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    machromatic

    machromatic (マクロマティック) 美学者母のブログ

    芸術家YouTuberとして、言葉としての音、観るとしての映像、それらに対する考え(伝えたい事を伝わる様にするという事)

    皆さま2019年、
    あけましておめでとうございます。

    という事で2019年になったわけですが、
    今年からYoutubeを本格的に運用していく予定です。

    Youtubeのチャンネル自体は、
    10年以上前から持っていて、
    色々と映像をアップしていたのですが、
    アート活動のツールとしては、
    なかなか使えていない状態でした。

    そんな中で、
    今回本格的に運用を始めていこうと、
    考えているわけですが、
    なぜこのタイミングで、
    アート活動としてYoutubeを、
    本格的に運用していくのか、
    それを述べていきたいと思います。

    それは実は簡単な事で、
    もはやこの時代において、
    私たちのような創造者、
    表現者の活動のツールとして、
    Youtubeなどの映像を使わないということは、
    もはや活動を放棄しているのと、
    同じ様な事になってきているという事なのです。

    しかしなぜ私が今まで、
    Youtubeなどの映像での活動を、
    躊躇してきたのかというと、
    Youtubeなどの映像媒体での、
    情報伝達の構造的問題があったからです。

    ではその構造的問題とは一体何かというと、
    それは映像の本質的な芸術構造が、
    時間軸を持ち、
    その連続性が対象者に受動的に与えられ、
    感覚的領域において、
    その情報は消費されるという事です。

    つまり簡単に申しますと、
    こちらが伝えたいというものが、
    そのものの本質という深さではなく、
    表層的なものとして扱われ、
    その伝えたい本質が、
    伝わりにくいという構造的問題です。

    今私が文章を書いている様な、
    文体としての言語表現では、
    芸術構造として奥行きというものが、
    ある程度存在するのですが、
    映像というのは、
    非常に奥行きを持ちにくいという、
    芸術構造の問題があります。

    その様な考えから、
    自分自身の考え、
    表現や創造というものを、
    なかなか映像にするという事に、
    踏み切れなかった理由になります。

    しかし時代は待ってくれません、
    あらゆる表現形態は、
    ある種表層的な映像へと流れ、
    また表現を受け取る側も、
    映像中心の世界へと入っています。

    そんな中で、
    なんとか私も映像を使わなくては、
    この時代においていかれる、
    その様な危機的状況をブレイクスルーすべく、
    色々と考え抜いた結果、
    映像というものの捉え方を、
    私自身の中で変化させる事にしたのです。

    それは、
    映像をただの拡散ツールとして割り切る事です。

    この様な考え方は、
    アーティストや様々な表現者、
    創造者に見習って欲しいのです。

    なぜならば、
    現在のアーティストは、
    自分自身の作品を創ればそれで終わりです。

    そしてなんとなく個展などの展覧会をして、
    いつも決まった様なメンバーに見てもらって、
    それで終わりです。

    私は今のアーティストや表現者、
    創造者に一番足りないのは、
    より多くの人に認知してもらう努力だと考えています。

    つまり作品とは「伝えたい事」ですが、
    「伝えたい事」を「伝わる様にする」努力を、
    全くしないのです。

    これって実は、
    一般的な常識からすると、
    非常におかしな事なのです。

    例えば普段のコミュニケーションでも、
    自分が「伝えたい事」があれば、
    伝えたい人へ「伝わる様にする」、
    つまり「話す」わけですが、
    今のアーティストや創造者、
    表現者は「黙っている」だけなのです。

    普通は「黙っていれば」、
    何も伝わらない事が理解できますが、
    今までのアーティストや創造者、
    表現者はそれを理解していないし、
    自覚していないのです。

    つまり私にとって、
    今回Youtubeを本格的に使っていこうと、
    考えているのは、
    「伝えたい事」を「伝わる様にする」、
    その「伝わる様にする」方法なのです。

