術において議論が起こらない、
    それは「批判」が無いからだ。

    むしろ世俗的に倫理観を逸脱したものには、
    異常なまでの誹謗中傷が巻き起こる。

    私は日本でも常日頃から、
    芸術に対しての議論が、
    高レベルな領域においてなされるべきであるし、
    それを促進していきたい。

    直近でもヤノベケンジの、
    《サン・チャイルド》という作品が、
    問題になったが、
    世俗的な低レベルな議論を受け入れた、
    ヤノベケンジにも疑問を感じる。

    日本人はそもそも、
    常日頃から芸術の批判的議論さえしないのに、
    少しの倫理的問題を炎上させて追放する。
    それに負けたヤノベケンジが
    芸術家として一番問題である。

    もしかすると、
    私たち日本人は、
    「批判」されることに、
    全く耐性を保持していないのかもしれない。

    それは日本人は「芸術」を、
    「芸術」と聞いただけで、
    それは「素晴らしい」のだ、
    という思い込み、
    というか「洗脳」されているからだ。

    日本人にとって、
    「芸術=神」なのかもしれない、
    「触らぬ神に祟りなし」なのだ。

    これは日本文化と言っても過言ではないが、
    「芸術」を「批判」する、あるいは「議論」する、
    ということは、
    ある意味、
    「神」を「批判」する、あるいは「議論」する、
    のと同じ様に、
    不敬なことなのである。

    少なくともアートの本場である、
    欧米では、
    アートを議論することは、
    アートにとって必須の条件でもあり、
    またそれはアートのエレメントでもある。

    しかしこの様な「批判的精神」は、
    アートに限らず、
    あらゆることに言える、
    日本人はあらゆることの「議論」をしない。

    日本人において、
    「議論を嗜む」という「文化」が無く、
    あくまで「ダメダシ」というのは、
    「格」が違う人間がするものだと、
    思い込んでいるのである。

    これはある種「民主主義」の根幹とも繋がり、
    日本においての大きな問題であると考えています。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2018/09/16(日) 23:39:09|
    2. 美学・哲学
    3. | トラックバック:0
    4. | コメント:0

    人間にとってのアウトラインの大切さ。(リフレーミングという能力)

    いやいやいや。。。
    台風や地震がありまして、
    夏の暑さも異常だった2018年ですが、
    個人的には年末へ向けて、
    少し腰を落ち着けることができる様になってきました。

    しかしまだまだ、
    大阪や北海道など自然災害の爪痕が残り、
    被害の後片付けなど、
    不自由をしている方もたくさんおられます。

    皆んなで協力して頑張りましょう!!!

    そして今回は、
    人間にとってのアウトラインの大切さ、
    その様な事を言説していきたいと思います。

    私はアートが専門で、
    アート活動をしているのですが、
    アートにとってアウトラインというのは、
    原理と言っていいものです。

    そしてアートにとっての原理ということは、
    他の人間の営み全般に、
    関わってくるものなのです。

    それは、
    例えば「災害が多い日本」にも関係しますし、
    数十年前から問題の「ひきこもり」にも関係します。
    「宗教」や「ビジネス」、
    「政治」や「生活」、
    これら全てに関係します。

    それはどういうことか簡単に説明すると、
    人間はアウトライン、
    つまりフレームの中を生きている。
    そういう言い方が一番理解しやすいでしょう。

    そしてそのフレームワークというのは、
    人それぞれ違うということです。

    例えばそれは思想的に言えば、
    「大きな物語」からの、
    「大きな物語の終焉」という言い方もできます。

    つまり現代というのは、
    このフレームワークの偏差が大きくなっているわけです。

    つまり「大きな物語は終焉」して、
    個人それぞれが別々の物語を生きている時代なのです。

    つまりこの辺を考えると、
    前時代的な、
    精神医学自体が通用しない時代なのです。

    それは医学とは、
    「オーダーメイド」の治療はできないわけです。

    つまり「大きな物語」を想定した、
    ある種「一般常識」を想定し、
    その「常識」から逸脱したものを、
    「病気」と診断するわけですが、
    現代ではその定量的な尺度は、
    もう崩壊しているわけです。

    つまり、
    みんなが同じ「精神」を持っている、
    その様な前提条件では、
    つまり「精神医学」では、
    計り知れないのが、
    現在の「人間」なのです。

