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    machromatic

    machromatic (マクロマティック) 美学者母のブログ

    多様性と公共性の違い

    日本と西洋の公共の違い



    僕の筋書き通りに美術館の関係者が、
    私の書いた文章、
    「会田誠の【檄】は何も表現していないし語れていない」、
    に反応して頂けたのでコノ筋書きを進めたいと思いますwww

    まず会田誠や美術館の関係者、
    もっと言うとほとんどの日本人は公共性の意味を履き違えています。

    根本的に公共性というものを考えてからモノを言うべきでしょう。
    そもそも公共性は西洋の考え方で、
    それを日本も取り入れたものです。

    基本的に公共性とは多様性を前提に作られた考え方なのです。
    「個」の多様性を最大限尊重する為に、
    「公共」という場所では共通の認識を持つ、
    という事がまず「公共性」の大前提なのです。

    つまり、
    多様性の力が強い程「公共性」の意味も同時に強くなります。
    西洋ではとくにアメリカなどは多種多様な人種、民族、思想など、
    また価値観を持った「個」が共存しています。
    そこではより「公共性」の意味が重要になります。
    そこでは共存する為のルールを絶対的に守らなければなりません。
    これは「自由」を奪うモノでも多様性を奪うものでも全く無く、
    まさにその逆で「個」の多様性や自由を担保する為の「公共性」なのです。

    では日本はどうでしょうか。
    日本の公共性はこう言われています、
    「個」の続きであり「家」の続きが「日本の公共性」である。
    つまり、日本の公共性は画一性の持ち込みなのです。
    それは一様の考え方、価値観が存在しているという前提です。

    そこで何が言えるのか、
    これは日本の美術家はもとより表現者全般に言える事ですが、

    公共性を破壊して表現する事が「美」であるという考え方。
    これはまさに二世代前くらいの日本美術の「美しさ」だったのかもしれません。

    この思想はあくまで画一的な持ち込みを「公共性」としている思考です。

    こういった根本的な「公共性」の考え方が多様性を無くす原因なのです。

    なぜ、私が会田誠を「井の中の蛙大海を知らず」というのか。
    これは近代的な「公共性」の意味を知らないからです、
    「公共」で「多様」を求めるのはナンセンスなのです。
    「公共」は「多様」を担保してくれる場所であるわけで、
    その「公共」を破壊するという事は、
    そもそも「多様性」を破壊する事であり、
    「表現の自由」を破壊する事と同義なのです。

    これからの時代「個」の「表現の自由」が重要になってきます。
    それは同時に「多様性の社会」でもあります。

    まず「多様性の社会」を考える上で「公共性」はベースです。

    今の日本は「公共性」を真逆に考えています。
    その勘違いは、見ての通り奥深く根付いているのですね。

    美術館という公共施設で働いている方まで、
    「公共性」を履き違えているわけでこの問題は非常に根深いです。

    具体的に私の記事をシェアして「バカ」と言っていた、
    東京都美術館 キュレーター ひらかた まさあき
    https://www.facebook.com/masaaki.hirakata

    以上の方にそっくりそのままお言葉をお返し致します。

    今回皆様の公共性というものの意識に少しでも働きかけできれば幸いです。
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    テーマ:アート・デザイン - ジャンル:学問・文化・芸術

    1. 2015/07/27(月) 15:12:16|
    2. アート
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    会田誠の【檄】は何も表現していないし語れていない