    それはまず私自身のアーティストとしての、
    「認知度」を増やす事、
    美学者母という存在を「拡散」する事、
    つまりそれは、
    本質的に私の「アート」を体験、理解する対象の、
    「絶対数」を増やす事なのです。

    情報の伝達というのは非常に難しいです。

    伝えたい事が、
    誤解して伝わっていく、
    そんなことは当たり前にありますし、
    どんどんと自分を嫌う人も増えてきます。

    しかしその様な事を怖がっていては、
    本当に、
    本質的に「伝えたい事」を「伝わる様にする」、
    その様な事をスケールすることができません。

    私が本質的に伝えたい体験して欲しい、
    「アート」を例えば一人増やそうとすれば、
    百人の人の誤解を産まなければならない、
    しかしそのリスクを負っても、
    一人増やせるメリットを優先させたいのです。

    私が今回Youtubeという映像媒体を通じて、
    何をしたいのか、
    そしてなぜこのタイミングなのか、
    その様な事を述べてきましたが、
    これからの、
    アーティストや創造者、
    表現者には当たり前の方法論になるでしょう。

    美学者母
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    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2019/01/03(木) 18:37:25|
    2. 美学・哲学
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    4. | コメント:0

    ボーダレスな社会と概念的に分けないという事を、同義に考えている馬鹿が多いので、ボーダレスな社会と概念についてもう一度考えてみる。

    えっと2018年ももうすぐ終わりですが、
    今年を振り返りますと、
    この一年はコミュニケーションの難しさ、
    その言葉に尽きる一年だった様に思います。

    まさに100人いれば、
    100個の世界が存在する、
    その様な事を実感しましたし、
    私たちが勝手に思い込んでいる、
    ある種共通した世界観というもの、
    そんなものは存在しないのだと、
    そしてそれが存在するのだとすれば、
    それは「悟り」の世界だと、
    再確認した次第です。

    人それぞれの世界がバラバラであるから、
    それぞれの人は、
    自分が主体として存在する世界が、
    普通「世界」であると思い込んでいます。
    ここでいう「世界」とは、
    全ての人が共通する「世界」です。
    つまりそれを前提とすると、
    自分自身の「視座」が、
    「世界」の「有り様」であるわけです。

    さらにこの「視座」こそが、
    自分自身の「質」や「量」など、
    つまり「個性」や「人格」までもが、
    その「視座」から創発されてくるわけです。

    それは、
    自らの「世界」つまり「視座」から、
    観えるものしか「現実」ではなく、
    その「視座」から観えないものは、
    「非現実」というよりも、
    「無」に近いもので、
    それを「認識」や「思考」の対象とは、
    どうしても捉える事ができません。

    つまり冒頭に、
    コミュニケーションの難しさという事を述べましたが、
    人は自らの「視座」を「共通世界」だと思い込み、
    その「共通世界」に存在しない人を、
    ある種「敵対的」に、
    「差別」「偏見」し「排除」しようとするのです。

    昨今色々な場面で、
    「ボーダレスな社会」という言葉を、
    よく耳に聞く事があります。
    その根本の「ボーダー」にある原理とは、
    このコミュニケーションの不協和にあります。
    つまり前述したように、
    コミュニケーションの難しさには、
    それぞれの人の「視座」がバラバラで、
    「共通していない」という事実がある。
    まさにそれこそが、
    「ボーダレスな社会」というものを、
    実現させるコアなのです。

    しかし最近議論して、
    「ボーダレスな社会」や「多様性」というものを、
    かなり勘違いしている人が非常に多い事に気づきました。
    「ボーダレスな社会」とか、
    「多様性」とかよく言っている人の方が、
    根本的にそれを全く理解していないのです。

    それは、
    「ボーダレスな社会」や「多様性」と言うと、
    よし、分けて考えてはダメなんだな、
    色んな人がいるからほっておこう、
    と言う「無思考」に陥ってしまっている人が多いのです。

