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    machromatic (マクロマティック) 美学者母のブログ

    韓国、北朝鮮が大嫌いな僕が、最大限韓国人朝鮮人を擁護する。(嫌いな相手を昇華して受け入れる方法)

    えっとですね、
    人間生きていますと、
    どうしても嫌いな相手、
    ウマが合わないというのは、
    日常的にあるものです。

    当然その逆で、
    私の事を嫌いだという人も沢山いますし、
    私とウマが合わないと思っている人も、
    沢山いるでしょう。

    しかし社会に生きていれば、
    その様な嫌いな相手や、
    ウマが合わない相手とも、
    上手く付き合っていかなければならないわけです。

    例えば大きな人間の帰属意識として、
    「国家」というものがあります。

    私は日本に生まれて国籍も日本ですので、
    日本という「国家」に、
    自由意志というよりも勝手に帰属させられていて、
    気づけば「日本人」だったわけですから、
    意識、無意識共に、
    自分は「日本国」というものに、
    帰属意識があるわけです。

    そして世界的に見ても、
    国家という概念をベースに世界が、
    秩序づけられていて、
    帰属する国家というものをベースにし、
    相対的にその他の国家を観る、
    その様な態度が一般的には自然なわけです。

    ですから、
    国家と国家には差異が生じ、
    それぞれの国家間の軋轢となり、
    それがあらゆる国際問題を引き起こすわけです。

    そしてその様な様々な軋轢から、
    それぞれの国民はその他の国に対して、
    それぞれ個人のその他の国に対する、
    感情を抱くわけです。

    例えば私などは、
    両親が差別主義者で、
    小さい頃から韓国人、朝鮮人に対する、
    差別を体験してきたわけです。
    またその様な差別用語も日常的に聞いてきました。

    さらに韓国人、朝鮮人が、
    実際に裏社会を牛耳っている現実や、
    韓国や北朝鮮が、
    国として日本に対し、
    非常識な対応をしている。

    その様な様々な事が重なって、
    ある程度大人になった時には、
    韓国や北朝鮮を大嫌いになっていたわけです。

    しかしね、
    私はこういった事を乗り越えていかなければ、
    ならないと考えているわけです。

    以前の言説で「神戸連続児童殺傷事件」の、
    少年Aを全力で擁護する文章を書いたのですが、
    興味があればそちらもご覧ください。

    例えば私が「悪」だと思い込んでいるものを、
    一度疑ってみるという姿勢を、
    常に持っていたいのです。

    それはこの世界に、
    「絶対悪」も「絶対善」も存在しないからです。

    それは各人の見えている世界での、
    「善悪」にしか過ぎないからです。

    そしてその「善悪」さえも、
    各人の「自由意志」に基づくものではない、
    その様に考えているのです。

    これは、
    部分関数的思考やアーキテクチャ的思考なのです。

    つまり、
    私が韓国や北朝鮮が嫌いだと思う思考は、
    自分を定義する環境によって生み出されている。

    逆に言えば、
    韓国や北朝鮮から出てくる、
    ある種反日的な動向は、
    それらを定義する環境から生み出されている。

    ですから、
    例えば私の様に、
    韓国や北朝鮮が大嫌いな人間は、
    私の自由意志によって生み出された感情では無い、

    例えば、
    反日的な韓国人や北朝鮮人は、
    各人の自由意志によって生み出された感情では無い、

    この様に、
    例えば韓国や北朝鮮が嫌いな日本人、
    日本が嫌いな韓国人や北朝鮮人、
    韓国という国家、
    日本という国家、
    それぞれに自由意志など存在していなくて、
    環境によってそうならざるおえない、
    つまり、
    国家がおかしい、
    ではなくその国家を定義している環境がおかしい、
    人がおかしい、
    ではなくその人を定義している環境がおかしい、