    今美術界隈で話題ですが、
    せっかくなので端的に直球でお話します。

    東京都現代美術館はだれのもの?
    東京都民のものであり、もっと言えば公共のもの。

    公共性の中でアーティストという立場を利用し、
    政治的な発言を行う事が許されると思いません。

    それを許せば公共という定義や前提が崩壊します、
    何人も公共の前には平等でなければならないのです。

    それは芸術家も同じです、
    そこに表現の自由は抑制されるのです。

    公共というルールにのっとり表現すればいいのです。

    もっと言えばそんな表現をしたければ、
    公共性の低い場所がいくらでもあるのですから、
    十分に表現の自由が担保されている事は忘れてはいけません。

    また会田誠氏が作品をロジカルに説明し、
    反論していますがそれはまったくの無意味です。

    そもそも公共という相手の土俵のルールに然う事を前提に、
    この東京都現代美術館はあるのですから、
    作品がいくら正当性を持っていても意味が無い。

    そのものを批判したければ、
    そのものの外から批判するのが論理ではないでしょうか。

    話は少し違いますが、
    国立大学生が国を批判しているのを観ましたwww
    そもそも論理的におかしな構図なんですね。

    これを哲学的な構図で言うと、
    「超越論」と「超越論的視点」の違いです。

    すなわち、
    会田誠は「井の中の蛙大海を知らず」という、
    非常にへぼい論理展開をし、
    糞みたいな権威を振りかざしている、
    蛙ちゃんケロケロ〜なんです。

    そもそもアイロニーでもなんでもない作品です。

    アート利権で食ってる糞な美術家は黙って権力に従っとけよ。

    美学者母

    テーマ:アート・デザイン - ジャンル:学問・文化・芸術

    1. 2015/07/26(日) 16:29:25|
    2. 美術理論
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    少年Aは本当に〈悪〉なのか?

    まずはじめに断っておくが、
    あるスケール感の概念的文脈において、
    彼(少年A)が〈悪〉として認識されている事は、
    私も十二分に把握している。
    またここで述べていく事は、
    そのあるスケール感においての概念的文脈における、
    合理性を否定するものでないし、
    また私自身も否定する意志もない事を述べておく。

    ではなぜここで「少年Aは本当に〈悪〉なのか?」
    という問いを明示するのか。
    それは昨今の日本社会の風潮に疑問を持つからである。
    物事のあらゆる事象というものは、
    概念的認識においては2側面を有する事が原理である。
    私たちの概念的認識においての〈善〉〈悪〉は、
    〈善〉は〈悪〉を内在することで成立し、
    〈悪〉は〈善〉を内在することで成立する。

    すなわち、
    この世界に〈絶対悪〉は無いし、
    この世界に〈絶対善〉は無い。
    私はこの文章を通じ、
    今日本に蔓延している〈絶対〉主義的な幻想を浮彫りにし、
    ある種の多様性がある社会の創造に、
    アクティビストとして言論を通じてコミットしたいのである。

    そしてこれらを踏まえながら、
    私は最大限少年Aというこの刹那に生きている同士として、
    彼を擁護する姿勢を示そうと思うのである。

    まずその上でスケール感というものが非常に重要である。
    私たちが日常的使用している概念的文脈のスケールではなく、
    この社会や世界をアーキテクチャとして捉える事。
    その事で少年Aが行った行為も含め、
    すべての個別的人間が行う行為全てが、
    個別的欲動を原理とする個別的意志に基づき、
    個別的責任において個別的行為が行われているという、
    あたりまえの事象を否定する事ができる。

    それは数学的部分関数のように、
    全体は部分を定義できるし部分は全体を定義できる、
    それを応用したものである。

    すなわち彼(少年A)の行為は、
    彼以外の環境によって生み出されたとも言えるわけである。

    これは医学的見知からも同じ事が言える、
    例えば癌なども同じである。
    癌は私たちの体というアーキテクチャが生み出したものである、
    事実ある実験によると、
    癌細胞のまわりの環境を変えると癌は死滅する結果が発表されている。

    すなわち、少年Aと癌は同じであるのだ。
    少年Aは普通の少年が環境により殺害を起こしたのである、
    また癌細胞も通常細胞が環境により癌細胞になった。
    これは僕の中では非常に合理的な概念的文脈である。

    以上ここまでは少年Aが起こした行為について、
    それが彼個人のみに責任があるのかという、
    疑問を浮きぼりにした。

    では次にもっと根源的に人を殺してもいいのか?
    という事を考えていきたい。
    人類が生まれてから今まで、
    人間が他人を殺すという行為が無かった時代は、
    存在するのだろうか?答えは「ノー」であろう。
    では人間はなぜ他人を殺すのか、又殺し続けてきているのか。
    それは原理的に自らの命を守るためであり、
    それは命の連続性を守る為であり、
    もっというとDNAの連鎖を守る為である。
    すなわち人間は自らの命の連続性を守る為に、
    他人を殺してきたのであり、
    根本的な自己防衛反応であり行為である事がわかる。
    当然昔の感覚でいえば、
    自分が殺される前に他人を殺す事が生存競争で必須で、
    絶対的に人間に必要だった能力だったであろう。
    ではその時代に他人を殺す事が「悪」だったのだろうか。
    それは容易にノーである事が理解できる。