    しかしその「無思考」こそが、
    「ボーダー」なのだと、
    この様な人々は気づいていないわけなのです。

    先述した様に、
    「ボーダー」の原理とは、
    コミュニケーションの不協和ですから、
    そのコミュニケーションの不協和に対し、
    しっかり向かい合い思考しなければなりません。
    また「思考」とは、
    概念の先鋭化であり、精密化であるわけで、
    それは色々なものを細分化する事でもあるわけです。

    ですからそもそも、
    「ボーダレスな社会」は、
    分けて考えない事だという、
    「無思考」な態度ほど、
    浅はかな態度はないのです。

    では本質的に、
    「ボーダレスな社会」とは、
    一体どんな社会なんでしょうか。
    この世の中には数え切れないほどの、
    「ボーダー」が存在しています。

    男/女
    L/G/B/T
    障害者/健常者
    金持ち/貧乏
    年寄り/若者

    まず私たちが考えることは、
    「ボーダレスな社会」と「無概念」は、
    全く違う次元の話である事を確認しなければなりません。
    色々なものを、
    「概念」として一定の「ゲシュタルト」を生成することは、
    物事を思考する上で絶対必要なことです。

    このことさえ理解できなていない人が多いのですが、
    概念上、
    男/女と分けて思考しなければ、
    社会上そもそもどの様なボーダーがあるのか、
    そしてどの様にして、
    「ボーダレスな社会」を実現するのか、
    その様な答えがそもそも出てきません。

    先日メディアアート批判の文章を書いたときに、
    テクノロジーとアートを分けて考えるのは、
    もう時代遅れだとか言われたのですが、
    そもそもそこを思考しなければ、
    その後の統合されたアートというものも、
    語れないわけです。

    皆さんは簡単な方を選びがちで、
    字ズラが良くて、
    「ボーダレスな社会」とか「多様性」という言葉が、
    ファッション的に使われている様に感じています。

    しかし本当は非常に難しい問題であり、
    概念化される、
    またはゲシュタルトされるということは、
    つまり「それ以外」が創発されるわけです。
    つまり「男」という概念があれば、
    それ以外「女」という概念が創発されます。
    今で言えばLGBTもそうでしょうし、
    さらに複雑化します。

    ではこの様な難しい問題を、
    どの様に解決していくのか、
    つまり、
    「ボーダレスな社会」をどう実現していくのか、
    それは冒頭にも述べた「視座」が重要です。

    「視座」を固定せず「無数の視座」を持つ、
    それこそが最も重要です。
    つまりそれは、
    「世界」というものが一つではなく、
    「無数の世界」が存在している。
    そして自らが生きている「世界」の、
    「常識」や「当たり前」だけを信じるのではなく、
    それ以外の「世界」の「常識」や「当たり前」にも、
    理解しようという姿勢を持ち、
    あらゆる世界に「臨場感」を持つことです。

    あなたが生きている、
    「唯一無二の世界」だと思い込んでいる、
    それ以外の世界に、
    「臨場感」を持てなければ、
    それは「差別」や「偏見」という、
    アウトプットにつながってしまいます。

    この「臨場感」というのは非常に重要です。

    一人でも多くの人が、
    この臨場感を持てることが、
    「ボーダレスな社会」の実現へと繋がります。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2018/12/17(月) 22:30:05|
    2. 美学・哲学
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    4. | コメント:0

    落合陽一のフォロワーがゴミだった件に関してwww

    先日メディアアート批判の記事を書いたら、
    落合陽一さんが反応をしてくださったのですが、
    落合陽一さんのツイッターのフォロワーが、
    ゴミ過ぎたので再度文章を書かせていただきます。

    落合陽一さんの活動は、
    色々なメディアを通して少しは知っており、
    色々なボーダーを取り払う活動は、
    とても意味のあるものだと考えています。

    多様性の時代に突入し、
    色々な人々が色々な意見を言える、
    そんな世の中になってきているのと同時に、
    そんな時代だからこそ、
    極端に排他的になる人々も多数います。

    私は現状のメディアアートに疑問を持っており、
    批判的な文章を書きましたが、
    それもまた一つの考えであり、
    肯定的な意見もあれば、
    批判的な意見がある、
    それが健全な世界なのだと考えています。