    少し話が「医学」の方へ逸れましたが、
    つまりこの様な事は、
    先述した人間の全ての営みに言える事で、
    その現状がわかりやすい、
    「精神医学」で説明させていただきました。

    私はこの辺で本当に歯痒いわけです。
    「精神医学」というものは非常に遅れており、
    また社会は「医学」というものを「盲信」する。
    私が知る限り、
    日本の「精神医学」が機能していないのは、
    明らかな現状で、
    その様な「医学」、
    つまり「権威主義」的な、
    「精神の不理解」によって、
    社会全体に弊害を起こしています。

    例えば、
    今話題のスポーツ界での「パワハラ問題」、
    これも「権威主義」の名残であり、
    更に言えば「軍国主義」の名残であるわけです。

    私は小さい頃から高校まで「野球部」でしたので、
    スポーツ界の「暴力」というのは、
    身を以て体験しています。
    この様な「暴力」は、
    非常に「非合理的」なもので、
    全く意味のないものです。

    ここからは「精神」ではなく、
    「脳」と言いますが、
    ここまで述べてきた様な、
    様々な「脳」の問題というのは、
    大抵「リフレーミング」というもので、
    「問題解決」することが「可能」なのです。

    なぜなら「人間」は、
    「アウトライン」つまり、
    「フレーム」の中に生きているわけです。

    それは「私の知り得る概念世界」とも言えます。

    人間はその前提、
    すなわち「私の知り得る概念世界」、
    それは「私の知らない世界」も含まれますが、
    その前提を「絶対的世界」として生きるわけです。

    その「絶対的世界」というのは、
    「私が知らない世界があるのを知っている」、
    その様なことも含めた「絶対的世界」。

    普通人間はその、
    「絶対的世界」でしか生きれないと、
    「思い込んでいる」のです。

    しかし人間はその前提、
    つまり「アウトライン」、
    または「フレーム」を自由に変化させる事ができます。

    それを「リフレーミング」というわけです。

    基本的にアートは、
    このリフレーミングを自分でできないと、
    アートを理解しているとは言えないと、
    私は考えていますし、
    そもそもそれは「アートの原理」なのです。

    なかなか自分自身で、
    自分を「リフレーミング」する能力をつける、
    というのはハードルが高いですが、
    他人から「リフレーミング」してもらうというのは、
    EMDRという眼球運動を使った方法で、
    専門機関に行けば治療を受ける事ができます。

    私は以前からこのEMDRの有効性を訴えていますが、
    あまり広がっていない、
    それは副作用が強く、
    「医学界」などがこの方法を推奨していない、
    その様な側面が大きくあります。

    その他で言えば、
    認知行動療法なども、
    「リフレーミング」には有効です。

    今の「精神医学」は非常に遅れていますが、
    「医学」的に治療を受けたければ、
    探せば「専門機関」があると思います。

    私はアート活動をしていますので、
    「医学」ではなく、
    「美学」的に「リフレーミング」を希望する方は、
    私に直接相談して下さい。

    これは本当に重要なのですが、
    「アウトライン」や「フレームワーク」の、
    「リフレーミング」は、
    すごい力を持っています。

    この辺の事に興味のある方も、
    ぜひ一度美学者母にご相談ください。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2018/09/12(水) 19:28:10|
    2. 美学・哲学
    3. | トラックバック:0
    4. | コメント:0

    若い頃に怖いものなんて何一つなかった。大人になって色んなものが怖く思えた、でもその怖いものを全てぶっ殺すんだと決めた。

    あつはなつい美学者母です。
    先日エルサルバドルという中米の国から、
    狭山美学校にゲストが宿泊していただき、
    約一週間くらい連泊していただいたのですが、
    あまりコミュニケーションをとることができず、
    少し残念でした。 

    しかし狭山美学校という場で、
    世界中の人々と交流できることは、
    私にとって宝となっております。

    まぁそんなこんなで、
    狭山美学校も運営しながら、
    狭山美学校のブラッシュアップや、
    新規事業、野望、展望、
    毎日いろんな事を考え模索してるのです。