    では近代においてなぜ他人を殺す事が「悪」になったのか、
    それは自分を直接殺す人間が極端に少なくなったからである。
    もちろん自分の命を脅かす直接的な人間がいなくなれば、
    他人を殺す事も必要なくなってくる。
    それは社会の高度化、法の支配、ルールの制定。
    それらで私たちは直接的に他人を殺す事が「悪」であるという、
    ある種の意識の強化が行われた、
    その上であくまで直接的に他人を殺す事を「悪」としている。

    近代直接的に他人を殺す事は「悪」と定義づけられ、
    それは目に見えるカタチで減少したのだ。
    しかしそれと同時に社会の高度化、法の支配、ルールの制定。
    私たちはそれらの環境を通じて、
    間接的に数多くの人を殺している時代に生きているのである。
    直接的に他人を殺す事は「悪」だけれど、
    私たちが創りだした環境で間接的に他人を殺す事は「悪」ではないのだろうか?
    私はこの事に強く違和感を覚えるのである。

    凄く身近な問題で言うと、
    私たちは道路で車を走らせる事を社会の一員として許している。
    しかし交通事故で亡くなっている人たちはどれくらいいるのか?
    学校や職場でイジメをする事を許している。
    しかしイジメで亡くなっている人たちはどれくらいいるのか?

    私たち現代の人間は原始的な人間の時代より、
    少なくとも凄い数の人間を間接的に殺しているのである。
    というかこの高度化した現代社会において、
    間接的に他人を殺していない人間はいないのではないか。

    ここまでを要約しますが、
    まず少年Aを生み出したのは環境である。
    その環境をとおして、誰しもが間接的な殺人を行っている。
    もう殺人は個別的問題の時代ではない、
    直接的に他人を殺した人間が〈悪〉ではない。
    私たち一人一人が殺人を犯している当事者である。

    上記を踏まえ次にその後少年Aが出版した本と、
    それに関しての被害者遺族感情の問題。

    この問題に対しても生命の連続性という観点から考えたい。
    少年Aが殺したのはそもそも被害者であり遺族ではない。
    まずそこをおさえておくべきである、
    これは遺族と被害者の人格を同一視する事が多いが、
    あくまで別人格であるという事実は理解するべきである。

    その上で少年Aにとって本の出版は、
    少年Aの命の連続性にとって絶対的に必要だったのだ。
    すなわち彼の生き残る術であった。
    表現とは原理的にそういったもので、
    少年Aには生きる欲動を強く感じ、
    本の出版はその表層として考える事ができる。
    これは表現者としての私自身の体験からも言える事だが、
    その表現の自由は守らなければならない。

    なぜならば、
    遺族なり他人が彼の表現の自由を否定する事は。
    間接的に少年Aという人間を殺す事であるからである。
    それはまさに、
    少年Aが他人を殺した事と同義の環境を生成し、
    新たにこの刹那に少年Aという人間を、
    私たちが許した社会が創りだした環境が、
    少年Aという人間を殺す事になるからだ。

    遺族にとって被害者の存在が生きる欲動であったのであれば、
    なおさら、少年Aが本を出版する事を〈悪〉としていいのか?

    それは少年Aが本を出版する事が生きる欲動であるならば、
    遺族がそれを一番理解する事ができる存在であるのではないか。

    最後に、
    私は個を〈悪〉に仕立てる時代は終わったと考えている。
    高度な社会が生成され、法の支配、ルールが用いられている、
    現代において個に〈悪〉は無い。

    本質的に、
    この世界や社会という環境にこそが〈悪〉を生成している根源で、
    いかにその環境が〈悪〉という癌を生み出さないか、
    そういった根本的な考え方の変化が求められている、
    そんな時代だと強く感じている。