    私の役割は、
    批判的考えを提示する事で、
    それまでに観えていなかった論点や視点、
    それらを浮き彫りにする、
    その様な役割を担いたいと活動しています。

    そんな中、
    多様性というもの、
    概念のアウトライン、
    ボーダーというものを取り除こう、
    そう活動している落合陽一さんの、
    ツイッターのフォロワーのコメントが、
    非常に酷い。

    人間なのだから、
    様々な考えや意見があるのは当たり前で、
    それを頭ごなしに、
    誹謗中傷する事ほど簡単な事はありません。

    それを、
    多様性を重んじる落合陽一さんのフォロワーが、
    落合陽一さんのツイッター上で、
    多様性を否定する様なコメントをする。

    それって貴方は落合陽一さんから、
    何を学んでいるの?
    と私は考えてしまうし、
    そもそも落合陽一さんの事を、
    全く理解できていないのではと、
    感じずにはいられません。

    私に批判があるなら、
    しっかりと文章を読解し理解する、
    そしてその上で、
    私の書いていることの、
    どの様なところが、
    どの様に間違っているのか、
    そして貴方はどう考えているのか、
    それをしっかりと言説するべきなのです。

    私もこの様に、
    落合陽一さんのフォロワーに対し、
    真摯に批判的な文章を書きました。

    ですから、
    貴方が私を批判するなら、
    しっかりと文章で言説してください。

    そして反省するなら反省し、
    それをフィードバックして、
    自分自身のアップデートに繋げてください。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2018/12/13(木) 02:40:34|
    2. 美学・哲学
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    チームラボ、真鍋大度、落合陽一に通ずるテクノロジーのアートの履き違い。(テクノロジーの価値はスケールする事でしか証明できない)

    えっと生きていて、
    社会や世の中を見渡すと、
    モンモンして言いたいことが、
    山ほどあるわけですがwww

    私は芸術が専門なので、
    できるだけ芸術という領域を、
    優先的に書いていこうとは思っています。

    えっとそんな中でですね、
    やはり最近すごく感じている事は、
    世間的に「アート」が「エンターテイメント化」、
    しすぎでおかしくなっているなと、
    凄く感じているわけです。

    もちろん「純粋芸術」が、
    多くの人々に「その体験」を与える事は、
    とても素晴らしい事だと思うのですが、
    まるで「純粋芸術」であるかのような、
    宣伝やプロモーションをおこなって、
    一般の人が、
    ただの「エンターテイメント」を、
    これが「純粋芸術」だと、
    「誤認」する事は、
    「社会的利益」を「損なう」と考えています。

    その上で、
    色々なものをクリアにして、
    「定義」を明確にしておきたいと思い、
    今回この様な事を書かせていただきます。

    「アート」=「芸術」
    「テクノロジー」=「科学技術」

    まずアートは芸術で、
    テクノロジーは科学技術です。

    そして「テクノロジー+アート」、
    という考え方が、
    世界中の最先端の科学者や研究者では、
    当たり前のものとなってきています。

    私は「テクノロジー+アート」の時代を、
    スタートさせたのは、
    アップルのスティーブジョブズだと考えています。

    その様な事は過去の私の言説にも、
    書かせていただいています。

    しかしもっと原理的な所で考察すれば、
    「MITメディアラボ」の「ニコラス・ネグロポンテ」など、
    もっと早い時期から、
    「テクノロジー+アート」という、
    考え方を持っていた人はいます。
    しかし私は、
    「テクノロジー」は「スケール」するから、
    テクノロジーなのだと考えていますので、
    「テクノロジー+アート」の定義上、
    スティーブジョブズ以降が、
    「テクノロジー+アート」の時代と定義しています。

    そして現代では、
    「テクノロジー」という言葉の中に、
    「アート」が既に含まれているのです。

    それはそもそも「テクノロジー」が、
    「スペック」から「エクスペリエンス」に移行した、
    それが、
    「テクノロジー」から「テクノロジー+アート」、
    に移行した原理でもあるのです。