    そんな日常を過ごす中にも、
    私自身の美学というもの、
    決してぶれない芯のようなものがあります。

    若い頃というのは、
    なんというか無知をベースにした、
    全知全能感というものを持っていました。

    どこから沸き起こってくるのかわからない、
    とめどない自信、不死身感。

    そしてそんなメンタルですから、
    とにかくなんでも無茶苦茶な事をします。
    暴力、犯罪、その他色々www、
    実際私は三回死にかけています。

    死ぬことも全く怖くなかったのです。

    そうなるとある意味無敵です。

    そんな若い頃を過ごして、
    死なずにこうして文章を書いている。
    それこそが私にとっては奇跡です。

    今から思えば、
    よく死ななかった?
    殺されなかった?
    と思うわけですwww

    しかし大人になると、
    若い頃と違って、
    色々なものを知って、
    色々な事が観えてくるわけです。

    もう無知で不死身な自分では、
    本当に死んでしまう、
    殺されてしまう、
    その様な状態を理性的に知る。

    大人になるとそうなって、
    ある意味あらゆる事が怖くなってきます。

    しかし私がある種若い時に持っていた思想、
    それはヴァンダリズムだったので、
    その私の美学を曲げたくはなかったのです。

    そこから私はいろんな事を学ぶ事にしました。
    私は正当に破壊していく方法を考えたのです。
    それは教養や知性を高める事です。

    この大人の世界で、
    全てをぶっ壊していこうと思えば、
    それなりの教養や知性がなければ、
    自分が殺されるだけです。

    私が教養や知性を高めているのは、
    若い頃と同じ様に、
    全てをぶっ壊していきたい、
    ただそれだけの欲望です。

    若い時に私は周りから、
    「あいつはイカレテル」と、
    よく言われていましたが、

    私は大人になっても、
    そこは変われない所であり、
    この生き方は私の美学なのです。

    大人には大人のバトルの仕方があるし、
    大人には大人のサバイヴの仕方がある。

    私の中で、
    ヴァンダリズムというのは、
    私が私である為の美学なのです。

    私の事をただ過激な人間だという人は、
    多くいますが、
    もう一歩踏み込んで、
    私がなぜ過激なのかという事を、
    少し考えていただければ、
    さらに美学者母を楽しんでいただけるでしょうwww

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2018/07/27(金) 17:03:47|
    2. 美学・哲学
    3. | トラックバック:0
    4. | コメント:0
    次のページ

    Profile

    FC2USER590191GYW

    Author:FC2USER590191GYW
    mama Artist Promotion Video
    http://www.youtube.com/watch?v=mR12s6MhMS8



    美術家 「mama」 Official WebSite
    http://www.mamalab.info





    facebook
    http://facebook.com/machromatic






    COMPOSITE ART COMPANY "machromatic"
    マクロマティックは大阪・岸和田に拠点を置く総合芸術企業です

    美術商 第622122106978号 大阪府公安委員会



    マクロマティック心理芸術療法研究所
    http://www.artstherapy.biz/







    『ウェブアート宣言』(Web art declaration)

    本日、2010年5月9日。
    インターネットという虚像と実像が共存する場。
    虚像と実像が表裏一体であり、媒介する。
    その媒介した場所が空虚である。
    インターネット上のウェブはまさに空虚である。
    その空虚であるウェブで。
    己が己である事を確認し。
    ウェブインスタレーションと定義する。

    http://www.machromatic.net

            現代美術作家 田中智和
                   (mama)






    Macromatic is an composite art enterprise in Kishiwada city, Osaka area.



    "Web art declaration"

    Today, May9th,2010
    Place where the internet exists together between virtual image and real image.
    The virtual image and the real image are consistencies, and it mediates.
    The mediated place is empty.
    The web on the Internet is exactly empty.
    With the empty web.
    The thing whose yourself is yourself is confirmed.
    It is defined as the web installation.

    http://www.machromatic.net

    Artist Tomokazu Tanaka (aka.mama)
















    マクロマティック
    http://www.machromatic.net

    SELECT ART SHOP マクロマティック
    http://machromatic.shop-pro.jp/

    美学者母ブログ
    http://www.aesthetics.jp/

    machromaticメールマガジン登録
    http://www.mag2.com/m/0001288712.html

    ショップメールマガジン登録
    https://secure.shop-pro.jp/?mode=mailmaga&shop_id=PA01073629

    Twitter
    http://twitter.com/machromatic

    skype名 machromatic




    office
    〒596-0021
    大阪府岸和田市松風町25-18
    美術商 第622122106978号 大阪府公安委員会
    TEL/FAX 072-447-4066
    MAIL office@machromatic.net