    ある意味西洋的文脈における個人主義的な思想は終焉を迎えている。
    またそれは全体主義とも違うものであり環境主義とでも言おう。
    環境主義は個に権利や、義務、責任が発生すると考えるのではなく。
    個の存在を環境におき、
    環境に権利や義務、責任が発生するという考え方である。

    こういった考え方は、
    昨今物の所有などで行われている「シェア」という考え方が、
    この環境主義と言えると考えている。

    この文章を通して考えて頂きたいのは。
    〈悪〉と言われている事に対して単純に疑問を持ち、
    自ら考え行動する事です。
    私が書いた事は多様な考え方の一つだと考えて下さい。

    その上で、
    どうぞ自らの頭で考えて下さい。

    美学者母

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    1. 2015/07/21(火) 21:31:22|
    2. 日常
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    憲法や法の支配を神格化する日本人

    同性婚の次は近親婚?ドイツ政府の倫理委員会が兄妹婚の合法化に賛成
    https://gunosy.com/g/aZWtw


    そもそも自由という意味とそれに対する規制の意味を根本的に考えるべきです。今世界では権利が膨張しすぎています、人間と同じような権利を動物にあるとしたり、自然環境にもあるのだとしたり。そもそも人間の地位やその意味をクリアに定義しないと、このような倫理的な問題はどんどん生まれてきます。そもそもなんでも権利があり権利を主張できるなら、法の支配の根本的な意味がなくなるわけです。最近少年Aの本の出版にも色々と思う所が色々あるのですが、例えば憲法9条にしても。憲法や法律もそうですが日本人は法の支配は普遍的だと誤解しています、僕は法の支配は流動的であるという大前提を日本人は持つべきだと考えています。日本人はルールを与えられ遵守することをある種美徳とします。それは神道的な自然信仰からくるメンタリティーなのですが、そこはしっかりとルールを創造することを義務として担わなくてわならないのです。憲法や法の支配を神格化しているのが今の日本人です、今の憲法も現代の僕たちには与えられた憲法です。憲法をこれだけの間改正もしないで使っているのは日本くらいなものです。根本的に何が言いたいのかと言うと憲法や法の支配をタブーにするのではなく、しっかりと議論しそれまでの先入観をリセットする機会がある事が重要なのです。一昔前では同性婚さえも法の上ではタブーだったわけです、特に日本ではそうです。今の日本では近親婚なんてタブー中のタブーでしょう。僕自身も近親婚はどうだろうと思いますが、実際にそれが変わるにしろ変わらないにしろ法律を変える事に対してその機会が与えられる事が重要なのです。日本人は憲法、法の支配、ルールを神格化しすぎています、その様なメンタリティーを少しずつ変えていくべきだと考えています。

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    1. 2015/07/12(日) 15:06:12|
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    学会などという糞な内向きのシステムは今すぐやめろ、知は共有するものだ。

    京大総長がネット講義配信へ 10月から「人類進化論」
    http://www.asahi.com/articles/ASH785KG0H78PLZB018.html


    今あらゆるものが共有されていっている時代ですが、「知」の共有もその一つです。大学、研究所、学会など糞なシステムです、そんな所で内向きに「知」を囲い込むシステムはもう終わりを迎えています。「知」を共有しその中で生成されるクリエイティビティからブレイクスルーが生まれイノヴェイションとして表層される。それらがこれからの「知」のあり方なのです。古くさい教育システムで知を独占し権威を得ている大学教授など糞なペテン師と同じなのです。

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    1. 2015/07/11(土) 14:34:59|
    2. 美学・哲学
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    ノウハウ know how からノウホワイknow whyへ

    この小学校の先生がすごい! 子どもたちのやる気を引き出す数々の仕掛けとは
    http://www.huffingtonpost.jp/hrnavi/teacher-motivation_b_7718608.html