    そしてテクノロジーは、
    「ポーション」から「アーキテクチャ」へと、
    完全に変化しているわけです。

    実際に現在の最先端科学技術企業は、
    アップル、アマゾン、グーグルなど、
    いわゆるプラットフォーム企業と呼ばれ、
    私たちにアーキテクチャを提供しています。

    ですので、
    現代は「ポーション」としての、
    「テクノロジー」は終わった、
    それは所謂「スペック」重視の「テクノロジー」、
    現代は「アーキテクチャ」としての、
    「テクノロジー」が始まり、
    それは所謂「エクスペリエンス」重視の「テクノロジー」、
    であり、
    「エクスペリエンス」の「原理」は、
    「芸術体験」であるので、
    現在のテクノロジーにおいて、
    「芸術性」というものは、
    切っても切れないものなのです。

    まずこの様な、
    世界的な「テクノロジー」の動向というものを、
    しっかりと理解しておく必要があります。

    そして現代日本人が、
    この事を大きく勘違いしている現実が、
    浮き彫りになってきます。

    その表層として、
    日本においての、
    「メディアアート」と呼ばれるものです。

    日本では、
    最先端の科学技術を用いた芸術???
    として昨今もてはやされています。

    有名な方を紹介しますと、
    チームラボ、真鍋大度、落合陽一、、、
    皆様も一度は聞いたことがある名前だと思います。

    この人達の基本的な共通点は、
    「理系」の人たちです、
    いわゆる「科学者」や「研究者」として、
    普通は紹介される人たちなのですが、
    「メディアアート」なるものを展開しているので、
    「アーティスト」的な認知をされ、
    一般的には、
    「最先端の芸術」と思われている節があります。

    しかし私は芸術が専門ですが、
    芸術というものは、
    そのマテリアルや方法、技術というものが、
    問題ではなく、
    それは一つのエレメントでしかないので、
    「最先端の科学」を使っているから、
    「最先端の芸術」だと考えるのは、
    完全な間違いなのです。

    つまり、
    「最先端の科学」を使っても、
    「古典的な芸術」であることは、
    当たり前にあるのであって、
    「芸術構造」というものは、
    「最先端の科学」だから、
    「構造の強度」が増す事はないのです。

    現在の「メディアアート」は、
    最先端科学技術を使って、
    一般の人々に目新しさの興奮を与え、
    「脳に快楽」を与えるだけの、
    「エンターテイメント」に過ぎないのです。

    その上で私は、
    チームラボ、真鍋大度、落合陽一は、
    アーティストだと思わないが、
    スティーブジョブズは、
    アーティストだと考えるのです。

    なぜなら、
    「テクノロジー+アート」という、
    「アーキテクチャ」を創発した、
    そしてそれを「スケール」し、
    実際に今私の生活に不可欠な機能を持ち、
    実際にそれを私は「体験」しているからです。

    そもそもこの人達、
    チームラボ、真鍋大度、落合陽一は、
    スタート地点を間違っているのです。

    例えば私は芸術活動しているので、
    その世界で歴史に残りたいと考えます。
    それを相対的に充てがう人物は、
    マルセルデュシャンやピカソです。

    では、
    チームラボ、真鍋大度、落合陽一は、
    マルセルデュシャンやピカソを目指すのでしょうか?
    それは違います。

    チームラボ、真鍋大度、落合陽一は、
    むしろ、
    スティーブジョブズやビルゲイツを、
    目指すことが自然だと私は考えるのです。

    なぜならば、
    チームラボ、真鍋大度、落合陽一は、
    テクノロジーのコンテクストを持っているからです。
    そしてそもそも芸術の構造を理解していません。

    だからこそ、
    現実にエンターテイメントを世の中にばら撒いて、
    しかもそれをアートとして偽装しているのです。

    私は今回の考察で非常に面白いことに気づきました、
    それは、
    チームラボ、真鍋大度、落合陽一は、
    「理系の落ちこぼれの目立ちたがり屋」だという事www

