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    machromatic (マクロマティック) 美学者母のブログ

    なぜ世界は存在しないのか(マルクス・ガブリエル)新しい実在論


    IMG_5633.jpg



    皆さまどうもです!!!
    最近は哲学書を読んだり、
    思考実験をしたりして過ごしております美学者母です。

    新作も今年中には発表しようと動いていますので、
    みなさま楽しみにしていてください。

    それで先ほどさらっと、
    ドイツの哲学者、
    マルクス・ガブリエルの、
    「なぜ世界は存在しないのか」という本を読み終えまして、

    この方は、
    思弁的実在論のカンタン・メイヤスーなどとも、
    連携し新しい哲学の潮流を作っている方です。
    「新しい実在論」を提唱されています。

    今回この本を読んでいて、
    非常に私の世界観と近いので驚いています。
    私がインターネットをマテリアルとして、
    制作している作品群は、
    この「新しい実在論」で最も重要なエレメントの、
    「意味の場」を使っている作品群だからです。

    また現在の経済や科学、テクノロジーなど、
    最先端で起こっているムーブメント、
    「分散型」の社会や世界を、
    如実に語っていますし、
    今後世界が向かうべき方向性が、
    明らかに指し示されています。

    現在は中央集権的社会、
    世界が広がり、
    またいきすぎた科学信仰でのニヒリズムなど、
    様々な問題が人間の生きる意味を奪っています。

    その上で、
    「世界は存在しないのだ」という切り口で、
    逆説的に、
    「だから私たちは存在しているのだ」という解を導き、
    その上で私たちが生きている意味を指し示します。

    私はこのことを仏教哲学の、
    「空観」「中観」「仮観」と同じだと感じました。

    「空観」=「構築主義」

    「中観」=「新しい実在論」

    「仮観」=「形而上学」

    これは仏教哲学も西洋哲学も理解しないと、
    なかなか理解できないわけですが、

    つまるところ、
    唯一絶対性を求めると、
    「ニヒリズム」に陥ってしまうということです。

    私は特に多様性が重要であると最近言説しています。

    それはまさに、

    「中観」=「新しい実在論」

    以上のような世界なわけです。

    少なくとも、
    様々な分野でこの様なムーブメントは、
    同時多発的に起きてきています。

    まず現在の状況で、
    知性的であることの前提が、
    多視点、多様性、多角的な作法が、
    最低限の作法となる事は間違いありません。

    今年は、
    この辺の「分散型」「多視点」「多様性」「多角的」、
    この様なことを広く研究します。

    美学者母
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    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2018/02/26(月) 02:35:38|
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    スコトーマと見透かす事とエポケーと(あなたの認知領域、認識領域の広げ方)

    皆さん2018年始まりましたね!!
    今年も宜しくお願いいたします!!

    昨年はビットコインFX相場に取り組んでいたので、
    色々と大変でしたwww
    一般的にFXは8割程度の人が負けます、
    まぁ普通にギャンブルですね。。。
    その中で確実に勝とうとすると、
    相当メンタルに負荷がかかりますので、
    昨年はとてもメンタル的にきつかったわけです。
    特にビットコインは値動きが異常ですので、
    一般の方は絶対にやめてくださいwww

    それと、
    この表題の話に移る前に、
    「エポケー」について先に説明しておきます。
    一般的に、
    「エポケー」=「判断を留保すること」
    括弧に入れる事などと言われます。

    エポケーという言葉じりだけをとっても、
    この本質的意味は理解できない言葉で、
    現象学や、現象学における現象学的還元など、
    なぜ「判断を留保する」必要があるのか、
    など包括的理解が必要な言葉です。

    その上で私のエポケーという言葉の使い方ですが、
    最新の認知科学や脳科学などの考えなども加味し、
    独自の解釈をしています。
    それは、
    「人間の通常の状態=判断していない状態」
    つまり通常の状態は意識として、
    何も判断していない状態と定義しています。