    この様な思考である種、
    嫌いな相手、対象を昇華する事を可能にしてくれます。

    つまり存在と部分で言えば、
    部分は概念世界でありますが、
    概念世界を超えた存在にその責任を引き取ってもらいます。

    この様な振る舞いを覚えますと、
    人間というのは非常に楽になるわけです。

    無駄に嫌悪や憎悪のエネルギーを使わなくて済む、
    そしてもっと相手や対象を、
    プレーンな状態で判断する事ができます。

    私の実体験から言いますと、
    何人も差別意識というのはあるのです。
    これは概念世界で生きている人間にとって、
    不可分な振る舞いなのです。

    だからこそ何人も各人に差別意識がある、
    その様な前提条件にたち、
    その差別意識をどう昇華するのか、
    そこに明るい未来があると、
    私は確信しています。

    そして、
    私が一番嫌いなのは、
    「自分には差別意識が無い」と、
    大嘘をつく人です。

    それは人間の概念世界の原理として、
    ありえないのです。

    それこそ本当の自分自身と、
    全く向き合っていない、
    卑怯者であり、
    大嘘つきで、
    その様な事を言う人間ほど、
    「差別主義者」であるのです。

    今回私がご紹介した様な振る舞いは、
    国家間や国の違いという問題だけでなく、
    あらゆる軋轢に応用できる考え方です。

    ぜひ皆様も実践し、
    世界が全ての人々にとって、
    素晴らしい世界になる様に努力しましょう。

    美学者母
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    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2019/02/13(水) 19:11:05|
    2. 政治
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    ポピュリズムとポストトゥルースの本質としてのファクト(ファクト時代をどう生き抜くか)

    みなさまお世話になっております、
    毎度おなじみ美学者母でございます。
    今回書く文章は少し難しい話で、
    皆様とどれくらいこの事を共有できるのか、
    非常に心配なのですが、
    是非熟読して頂きたい内容なのです。

    私は芸術家、美術家、美学者、
    など色々と名乗っていて、
    基本的にまとめれば「アーティスト」、
    まぁ「アーティスト」です。

    しかしながら、
    実際に社会に価値を提供し、
    その代金をいただくという営利事業も、
    直接私自身が行っていて、
    この二つの間の「ジレンマ」と言いますか、
    ある種の特性の違いというものが、
    時に非常に厄介なものになってきます。

    それは、
    アーティストというのは、
    基本的に自分のしたい事を、
    一片の妥協もなくやりきる、
    というものが最も重要な事ですので、
    アーティストとして、
    私が社会に提示したものが、
    社会において価値があるかというと、
    それは価値など全くないことがほとんどです。

    そして私はアーティストとは別に、
    事業者としても活動していますので、
    それはアーティストとは違い、
    いかに社会にとって価値のあるものを、
    社会に提供するか、
    そしてその価値の代わりに、
    代金をいただき、
    その代金をまた、
    社会の価値に支払うことで、
    経済というのは回っているわけです。

    つまり現状の私を簡単に説明しますと、
    「社会にとって価値の無いもの」と、
    「社会にとって価値の有るもの」と、
    同時並行的に行っていて、
    これは完全なる「ジレンマ」の状態であり、
    非常に難しい問題であるわけです。

    この様な問題は、
    多くのアーティストが抱えている、
    「ジレンマ」なのではないでしょうか。

    私も20年以上アーティスト活動をしてきまして、
    この問題は常に私を悩ましてきたわけですが、
    最近やっとこの「ジレンマ」に対する、
    「答え」を見つけることができ、
    それを皆様と共有したいと考えています。

    これはあらゆる「ジレンマ」に応用できる、
    その様な考え方であるので、
    アーティストだけでなく、
    あらゆる問題に使える考え方です。

    特に現在のあらゆる事象、
    例えば政治でのポピュリズム、
    例えばメディアでのフェイクニュース、
    例えば金融でのデリバティブ、
    などです。

    では具体的にアートの事例を紹介して、
    簡単に説明していきたいと思います。

    皆様がアートで知っているアーティスト、
    誰がいますか?
    例えばピカソ、ゴッホ、セザンヌ。
    ウォホール、デュシャン、モンドリアン。
    奈良美智、草間彌生、村上隆。