    芸術の世界というのは、
    色々な世界の落ちこぼれが集う場所ですが、
    チームラボ、真鍋大度、落合陽一は、

    「理系の落ちこぼれの目立ちたがり屋」なんだなって。

    このことを私は何を観て感じたのかというと、
    ノーベル賞の医学・生理学賞を受賞した、
    本庶佑京都大特別教授の、
    ノーベル賞の授賞式のニュースです。

    むしろ、
    本庶佑京都大特別教授の方が、
    アーティストと呼べるし、
    その科学技術オプジーボは、
    スケールもしてるし、
    実際に私が病気をすれば、
    実際に私はそれを「体験」するわけです。

    本当に日本ってダメな国だなぁと、
    こういう事を考察して改めて思うわけです。
    芸術でも科学技術でも、
    本当に評価されるべき人々というのが、
    評価されない、
    ただ目立って賑やかな中身の無いものに群がる。

    今の日本のメディアアートの現状って、
    まさに典型的なその表層って感じでwww

    さらにその、
    日本のメディアアートの、
    中身の無いモノに対する人々の熱狂が、
    非常にアイロニーで、
    それが一番私にとっては、
    「芸術的」だと考えています。

    美学者母
    1. 2018/12/12(水) 21:34:25|
    2. 美学・哲学
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    4. | コメント:0

    なぜアートはテクノロジーへ向かうのか?(エンタメ型アートの時代に生きている事の意味)

    ここ数年メディアアート、
    というものが取り沙汰されて久しいですが、
    私は以前の言説でも述べているのですが、
    現在メディアアートと言われている、
    ほとんどの類はアートではないと考えています。

    ここでいうアートではないというのは、
    ファインアート、
    つまり純粋芸術ではないという事です。

    私は現在のメディアアートを、
    テクノロジーの使い方見本市だと言っています。

    そういう意味からも、
    大阪芸術大学に新しくできた、
    アートサイエンス学科は、
    時代を追う事によってできた、
    非常にエンタメ的な学科だと考え、
    私はアートサイエンス学科を否定していますし、
    ある意味芸術大学が芸術を冒瀆しているものだと、
    考えているわけです。

    むしろ私たちの様な芸術活動をしている者は、
    なぜアートがテクノロジーへと向かっているのか?
    それを真剣に考えるべきなのです。

    これは哲学や思想ともリンクする話であり、
    芸術がその表層をなすものであることは、
    歴史的にも自明であるのです。

    つまり、
    「なぜアートはテクノロジーへ向かうのか?」、
    という問いを思考することで、
    今私たちが生きる現代とは何なのか?
    という私たちが渦中にいる時代を、
    俯瞰しメタ認知することで、
    次の時代へどうこの世界を繋げていくのか、
    その様なヒントになると考えています。

    現在私達は物に溢れ情報に溢れ、
    インフラは整い、
    医療は進歩し、
    テクノロジーは発展し、
    あらゆるものが事足りている時代です。

    しかし日本を例にあげれば、
    70年前の終戦の日本はどうだったでしょうか?
    焼け野原に一人佇む人間は、
    何を思うでしょうか?

    当然その現状をいかに変化させるか、
    どの様な世界を創っていくか、
    どの様な社会を創っていくか、
    様々な「ビジョン」を持ったでしょうし、
    「大きなゴール」を創造したでしょう。

    つまり現状というゲシュタルトの、
    「外」に「ゴール」を「設定」していたはずです。

    だからこそ、
    今この様な恵まれた「現代」が訪れているのです。

    私達のこの「現代」は、
    少なくとも「70年前」に描いた、
    「ビジョン」や「ゴール」が形になった、
    その様に考える事ができます。

    しかし「現代」に生きる私たちはどうでしょうか?
    あらゆるものに恵まれた私たちは、
    「現代」の「現状」を「変更」しようとしているでしょうか?
    少なくとも私が観えている「現代」は、
    その様な「状態」には無いのです。