    つまり私のエポケーの解釈はこの時点で、
    一般的理解とは真逆になってきます。

    私の考えでは人間は普段通常の状態で既に、
    「意識上で判断を留保している状態」である、
    という立場に立って、
    「エポケー」という言葉を使っています。

    その様な私の考えから、
    一般的には、
    「エポケーしなさい」という認識ではなく、
    「エポケーされている」という認識になっています。

    私も一般的な「エポケー」の認識は理解できますが、
    自分の納得できる使い方をしたいので、
    自分なりの言葉の使い方をさせていただいております。
    色々な意見もあろうかと思いますが、
    批判的な方は私の誤謬だと理解していただければよろしいです。

    ではここから本題の
    (あなたの認知領域、認識領域の広げ方)です。

    そもそも人間は同じ世界を生きていない、
    その様な真理を理解することが重要です。
    例えば100人いれば、100個の世界が存在しています。

    一つの世界を100人が生きていると考えるのは、
    今すぐ捨てることが、
    認知領域、認識領域を広げる第一歩です。

    貴方が観ている世界と、
    私が観ている世界は、
    絶対的に違うのです。

    色も違えば、形も違う、匂いも何もかも違うのです。

    つまりここで何が言いたいのかというと、
    自己と他者の間には差異が存在するということですね。

    つまりその差異を観ることこそが、
    認知領域、認識領域を広げる事と同義なのです。

    ここは重要です。
    1つの世界を100人が生きている、
    つまり自分の観ているものが世界だ、
    という強い思い込みが、
    「ストコーマ(心理的盲点)」を生み出します。

    100人が100個の世界を生きている、
    その様な立場に立てば、
    自己と他者の世界の差異を観たくなります、
    それがまさに「ストコーマを外す」という事です。

    ではこの差異をどう探し見つけ、
    それをどう観える様にするのか、
    そのキーポイントが先述したエポケーです。

    例えば私たちは日常生活において、
    コップを意識的にコップとは判断しません。
    私はこのことを「エポケーされている」と言っています。

    最終的には一般的な意味と合致するのですが、
    「私たちは判断を留保されているのだという判断」
    をしなければなりません。

    それは自分がコップと思い込んでいるモノは、
    本当にコップなのかという疑いを持つことです。

    この辺は現象学的還元に入ってくるものですが、

    つまりもっと簡単に言えば、
    貴方が思い込んでいる「コップ」というモノは、
    貴方の「世界」では「コップ」という、
    「意味」や「概念」であるが、
    「他の世界」では、
    「コップ」では無い「可能性」がある。

    そういう思考回路を会得していくことが、
    結果「あなたの認知領域、認識領域を広げる」、
    ことになります。

    この様な考え方は、
    ダイバーシティな世界では、
    最低限の作法となってきます。

    ちなみに狭山美学校では、
    この様なことを学んでもらいますので、
    興味があればご連絡おまちしております!!!

    美学者母

    テーマ:art・芸術・美術 - ジャンル:学問・文化・芸術

    1. 2018/01/09(火) 16:05:16|
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    人生のコストパフォーマンス

    皆様お久しぶりーふ!!!
    この4月から、
    本格的に狭山美学校を始動させまして、
    民宿に関しては、
    2016年の6月頃から、
    民宿、アート、美学というコンセプトで、
    少しづつ運用はしていたのですが、
    この4月からはもう少しシステマティックに運用し、
    本腰を入れていく事になり、
    なかなか文章を書く時間がとれていませんでした。

    それで僕のアート活動も20年目になろうとしています。
    ある程度20年前に自分の設計図というものを描きまして、
    少しづつではありますが、
    その設計図をクリエイトしていく事ができています。