    誰でも「ピカソ」くらいは知っていますかねwww

    例えば日本人が1億2000万人位の人口で、
    そのほとんどがピカソを知っているわけです。
    しかしです、
    そのピカソの芸術的な価値、
    その原理や真理を知っている人は、
    実際どれくらいいるでしょうか?
    1万人いるでしょうか?
    1000人いるでしょうか?
    1億2000万人で考えたら、
    いないと言ってもいいくらいです。

    これはつまりどういう事を言っているかというと、
    「芸術家ピカソの絵画を知っていて凄いのも知っている。」
    というそれぞれの「ファクト」、
    つま事実だけが存在しているわけです。
    それはそれぞれの人々にとって、
    「事実」という「体験」ですから、
    疑いようのないものです。

    私などは小さい頃、
    冗談でわざと「グチャグチャ」に絵を描いて、
    「ほらっピカソやで!!!」なんて遊んでいました。
    これこそ私の「事実」としての「体験」です。

    それは例えばウォホールのシルクスクリーンも同じで、
    おしゃれな服屋とかカフェに飾られ、
    ポップアートはお洒落なもの、
    そんな「事実」としての「体験」。

    例えば「モンドリアン」は、
    一つのテキスタイルの柄として、
    お洒落な「モンドリアン柄」として、
    そんな「事実」としての「体験」。

    例えば奈良美智の小さな女の子の絵画が、
    「すごく可愛い」ので、
    色々なグッズを皆んなが持っている、
    そんな「事実」としての「体験」。

    例えば草間彌生の水玉模様が、
    「とっても可愛い」ので、
    色々なデザインのベースに使われる、
    その様な「事実」としての「体験」。

    この様な事例を羅列いたしましたが、
    そこから私が何を言いたいのか、
    それは芸術としての「原理」や「真理」よりも、
    「ファクト」、
    つまり「事実」という「体験」こそが、
    我々人間にとって「重要」であるという事です。

    これを私は「次元の螺旋構造」と呼びます。
    皆様にイメージしてもらうには、
    まず「螺旋」をイメージしていただき、
    その一回転目が「創発」、
    つまり「原理」や「真理」の次元です。
    そして二回転目以降が、
    「原理」や「真理」を次元的に超えた、
    「事実」としての次元です。

    「事実」としての次元とは、
    先述した、
    ピカソやウォホール、
    モンドリアン、
    奈良美智、草間彌生、
    などの「事実」としての「体験」なのです。

    そしてこの「事実」としての次元には、
    時間軸が存在し、
    ある一定の時間的、
    時代的経過を要します。

    私の考えでは、
    この「事実」としての次元の、
    時間的経過が長ければ長いほど、
    芸術としての「重厚性」は増していきます。

    つまりこの様な文脈から何が理解できるのか、
    というと、
    それは芸術構造というものが存在している事です。

    そしてその構造のベースには、
    創発の次元、
    つまり「原理」や「真理」が確かにあるという事です。

    そこからある種「大衆」が、
    別の次元で「認知」するまでには、
    かなりのタイムラグが存在するのです。
    またそのタイムラグで「大衆」が「認知」するまでの、
    「螺旋」の回転数により、
    「芸術」としての「重厚」さは増すのです。

    ですから私の理論で言えば、
    「芸術」に「即応性」「同時代性」が強いほど、
    「芸術」としての「重厚性」は無くなっていきます。

    さらにいうと、
    「芸術」が「大衆化」されるというのは、
    この「次元の螺旋構造」を持っている限り、
    自明のことなのです。

    これらの事象はあらゆる事で表層されます。

    つまり「創発の次元」を一周回れば、
    違う次元に移り変わります。
    それはあらゆる物事にとって、
    つまり時間軸を持つ存在にとっては、
    避けては通れないものであり、
    それが正に、
    「ファクト」、
    「事実」としての「体験」なのです。