    大人になると皆んななんで勉強しないのかなって、勉強するのは若い頃や学生の頃だけ?って単純に思います。なぜって僕は学生の頃勉強を全くしてなかったらんですね、それでお前何してたんだって言われたら。まぁ野球ばっかりしてたんですが、確実に僕は学生時代より大人になってからの方が学んでいます。なんか変に皆んな先入観で学ぶのは学生時代だけってありますよね、人生いつでも学んでいいわけで学ぶのは学生時代や若い頃だけって誰も決めてないのに。大人になると急に学ぶ事を辞めちゃいますよね。それって今の教育制度に問題があるんですね、それはknow-how型の勉強だからなんです。つまり表面上、どう上手くこなしていくかと言うknow-howを教えていてその本質や原理は知らなくていいっていう教育なんです。つまり学生時代にそういったknow-howを蓄積して大人になったらそのknow-howを活かしたり応用して社会にアジャストしなさいね、と言う社会対応型なんです。つまりその本質や原理はしらなくてもいいからとにかく社会適応できる人間を今の日本という国や教育は生み出そとしているわけです。しかし僕のように大人になって学びはじめると、ある意味興味本位の学びをするわけです。つまりknow-howを得たいから学ぶのではなく、know-whyで学びはじめるわけです。つまり点数を競ったり成績を競ったりするわけでわなく、単純にその現象なり表層がなぜそうなっているのかという本質や原理を得たくて学ぶのですね。では本質的な学びとはknow-howなのでしょうか?know-whyなのでしょうか?僕はこの記事に書かれているようなknow-whyだと考えています。学びとは本来人間がこの世界を全て掌握したいという欲求から生まれています、この世界はいかに存在しどのような構造を有しているのか。学びとは世界を知っていく喜びでもあります、決して良い大学に入るためのものでも無く良い会社に入るためのものでもありません。ましてや社会適応するためのものでもないのです、今の日本の教育はいかに社会に適応する人間を製造するかという事を考えています。すなわち画一的でロボットのような人間を生み出す装置になっていて、そこから逸脱する人間を不良品として社会から追い出し隔離しています。これは日本の多様性を阻害する根源で、日本の街中は世界的にみても清潔で秩序をもち能面のような人間ばかりが存在します。それは世界から賞賛されたりもしますが、本当にそれは素晴らしい事なのでしょうか?多様性というものを完全に排除した結果が清潔で秩序をもち能面のような人間ばかりの街中が生成されているのではないでしょうか。僕はこのような状況は日本式のknow-how型教育に問題があると考えています、もっとそれぞれの個性や特性を学校はもとより社会や公共が包容し多様性に満ち溢れユニークで様々な人間が入り乱れる日本を作っていかなければなりません、それにはまず教育制度、教育改革がひつようです。その意味でもこの記事の先生の取り組みは素晴らしいと思います。

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    1. 2015/07/05(日) 20:45:33|
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    今まさにアートの民主化がはじまっている

    僕は幅広く世の中のあらゆる事に興味があって、
    何か一つの事にとらわれる事はあまりないのですが。
    そういった見知で、
    経済、科学、政治、社会、文化など色々観ていて。
    一番民主化が遅れているのが「芸術」「美術」だと感じています。

    何か古い時代のヨーロッパのシステムが未だに利用され、
    権威主義的であり、特権階級のみのモノのように扱われている。
    それは芸術家や美術家を一人の人間以上に権威づけし、
    何か特別な能力者の様な扱いをし。
    そして、その特別な能力者の様な人間が創りだしたものを。
    ある一部の資産家や権力者が有難がって、
    庶民にはこれが理解できないだろうって優越感にひたる。
    そんな嘘にまみれた糞なシステム。

    今メーカーズムーブメントの様に市民各々がモノ作りをするという、
    モノ作りの民主化が大きな波となっている。

    これは何を示唆しているのかというと、
    すべての人間がクリエーターやアーティストになるという事だ。

    これは同時に、特権的・権威的な意味を持つ芸術や美術システムの崩壊なのだ。

    ピラミッド型の社会というものはもう未来の社会の構造ではないのだ、
    これからはフラットな社会がどんどんと浸透していくであろう。
    そういったフラットな社会は個と個の特徴を認め合う、
    そしてあらゆる個性を持った人間達が同じ社会に共存し、
    そしてそういった多様性を包容する公共性を生成する。

    この様な世界の流れはもう止められないのである。
    僕たちは早く気づかなければならない、
    人間の中に優劣等存在しない、況してや天才などいない。

    ここではっきり言っておく、
    芸術や美術で天才の様に扱われ権威を付与されている人間など、
    完全な詐欺師なのだ。
    そんなもの幻想であり洗脳であり存在等しない。