    まぁなんですかね、
    他人から僕の事を観ていると、
    好きな事しかしていないように観えるみたいですがwww

    うんっ、その通り!!!
    間違いなく好きな事以外していません、
    というか好きな事しかしませんwww

    と、ただのワガママな美学者母ではありません。
    ここから題目でもある「人生のコストパフォーマンス」、
    その事へと話を広げていきたいわけですwww

    僕が強く思う事があるのですね、
    それは、
    「好きな事だけで生きていく」、
    それっていかにも、簡単で、楽で、容易。
    そんなイメージが浮かびますが、
    実際は全く逆なんですね。
    本当にリスクだらけですwww

    さらに言うと、
    それはそれなりの覚悟と勇気が必要です。

    つまり、
    人間嫌な事を我慢して生きていく方が簡単!!!
    だから皆んな嫌な事でも我慢しているわけです。
    それは簡単だから。

    さらに言うと、
    実はこの命題には非常に哲学的な問いが存在します。
    つまりこの哲学的な問いこそが、
    人間が好きな事だけで生きていく事の、
    一番の障壁なわけです。

    もっと言うとこれは「美徳」、「善」、「悪」、
    その様な話でもあるのですね。

    つまりここまで僕が何を言いたいかを要約すると、
    「美徳」を得るために、
    人間は多大なるコストを支払っているという事です。
    それがつまりこの題目の、
    「人生のコストパフォーマンス」につながります。

    ではここからその本題である、
    「人生のコストパフォーマンス」について、
    話していきます。

    僕がこの20年、
    好きな事だけをしてきて一番大きな気づきがあります。
    それはいかに人間が無駄なコストをかけて、
    「日常」を「演出」しているかという事です。

    これは「己の美徳」に生きず「他人の美徳」に生きる。
    それはある種の体裁とも言えます。

    つまり人間が生きているほとんどのコストが体裁、
    すなわち体裁を作るためのコストだと気付いたのです。
    逆説的に人生に沢山コストをかける人は、
    それだけ体裁に沢山コストをかけているという事です。

    僕はそれに気づいてから、
    いかに自分の人生のコストパフォーマンスを上げるか、
    それをとても重要に意識してきました。

    そうする事で理解できるのが、
    人生は実は非常にローコストで楽しく生きていけるという事。

    つまり人生は「好きな事だけで生きていく」方が、
    ローコストであるという帰結なのですね。

    その代わりに、
    一切の体裁は排除していかなければいけません。
    それが前述した「覚悟と勇気」なのです。

    おそらく今後近いうちに、
    僕の様なライフスタイルが重要になってきます。
    なぜなら別の文章でも言及しましたが、
    今後どんどん産業は衰退していき、
    産業を担っていくのは人間では無く、
    ロボットやAIです。

    だからこそ今「好きな事」が重要なエレメントなのです。
    そして「人生のコストパフォーマンス」をいかに上げるか、
    それがもっとも重要なテーマです。

    この様な話にはある種倫理的な問題もあります。
    それは「好きな事」だけで生きる違和感です。
    つまり、ある種ルサンチマン的な、
    不幸に耐える事自体を「美徳」とする思考が、
    人間には多かれ少なかれあるのです。

    しかし私は、
    ある種の「快楽主義」を否定しません。

    なぜなら人間は、
    そもそもDNAレベルから、
    快楽を追い求めて生きているからです。

    今後この様なパラダイムシフトを理解して、
    自らの思考をシフトし、
    ルサンチマン的なある種「快楽」を脱しなければ、
    本当にただ「不幸」な人になってしまいます。

    皆様も改めて、
    自分自身の「人生のコストパフォーマンス」を、
    見つめ直してみてはいかがでしょうか。

    美学者母

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    1. 2017/04/14(金) 14:54:48|
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    KOHHに送る〜君の忘却には心があった〜

    あの展覧会から何年たつのだろうか。
    森村泰昌がディレクターを務めた横浜トリエンナーレ。
    今でもあの展覧会は非常に興味深かった、
    「世界の中心には忘却の海がある」
    その展覧会のテーマにも大きな衝撃を受けた、
    森村泰昌の計り知れない能力を感じた。