    人間にとって、
    「体験」というものほどに、
    「原理」や「真理」を感じてしまうものはないのです。

    つまり私たちは、
    「原理」や「真理」を持つ「体験」そのものを、
    乗り越えていかなければならない時代に居るという事です。

    それはどういうことか、
    ここは非常に重要です。

    創発の次元としての「原理」や「真理」、
    体験の次元としての「原理」や「真理」、

    それらは「次元の螺旋構造」に存在する、
    この二律背反する二つの「原理」や「真理」の間を、
    次元を超えて「螺旋」を自由に行き来する。
    その様な「超越的な作法」が必要な時代なのです。

    しかしその「次元を超越的」に行き来するのは、
    非常に困難な作法です。

    それをある種簡易に実現させるものが、
    「アイロニー」であると私は考えています。

    私がお勧めする「生き方」とは、
    この二律背反する二つの「原理」や「真理」の間を、
    「アイロニー」という方法で、
    丁度中間あたりを上手く生き抜いていく、
    それこそが、
    「現代に生きる我々の作法」なのだと確信しています。

    どうぞ皆様も実践してみてください。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2019/01/30(水) 22:59:26|
    2. 政治
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    ネオテニー論から考える未来

    “幸福”を探して 人類250万年の旅 ~リーダーたちも注目!世界的ベストセラー

    http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3912/1.html

    私はネオテニー論を根本に考えますが、
    フィクション、
    すなわち創造力は、
    ある種ネオテニー論的に、
    獲得した能力だと考えています。

    それはおよそ2万年前に、
    獲得したと予想され、
    ラスコーの壁画などと同時期で、
    それ以降、
    人類は急速に道具類を発展させます。

    ラスコーの壁画も道具もそうですが、
    概念と形、
    この二つの並列思考を獲得した、
    それは「愛」を獲得したともいいます。
    すなわち、人間たらしめているのが、
    並列思考で、
    動物というのは、
    直列思考です。

    しかし、
    それと同時に人間は、
    集団というものを広げていくことになります。
    それが今でいう社会なわけですが、
    社会を作ることによって、
    ホモサピエンスは生き延びたと言われています。

    だいたい古い部族というのは、
    20人程度の集団でしたが、
    その後、
    飛び道具を人類が獲得し、
    多くの人間を監視できる様になると、
    その集団は数百人と増えていくことになります。

    その上で、
    ホモサピエンスが獲得した、
    並列思考、つまり愛が重要になります。

    集団が膨らめば、
    すべての人間を監視できなくなってしまいます。
    そこに社会性というものが発達し、
    お互いに共通の認識というものが、
    発達するわけです。

    すなわち、
    神様や、
    現代でいうルールの様なものです。

    そしてその集団が、
    大きくなった現代の姿が国家です。

    つまり、
    私たちが信じている、
    あらゆるもの、
    ルール、憲法、法律、倫理、宗教。
    それらは、
    社会秩序を守るための「道具」であり、
    その「道具」は古代では、
    飛び道具だったわけですが、

    現在は、
    それぞれの思い込みに依存した、
    「フィクション」だという事です。

    つまり、
    そのフィクションをいかに信じているか、
    というのが、
    ある種その国家の秩序に繋がります。

    そんな現代国家の中でも、
    そのフィクションを盲目的に、
    信用しているのが日本人です。
    いわゆる「空気」というのは、
    日本人特有の「フィクション」ですね。

    私はネオテニー論から、
    これからの日本人の幸福を考えると、
    まず、世界に真実は無いという立脚から、
    始めなければなら無いと思います。

    つまり、
    すべてはフィクションであるという認識です。
    例えば「憲法改正」の問題でも、
    日本人は自分たちで創造する事を嫌います。

    つまり与えられたルールは盲目的に、
    信用しそれを必要以上に守ろうとしますが、
    自らでそのルールを創造しようとはしません。

    これからの日本人の幸福は、
    みずからフィクションを創造していく事。
    それがとても大切だと考えています。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2017/01/07(土) 17:56:15|
    2. 政治
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    感情的な社会に投げかける理性としてのアート