    つまり、
    現状というゲシュタルトの、
    「外」に「ゴール」を「設定」することを、
    現代の人間は諦めているのです。

    なぜならば、
    これだけ物に溢れ情報に溢れている現状で、
    もはや何を「ゴール」に設定していいのか、
    解らなくなっているのです。

    ですから「現代の人々」は、
    現状の「内側」での「変更」を試みるのです。

    それは私たちの日常の小さな変化や更新で、
    私たちが日常でわかりやすく体感するもの、
    例えばスマートフォンやアイパッド、
    ゲームや電気自動車、
    つまり「テクノロジー」です。

    テクノロジーは非常にわかりやすい、
    より簡単に、短時間で、便利に、
    私たちに変化を与えてくれます。

    そしてインターネットは、
    より大きく広い世界と繋がる事を可能にします。

    しかしこの様なテクノロジーは、
    実は「現状」という「外」ではなく、
    どんどんと「内」に加速度的に閉じ込める、
    その様なものだと私は考えています。

    それが明らかなのが、
    「外」に「ゴール」を「設定」する事を諦め、
    スマートフォンに没頭し、
    手元に世界がある、
    つまり現代は、
    現実を超えた現実を生きる、
    「超現実世界」なのだと私は実感しています。

    つまり現代の人々は、
    目に見える形で簡単に自分にとっての、
    メリットが欲しいのです。
    「楽しい」体験、「気持ちい」体験、
    つまり「快」を「超現実的」に求めるのです。

    しかしこれらの現状は、
    「現代」にとっては仕方のない事なのです。
    なぜなら戦後の様に、
    焼け野原を前にした状況と、
    現代の恵まれた状況では、
    あまりにも条件が違いすぎます。

    そして現代の人々が、
    「現状の内側」へと、
    エネルギーが向かうのも、
    ある種自然な事なのかもしれません、
    しかし私はこんな時代だからこそ、
    「諦めたくない」のです。

    私はこんな、
    「ビジョン」も「ゴール」も持てない時代だからこそ、
    思想や哲学、芸術や美術の力が必要だと確信しています。

    だからこそ、
    思想家や哲学者、芸術家や美術家は、
    もっと大きなビジョンを持ち、
    もっと大きなゴールを設定し、
    もっと大きな夢を語らなければならない、
    そう確信しているのです。

    しかしそんな時代に、
    「テクノロジー」なんて、
    分かりやすくて安易なもので、
    いっときの「快」を与える事が、
    純粋芸術であるはずがないのです。

    現代あらゆるものが、
    「エンターテイメント化」しています。

    つまりどの世界の人間も、
    すぐに答えが欲しいのです、
    つまり皆んな「金」が欲しいのです。

    本当にその時代に必要だったものは、
    その時代には見えてこないのです。

    私はこの時代に、
    途方も無い大きな夢を持ち、
    現状の外に目標を設定し、
    本気でこの世界を変えてやる、
    その様に少なくとも私は、
    外側を観て生きていきたいし、
    一人でもその様なことに、
    気づいて欲しいと願っています。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2018/12/04(火) 21:06:48|
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    Author:FC2USER590191GYW
    mama Artist Promotion Video
    http://www.youtube.com/watch?v=mR12s6MhMS8



    美術家 「mama」 Official WebSite
    http://www.mamalab.info





    facebook
    http://facebook.com/machromatic






    COMPOSITE ART COMPANY "machromatic"
    マクロマティックは大阪・岸和田に拠点を置く総合芸術企業です

    美術商 第622122106978号 大阪府公安委員会



    マクロマティック心理芸術療法研究所
    http://www.artstherapy.biz/







    『ウェブアート宣言』(Web art declaration)

    本日、2010年5月9日。
    インターネットという虚像と実像が共存する場。
    虚像と実像が表裏一体であり、媒介する。
    その媒介した場所が空虚である。
    インターネット上のウェブはまさに空虚である。
    その空虚であるウェブで。
    己が己である事を確認し。
    ウェブインスタレーションと定義する。

    http://www.machromatic.net

            現代美術作家 田中智和
                   (mama)






    Macromatic is an composite art enterprise in Kishiwada city, Osaka area.