    人間にとって忘却とはなんであろうか、
    嫌なことを忘れる、
    覚えていたはずなのに忘れる、
    大事なことを忘れる、
    しかし、
    忘れたいのに忘れられない。

    忘却とは記憶と対極の概念なのだろうか、
    それは違う、
    忘却とは記憶と一体である。
    私たちは忘れることで記憶することができるのだ。
    では私たち人間は何を忘れ、何を記憶しているのだろうか。
    そして忘れた記憶はどこにいったのだろうか。

    さらに忘却の本質に迫る。
    私たちは忘却を、
    記憶が無くなる事と認識しているが、
    実はそうではない、
    忘却とは、
    記憶が私たちの認識できない次元に昇華されているのだ。
    すなわち忘却が貴方自身を私たち自身を定義するのだ。

    人間は3歳までにその人格のほとんどを形成するという、
    しかしほとんどの人間は、
    3歳までの記憶を忘却している。
    これは何を意味しているのだろうか、
    私たちの本質は、私たちの記憶には存在していない、
    すなわち私たちの記憶という、
    認識可能な領域には、
    実は私自身が私自身である本質は無いのである。

    記憶重視の現代社会、
    この忘却というものは、
    私たち人間の本質的なテーマではないだろうか。
    特に日本の教育は記憶重視の教育である。
    記憶する事が美化され、
    記憶する事を美徳とする。

    昨今ではコンピューターの発達に伴い
    人工知能、ニューラルネットワークによる、
    ディープラーニングなどの研究が盛んである。
    さらに知識の脳へのアップデートも可能になっている。
    そんな中で人間が人間たらしめる原理や真理、
    それらが重要な本質となっている。

    そんな中で私は、
    「忘却」
    それこそが人間が人間たらしめる原理だと考える。

    もしコンピューター、人工知能が、
    恣意的に忘却をしても、
    それは本質的な忘却ではない。
    コンピューターや人工知能に、
    「忘却」は不可能なのである。

    忘却とは、
    人間が人間たらしめる、
    貴方が貴方たらしめる、
    私が私たらしめる、
    最小のアーキテクチャなのではないだろうか。

    私がこの「忘却」に本質を見出したのは、
    2014年の横浜トリエンナーレ、
    「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」
    をきっかけに、
    2016年にリリースされた
    宇多田ヒカル「忘却 featuring KOHH」
    を経て熟考したプロセスである。

    最後に忘却の本質を申し上げるとともに、
    宇多田ヒカル「忘却 featuring KOHH」MUSIC VIDEO、
    をぜひご視聴頂きたい。

    美学者母

    テーマ:art・芸術・美術 - ジャンル:学問・文化・芸術

    1. 2017/03/16(木) 15:54:51|
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    学問とはなんなのかという話

    いまのアカデミアには「常識」が足りない:京大の異分野融合請負人・宮野公樹"

    http://wired.jp/2017/02/11/interview-naoki-miyano/

    昨今の最先端の学問分野での取り組みとして、
    様々な境界を取り除くという取り組みが活発です。
    それは先日批判した、
    大阪芸術大学アートサイエンス学科創設の話にも繋がります。
    細分化して専門性を持つという事に、
    もう学問としての価値は無いのですね。

    今回その様な思いもあり、
    京大の異分野融合の記事を取り上げてみました。
    この様な取り組みは世界中で行われており、
    特にMITメディアラボなどは有名です。

    この様なボーダーを取り除く事で、
    創造性が活発化し、
    新しい発見や、新しい気づきが生まれる事は、
    実証されています。

    そんな中で今の大学の役割、
    さらに私自身の立ち位置にも言及したいと思います。

    今大学は役に立つ事を求められています、
    さらにそれは今すぐ役立つ事を、
    それはすなわち研究に時間をかけれないという事と同義です。
    つまり突拍子もない研究はできないという事ですね。
    あくまで演繹性として時間軸でみても、
    すぐに人間の役に立ちそうな事が研究されます。
    それはある種、
    現在における最先端のテクノロジー研究に他なりません。
    現在はこのレベルだから、
    もう少し人間にとって便利に合理的にする。
    すなわち方法論としての研究が盛んとなります。
    これはその分野をいかに先鋭化させるのかという研究です。