    【本名】田中智和 (mama、母)
    現代美術作家・アートディレクター
    (専門分野)
    ストリートアート・ストリートカルチャー

    日本会議 正会員

    One JAPAN project 代表
    http://www.onejapan.jp

    Art×Street(日本アート×ストリート協会)
    http://artxstreet.com



    【略歴】

    ※1978年
    ・大阪府岸和田市に生まれる

    ※1994年 
    ・鳥取県へ移住

    ※1996年 
    ・スケートボードをはじめる

    ※1997年 
    ・大阪に帰ってくる
    ・アーティスト活動開始

    ※1998年 
    ・グラフィティライターとしてストリートで活動開始

    ※2002年6月 
    ・大阪のスケートボードショップOVAL NETWORKで個展

    ※2002年7月 
    ・大阪の古着屋MAX FIELDで個展

    ※2002年8月 
    ・村上 隆が主催するアートイベント 「GEISAI-2」(東京)に参加

    ※2003年7月 
    ・大阪のclub NEOのクラブイベント「NEO SUMMER FESTIVAL」に参加

    ※2004年6月 
    ・大阪・岸和田の岸和田中央会館ギャラリーで個展
            mama Art Show 2004 「春 風 花」

    ※2005年5月 
    ・大阪・岸和田の町家 光輪庵で二人展
       machromatic Art Show 2005 「こころ、であう。」

    ※2005年12月 
    ・大阪府公園協会・泉佐野市公園緑化協会主催
    「Twinkle Park in Rinku 2005」でアートパフォーマンス

    ※2006年4月 
    ・「第3回 ART BASE NULL 作家交流展」(泉佐野 新井邸)に参加
       後援 大阪府、大阪府教育委員会など。
    ・遊び心創作家として活動開始

    ※2006年9月 
    ・主催 文化庁 共催 田尻町教育委員会
     「こどもアート体験 北欧~日本展」参加

    ※2006年11月
    ・Joint Art Battle -JAB-(富山)参加

    2007年4月
    ・東京・下北沢のclub WEDGのアートイベント参加
      1seam「New Born Babys☆」

    ※2007年5月 
    ・第4回 ART BASE NULL 作家交流展(泉南市 山田家)に参加
      後援 大阪府、大阪府教育委員会など。

    ※2007年10月 
    ・食の専門学校レコール・バンタン臨時講師(大阪市)
     展覧会「食とアートのコラボレーション」プロデュース

    ※2007年12月 
    ・Joint Art Battle -JAB-(富山)参加

    ※2008年5月 
    ・第5回 ART BASE NULL 作家交流展(泉南市 山田家)に参加
      後援 大阪府、大阪府教育委員会など。

    ※2008年6月
    大阪・大阪市中央区「ぎゃらり かのこ」で個展
      mama exhibition「アートバイブレーション」

    ※2009年11月
    東京・有楽町でのアートフェア
       「YOUNG ARTISTS JAPAN Vol.2」参加

    ※2010年5月
    『ウェブアート宣言』(Web art declaration)

    ※2010年6月
    雑誌「プライベートアイズ」の特集へ参加
    きこえをアートする デコレーション補聴器の作品提供





    ■■ machromaticホームページ ■■

    PC用  http://www.machromatic.net

    Latest journals

    Latest comments

    Latest trackbacks

    Monthly archive

    Category

    mama (美学者母) ブログ (263)
      映画 (4)
      アート (63)
      日常 (30)
      美学 (5)
      美学・哲学 (55)
      美術作品 (3)
      美術理論 (18)
      政治 (30)
      デザイン (4)
      セックス (0)
      オリンピック (0)
    愛犬武蔵 (1)
    ヒップホップ (3)
    映像 (2)
    ワールドカップ (0)
    経済 (29)
    スポーツ (1)
    福島原発 (1)
    高校野球 (1)
    だんじり祭 (4)
    在日問題 (0)
    インターネット (3)
    宗教 (1)
    ファッション (1)
    展覧会 (1)
    音楽 (1)
    オムニアート (1)

    Search form

    Display RSS link.

    Link

    add link

    Friend request form

    Want to be friends with this user.