    大塚英志「ネットのわかりやすさは共感できない現実を排除していく」

    https://cakes.mu/posts/14592


    ポスト真実はある意味、
    感情動員である。
    こんな感情化した社会、
    であるからこそ。
    ある意味アイコン化した、
    合理的、論理的、
    文章や言説を、
    社会に投げかけていく。
    それが僕のアートでもあると、
    考えさせられました。

    美学者母

    テーマ:art・芸術・美術 - ジャンル:学問・文化・芸術

    1. 2016/12/24(土) 18:21:21|
    2. 政治
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    戦争で日本人が死ななければいいという想像力の欠如

    今日、自衛隊の殉職者のニュースを観て、
    その上でSNS上に色々な意見がありました。

    例えば、ここ最近殉職者が増えているのは、
    海外派遣があったせいだとか、

    でもそもそも、
    これって日本人が行かなかったら、
    他の国の人が行ってたわけです。

    もちろんその前に、
    国とか国家の議論が必要なのだけれど。

    アプリオリに現在の国や国家体制というものを受け入れた、
    そういうところから議論を始めると。

    昔にイエローモンキーってバンドの「JAM」って曲、
    その歌詞を思い出します。

    その歌詞は航空機の事故で、
    「乗客には日本人は居ませんでした」
    というニュースのアナウンスを取り上げている。

    少なくとも、日本人に犠牲者はいなかった、
    それは報道としては正しいものだと僕も思います。

    しかし人間の根源的な原理として、
    国、とか国家によって人の重さが変わってはいけない、
    それも皆さん分かりますよね。

    それで自衛隊とか憲法9条の問題だけど、
    マクロ的に考えて、
    今の世界ってのはすべて相互に影響を受けるわけだ。
    更に世界の戦争や争い事は一向に終わらない。
    そんな中で国際社会や一部の国では、
    軍事力を使って平和を守っているわけです。

    当然そこには色々な国の人たちが死んでいるのですが、
    そこに日本人は居てはいけないという、

    しかしそれは本質的に間違っていないか???

    外国人が戦争や争い、そこからの平和を守って、
    戦死しても、それはいいけど、
    日本人が死ぬのはいけない。

    それって日本人を特別扱いしてるのではないか?
    むしろ憲法9条は責任放棄なのではないだろうか?

    日本人の死はだめで、
    アメリカ人やイギリス人、フランス人の命の上に、
    どかんと平和を満喫している日本人。

    根本的に日本人が死ななければ、
    他国の人が死んでいるという現実。
    その現実を直視しないで、
    平和だ平和だと言えないということ。

    今の日本人にはそんな想像力すら欠如しているのだ、
    と残念に思う今日この頃です。

    最後に僕は日本はちゃんと独立国家として、
    軍隊をしっかりと運営し、
    さらに核武装もし、
    世界の平和を守っていくべきだと考えています。

    もちろん憲法は一から作り直すべきです。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2016/10/23(日) 20:11:18|
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    FC2USER590191GYW

    Author:FC2USER590191GYW
    mama Artist Promotion Video
    http://www.youtube.com/watch?v=mR12s6MhMS8



    美術家 「mama」 Official WebSite
    http://www.mamalab.info





    facebook
    http://facebook.com/machromatic






    COMPOSITE ART COMPANY "machromatic"
    マクロマティックは大阪・岸和田に拠点を置く総合芸術企業です

    美術商 第622122106978号 大阪府公安委員会



    マクロマティック心理芸術療法研究所
    http://www.artstherapy.biz/







    『ウェブアート宣言』(Web art declaration)

    本日、2010年5月9日。
    インターネットという虚像と実像が共存する場。
    虚像と実像が表裏一体であり、媒介する。
    その媒介した場所が空虚である。
    インターネット上のウェブはまさに空虚である。
    その空虚であるウェブで。
    己が己である事を確認し。
    ウェブインスタレーションと定義する。

    http://www.machromatic.net

            現代美術作家 田中智和
                   (mama)






    Macromatic is an composite art enterprise in Kishiwada city, Osaka area.