    しかし昨今最先端の数少ない所では、
    その分野に限られた先鋭化をするよりも、
    様々な分野や専門が入り乱れる事で、
    思いもよらなかった、
    新しい発見や気づきが生まれています。

    この様なプロセスから生まれた発見や気づきは、
    今の私たちの社会や世界にどう有用なのかはわかりません。
    つまり即時的有用性が薄いものなのです。
    しかし新しい発見や気づきというものは、
    いつか人間の役に立つ事は間違いないのです。
    ただ今の演繹性では見えてこないだけなのです。

    この記事でも書かれている通り、
    学問とはなんなのかというものが、
    ここで問われてくるわけですが、

    僕自身も考えている事ですが、
    学問とは反省であり自己への問いです。
    今有益ではないが、
    この発見や気づきが、
    人類にとって、世界にとって、社会にとって、
    いかに有益なのかを考える事が学問だと考えています。

    実はこのテーゼはアートや芸術、美術の世界でも、
    同じ様な事が起こっています。

    例えば、今活発に日本中で行われている芸術祭、
    テクノロジーを使ったチームラボの様なもの、
    アートに即時的な有用性を求めている事に、
    非常に危機感を覚えています。

    僕自身は自らを創造者としていますが、
    芸術や美術、アートも、
    ある種学問であると考えています。
    そして現在において、
    真に学問を突き通すのは、
    僕の様なインディペンデントな創造者だと考えています。

    僕も色々な作品を発表していますが、
    現時点では一般的には形も浮かび上がって来ない、
    その様な作品群です。

    それはそもそも、
    即時的な有用性を求めて僕は制作していないからですね。
    僕はもっと人間の、世界の、社会の、
    普遍的な問い、超越論的な問い、原理、真理。
    それを自分自身反省し、問い、思考して、
    それらをアウトプットしています。

    つまり極論をいいますと、
    僕の作品は人間にとって、人類にとって、
    芸術に、美術に、アートになるのかも解らないものです。

    つまり私は、
    それを自分自身に問いを投げかけているわけです。
    つまりここでいう所の学問です。

    僕の考えている事に共感を集める事があれば幸いですが、
    僕が死ぬまで共感を集める事が出来ないかもしれません。

    しかしこの事実は揺るぎません。
    私は、
    自分の作品が人間にとって、人類にとって、
    芸術に、美術に、アートになるのか、
    という問いや反省を、
    一生かけてやっているという事です。

    それが芸術なのではないでしょうか。

    美学者母

    テーマ:アート・デザイン - ジャンル:学問・文化・芸術

    1. 2017/02/13(月) 22:40:21|
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    FC2USER590191GYW

    Author:FC2USER590191GYW
    mama Artist Promotion Video
    http://www.youtube.com/watch?v=mR12s6MhMS8



    美術家 「mama」 Official WebSite
    http://www.mamalab.info





    facebook
    http://facebook.com/machromatic






    COMPOSITE ART COMPANY "machromatic"
    マクロマティックは大阪・岸和田に拠点を置く総合芸術企業です

    美術商 第622122106978号 大阪府公安委員会



    マクロマティック心理芸術療法研究所
    http://www.artstherapy.biz/







    『ウェブアート宣言』(Web art declaration)

    本日、2010年5月9日。
    インターネットという虚像と実像が共存する場。
    虚像と実像が表裏一体であり、媒介する。
    その媒介した場所が空虚である。
    インターネット上のウェブはまさに空虚である。
    その空虚であるウェブで。
    己が己である事を確認し。
    ウェブインスタレーションと定義する。

    http://www.machromatic.net

            現代美術作家 田中智和
                   (mama)






    Macromatic is an composite art enterprise in Kishiwada city, Osaka area.