    少なくともこれからアートは民主化され、
    誰もがモノ作りをし、芸術性や創造性を発揮しそれをマネタイズする。

    今芸術や美術を勉強している者、
    況してやそれを仕事としてお金を稼いでいる者は一刻も早く気づくべきだ。

    もうそこにアートの民主化という革命が訪れ、
    貴方達のアイデンティティは脆くもズタズタに葬り去れるのだから。

    美学者母

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    1. 2015/07/03(金) 22:03:03|
    2. アート
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    プロの芸術家・美術家はコンピューターに取って代わられる

    Google、人工神経ネットワークが見た『夢』を公開 (※ 微グロ注意)
    http://japanese.engadget.com/2015/06/21/google-dream/


    今はあらゆる仕事がコンピューターに置き換わっているが、それは芸術や美術も例外ではない。芸術や美術を仕事にしている人たちもコンピューターに置き換わっていくのです。今僕たちがアプリオリに考えている仕事という概念は将来無くなるでしょう、すなわち仕事としての芸術や美術はなくなるんですね。僕の頭の中にはクリアにその光景が観えるわけです、今踏ん反り返って芸術や美術で詐偽みたいに作品を作り、売りしてるアーティストやギャラリストはいかにそれが愚かな事なのか未来が証明してくれそしてそんなアーティストの名は歴史には残らない。愚かな金を得るよりも芸術や美術の本質を理解し活動する事がアーティストの役目です。今皆さんが思うプロのアーティストとは権威があり高値で取引きされているアーティストがいかに愚かなものであるのか、それは現在民主主義政治に現れてきているプロ市民と同義です。それは今皆さんの目にはみえていないのですが。将来仕事の意味や概念、お金の意味や概念が根底から変わった時それが浮き彫りになるでしょう。将来あらゆるものがコンピューターに置き換わった時、人間は本質的な人間しかできない営みのみに専念すると予想されます。少しでも皆さんに芸術や美術の本質に触れ、それ以上に人間の本質に触れて欲しいと願うのです。


    美学者母

    テーマ:アート・デザイン - ジャンル:学問・文化・芸術

    1. 2015/07/01(水) 23:08:56|
    2. mama (美学者母) ブログ
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    雨雲レーダー活用術

    雨雲レーダー
    http://weather.yahoo.co.jp/weather/zoomradar/


    皆さんど〜も〜!!!
    梅雨に入ってジメジメしていてうっとおしいですねぇ。
    そこでこの梅雨の時期にオススメの情報を!!!
    リンクを貼っておきますが、
    この雨雲レーダーって凄く役に立つの皆さんしってました??

    今日なんかは昨日から続く雨でしたが、
    この雨雲レーダーでみると当分雨がやみそうなので、
    これから洗濯物を干そうと思っていますwww

    これって凄く直近、一時間後とか二時間後の天気を調べるのに有効。
    例えば駅まで行くのに雨が降っていて、
    一時間後にやむなら、今駅に向かうより一時間後みたいに。

    凄く雨雲レーダー便利なので皆さんも活用して下さいねぇ〜!!!

    美学者母

    テーマ:生活・暮らしに役立つ情報 - ジャンル:ライフ

    1. 2015/07/01(水) 14:52:02|
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    Profile

    FC2USER590191GYW

    Author:FC2USER590191GYW
    mama Artist Promotion Video
    http://www.youtube.com/watch?v=mR12s6MhMS8



    美術家 「mama」 Official WebSite
    http://www.mamalab.info





    facebook
    http://facebook.com/machromatic






    COMPOSITE ART COMPANY "machromatic"
    マクロマティックは大阪・岸和田に拠点を置く総合芸術企業です

    美術商 第622122106978号 大阪府公安委員会



    マクロマティック心理芸術療法研究所
    http://www.artstherapy.biz/







    『ウェブアート宣言』(Web art declaration)

    本日、2010年5月9日。
    インターネットという虚像と実像が共存する場。
    虚像と実像が表裏一体であり、媒介する。
    その媒介した場所が空虚である。
    インターネット上のウェブはまさに空虚である。
    その空虚であるウェブで。
    己が己である事を確認し。
    ウェブインスタレーションと定義する。

    http://www.machromatic.net

            現代美術作家 田中智和
                   (mama)






    Macromatic is an composite art enterprise in Kishiwada city, Osaka area.