    "Web art declaration"

    Today, May9th,2010
    Place where the internet exists together between virtual image and real image.
    The virtual image and the real image are consistencies, and it mediates.
    The mediated place is empty.
    The web on the Internet is exactly empty.
    With the empty web.
    The thing whose yourself is yourself is confirmed.
    It is defined as the web installation.

    http://www.machromatic.net

    Artist Tomokazu Tanaka (aka.mama)
















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    office
    〒596-0021
    大阪府岸和田市松風町25-18
    美術商 第622122106978号 大阪府公安委員会
    TEL/FAX 072-447-4066
    MAIL office@machromatic.net





    【本名】田中智和 (mama、母)
    現代美術作家・アートディレクター
    (専門分野)
    ストリートアート・ストリートカルチャー

    日本会議 正会員

    One JAPAN project 代表
    http://www.onejapan.jp

    Art×Street(日本アート×ストリート協会)
    http://artxstreet.com



    【略歴】

    ※1978年
    ・大阪府岸和田市に生まれる

    ※1994年 
    ・鳥取県へ移住

    ※1996年 
    ・スケートボードをはじめる

    ※1997年 
    ・大阪に帰ってくる
    ・アーティスト活動開始

    ※1998年 
    ・グラフィティライターとしてストリートで活動開始

    ※2002年6月 
    ・大阪のスケートボードショップOVAL NETWORKで個展

    ※2002年7月 
    ・大阪の古着屋MAX FIELDで個展

    ※2002年8月 
    ・村上 隆が主催するアートイベント 「GEISAI-2」(東京)に参加

    ※2003年7月 
    ・大阪のclub NEOのクラブイベント「NEO SUMMER FESTIVAL」に参加

    ※2004年6月 
    ・大阪・岸和田の岸和田中央会館ギャラリーで個展
            mama Art Show 2004 「春 風 花」

    ※2005年5月 
    ・大阪・岸和田の町家 光輪庵で二人展
       machromatic Art Show 2005 「こころ、であう。」

    ※2005年12月 
    ・大阪府公園協会・泉佐野市公園緑化協会主催
    「Twinkle Park in Rinku 2005」でアートパフォーマンス

    ※2006年4月 
    ・「第3回 ART BASE NULL 作家交流展」(泉佐野 新井邸)に参加
       後援 大阪府、大阪府教育委員会など。
    ・遊び心創作家として活動開始

    ※2006年9月 
    ・主催 文化庁 共催 田尻町教育委員会
     「こどもアート体験 北欧~日本展」参加

    ※2006年11月
    ・Joint Art Battle -JAB-(富山)参加

    2007年4月
    ・東京・下北沢のclub WEDGのアートイベント参加
      1seam「New Born Babys☆」

    ※2007年5月 
    ・第4回 ART BASE NULL 作家交流展(泉南市 山田家)に参加
      後援 大阪府、大阪府教育委員会など。

    ※2007年10月 
    ・食の専門学校レコール・バンタン臨時講師(大阪市)
     展覧会「食とアートのコラボレーション」プロデュース

    ※2007年12月 
    ・Joint Art Battle -JAB-(富山)参加

    ※2008年5月 
    ・第5回 ART BASE NULL 作家交流展(泉南市 山田家)に参加
      後援 大阪府、大阪府教育委員会など。

    ※2008年6月
    大阪・大阪市中央区「ぎゃらり かのこ」で個展
      mama exhibition「アートバイブレーション」

    ※2009年11月
    東京・有楽町でのアートフェア
       「YOUNG ARTISTS JAPAN Vol.2」参加

    ※2010年5月
    『ウェブアート宣言』(Web art declaration)

    ※2010年6月
    雑誌「プライベートアイズ」の特集へ参加
    きこえをアートする デコレーション補聴器の作品提供





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