    "Web art declaration"

    Today, May9th,2010
    Place where the internet exists together between virtual image and real image.
    The virtual image and the real image are consistencies, and it mediates.
    The mediated place is empty.
    The web on the Internet is exactly empty.
    With the empty web.
    The thing whose yourself is yourself is confirmed.
    It is defined as the web installation.

    http://www.machromatic.net

    Artist Tomokazu Tanaka (aka.mama)
















    マクロマティック
    http://www.machromatic.net

    SELECT ART SHOP マクロマティック
    http://machromatic.shop-pro.jp/

    美学者母ブログ
    http://www.aesthetics.jp/

    machromaticメールマガジン登録
    http://www.mag2.com/m/0001288712.html

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    Twitter
    http://twitter.com/machromatic

    skype名 machromatic




    office
    〒596-0021
    大阪府岸和田市松風町25-18
    美術商 第622122106978号 大阪府公安委員会
    TEL/FAX 072-447-4066
    MAIL office@machromatic.net





    【本名】田中智和 (mama、母)
    現代美術作家・アートディレクター
    (専門分野)
    ストリートアート・ストリートカルチャー

    日本会議 正会員

    One JAPAN project 代表
    http://www.onejapan.jp

    Art×Street(日本アート×ストリート協会)
    http://artxstreet.com



    【略歴】

    ※1978年
    ・大阪府岸和田市に生まれる

    ※1994年 
    ・鳥取県へ移住

    ※1996年 
    ・スケートボードをはじめる

    ※1997年 
    ・大阪に帰ってくる
    ・アーティスト活動開始

    ※1998年 
    ・グラフィティライターとしてストリートで活動開始

    ※2002年6月 
    ・大阪のスケートボードショップOVAL NETWORKで個展

    ※2002年7月 
    ・大阪の古着屋MAX FIELDで個展

    ※2002年8月 
    ・村上 隆が主催するアートイベント 「GEISAI-2」(東京)に参加

    ※2003年7月 
    ・大阪のclub NEOのクラブイベント「NEO SUMMER FESTIVAL」に参加

    ※2004年6月 
    ・大阪・岸和田の岸和田中央会館ギャラリーで個展
            mama Art Show 2004 「春 風 花」

    ※2005年5月 
    ・大阪・岸和田の町家 光輪庵で二人展
       machromatic Art Show 2005 「こころ、であう。」

    ※2005年12月 
    ・大阪府公園協会・泉佐野市公園緑化協会主催
    「Twinkle Park in Rinku 2005」でアートパフォーマンス

    ※2006年4月 
    ・「第3回 ART BASE NULL 作家交流展」(泉佐野 新井邸)に参加
       後援 大阪府、大阪府教育委員会など。
    ・遊び心創作家として活動開始

    ※2006年9月 
    ・主催 文化庁 共催 田尻町教育委員会
     「こどもアート体験 北欧~日本展」参加

    ※2006年11月
    ・Joint Art Battle -JAB-(富山)参加

    2007年4月
    ・東京・下北沢のclub WEDGのアートイベント参加
      1seam「New Born Babys☆」

    ※2007年5月 
    ・第4回 ART BASE NULL 作家交流展(泉南市 山田家)に参加
      後援 大阪府、大阪府教育委員会など。

    ※2007年10月 
    ・食の専門学校レコール・バンタン臨時講師(大阪市)
     展覧会「食とアートのコラボレーション」プロデュース

    ※2007年12月 
    ・Joint Art Battle -JAB-(富山)参加

    ※2008年5月 
    ・第5回 ART BASE NULL 作家交流展(泉南市 山田家)に参加
      後援 大阪府、大阪府教育委員会など。

    ※2008年6月
    大阪・大阪市中央区「ぎゃらり かのこ」で個展
      mama exhibition「アートバイブレーション」

    ※2009年11月
    東京・有楽町でのアートフェア
       「YOUNG ARTISTS JAPAN Vol.2」参加

    ※2010年5月
    『ウェブアート宣言』(Web art declaration)

    ※2010年6月
    雑誌「プライベートアイズ」の特集へ参加
    きこえをアートする デコレーション補聴器の作品提供





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