    "Web art declaration"

    Today, May9th,2010
    Place where the internet exists together between virtual image and real image.
    The virtual image and the real image are consistencies, and it mediates.
    The mediated place is empty.
    The web on the Internet is exactly empty.
    With the empty web.
    The thing whose yourself is yourself is confirmed.
    It is defined as the web installation.

    http://www.machromatic.net

    Artist Tomokazu Tanaka (aka.mama)
















    マクロマティック
    http://www.machromatic.net

    SELECT ART SHOP マクロマティック
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    美術商 第622122106978号 大阪府公安委員会
    TEL/FAX 072-447-4066
    MAIL office@machromatic.net





    【本名】田中智和 (mama、母)
    現代美術作家・アートディレクター
    (専門分野)
    ストリートアート・ストリートカルチャー

    日本会議 正会員

    One JAPAN project 代表
    http://www.onejapan.jp

    Art×Street(日本アート×ストリート協会)
    http://artxstreet.com



    【略歴】

    ※1978年
    ・大阪府岸和田市に生まれる

    ※1994年 
    ・鳥取県へ移住

    ※1996年 
    ・スケートボードをはじめる

    ※1997年 
    ・大阪に帰ってくる
    ・アーティスト活動開始

    ※1998年 
    ・グラフィティライターとしてストリートで活動開始

    ※2002年6月 
    ・大阪のスケートボードショップOVAL NETWORKで個展

    ※2002年7月 
    ・大阪の古着屋MAX FIELDで個展

    ※2002年8月 
    ・村上 隆が主催するアートイベント 「GEISAI-2」(東京)に参加

    ※2003年7月 
    ・大阪のclub NEOのクラブイベント「NEO SUMMER FESTIVAL」に参加

    ※2004年6月 
    ・大阪・岸和田の岸和田中央会館ギャラリーで個展
            mama Art Show 2004 「春 風 花」

    ※2005年5月 
    ・大阪・岸和田の町家 光輪庵で二人展
       machromatic Art Show 2005 「こころ、であう。」

    ※2005年12月 
    ・大阪府公園協会・泉佐野市公園緑化協会主催
    「Twinkle Park in Rinku 2005」でアートパフォーマンス

    ※2006年4月 
    ・「第3回 ART BASE NULL 作家交流展」(泉佐野 新井邸)に参加
       後援 大阪府、大阪府教育委員会など。
    ・遊び心創作家として活動開始

    ※2006年9月 
    ・主催 文化庁 共催 田尻町教育委員会
     「こどもアート体験 北欧~日本展」参加

    ※2006年11月
    ・Joint Art Battle -JAB-(富山)参加

    2007年4月
    ・東京・下北沢のclub WEDGのアートイベント参加
      1seam「New Born Babys☆」

    ※2007年5月 
    ・第4回 ART BASE NULL 作家交流展(泉南市 山田家)に参加
      後援 大阪府、大阪府教育委員会など。

    ※2007年10月 
    ・食の専門学校レコール・バンタン臨時講師(大阪市)
     展覧会「食とアートのコラボレーション」プロデュース

    ※2007年12月 
    ・Joint Art Battle -JAB-(富山)参加

    ※2008年5月 
    ・第5回 ART BASE NULL 作家交流展(泉南市 山田家)に参加
      後援 大阪府、大阪府教育委員会など。

    ※2008年6月
    大阪・大阪市中央区「ぎゃらり かのこ」で個展
      mama exhibition「アートバイブレーション」

    ※2009年11月
    東京・有楽町でのアートフェア
       「YOUNG ARTISTS JAPAN Vol.2」参加

    ※2010年5月
    『ウェブアート宣言』(Web art declaration)

    ※2010年6月
    雑誌「プライベートアイズ」の特集へ参加
    きこえをアートする デコレーション補聴器の作品提供





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