    "Web art declaration"

    Today, May9th,2010
    Place where the internet exists together between virtual image and real image.
    The virtual image and the real image are consistencies, and it mediates.
    The mediated place is empty.
    The web on the Internet is exactly empty.
    With the empty web.
    The thing whose yourself is yourself is confirmed.
    It is defined as the web installation.

    http://www.machromatic.net

    Artist Tomokazu Tanaka (aka.mama)
















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    skype名 machromatic




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    大阪府岸和田市松風町25-18
    美術商 第622122106978号 大阪府公安委員会
    TEL/FAX 072-447-4066
    MAIL office@machromatic.net





    【本名】田中智和 (mama、母)
    現代美術作家・アートディレクター
    (専門分野)
    ストリートアート・ストリートカルチャー

    日本会議 正会員

    One JAPAN project 代表
    http://www.onejapan.jp

    Art×Street(日本アート×ストリート協会)
    http://artxstreet.com



    【略歴】

    ※1978年
    ・大阪府岸和田市に生まれる

    ※1994年 
    ・鳥取県へ移住

    ※1996年 
    ・スケートボードをはじめる

    ※1997年 
    ・大阪に帰ってくる
    ・アーティスト活動開始

    ※1998年 
    ・グラフィティライターとしてストリートで活動開始

    ※2002年6月 
    ・大阪のスケートボードショップOVAL NETWORKで個展

    ※2002年7月 
    ・大阪の古着屋MAX FIELDで個展

    ※2002年8月 
    ・村上 隆が主催するアートイベント 「GEISAI-2」(東京)に参加

    ※2003年7月 
    ・大阪のclub NEOのクラブイベント「NEO SUMMER FESTIVAL」に参加

    ※2004年6月 
    ・大阪・岸和田の岸和田中央会館ギャラリーで個展
            mama Art Show 2004 「春 風 花」

    ※2005年5月 
    ・大阪・岸和田の町家 光輪庵で二人展
       machromatic Art Show 2005 「こころ、であう。」

    ※2005年12月 
    ・大阪府公園協会・泉佐野市公園緑化協会主催
    「Twinkle Park in Rinku 2005」でアートパフォーマンス

    ※2006年4月 
    ・「第3回 ART BASE NULL 作家交流展」(泉佐野 新井邸)に参加
       後援 大阪府、大阪府教育委員会など。
    ・遊び心創作家として活動開始

    ※2006年9月 
    ・主催 文化庁 共催 田尻町教育委員会
     「こどもアート体験 北欧~日本展」参加

    ※2006年11月
    ・Joint Art Battle -JAB-(富山)参加

    2007年4月
    ・東京・下北沢のclub WEDGのアートイベント参加
      1seam「New Born Babys☆」

    ※2007年5月 
    ・第4回 ART BASE NULL 作家交流展(泉南市 山田家)に参加
      後援 大阪府、大阪府教育委員会など。

    ※2007年10月 
    ・食の専門学校レコール・バンタン臨時講師(大阪市)
     展覧会「食とアートのコラボレーション」プロデュース

    ※2007年12月 
    ・Joint Art Battle -JAB-(富山)参加

    ※2008年5月 
    ・第5回 ART BASE NULL 作家交流展(泉南市 山田家)に参加
      後援 大阪府、大阪府教育委員会など。

    ※2008年6月
    大阪・大阪市中央区「ぎゃらり かのこ」で個展
      mama exhibition「アートバイブレーション」

    ※2009年11月
    東京・有楽町でのアートフェア
       「YOUNG ARTISTS JAPAN Vol.2」参加

    ※2010年5月
    『ウェブアート宣言』(Web art declaration)

    ※2010年6月
    雑誌「プライベートアイズ」の特集へ参加
    きこえをアートする デコレーション補聴器の作品提供





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    PC用  http://www.machromatic.net

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