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    machromatic

    machromatic (マクロマティック) 美学者母のブログ

    過去を勉強しろという囚われ

    僕は例えばアート活動をしているので、
    アート活動をしていれば、
    過去のアートをしっかり勉強しろとか、
    過去の西洋美術史を勉強しろとか。

    例えば美学者母と名乗っているので、
    美学者と冠を付けているのだから、
    過去の美学や哲学をしっかり勉強しろ、
    過去の西洋思想を勉強しろとか、

    でもね、そもそも僕は、
    創造者であって、
    過去の人間が何を考えてたとかどうでもいいの。
    僕は創造性、クリエイティビティを追求している。
    その上で、
    カントとかフロイト、フッサール、オーデブレヒト、デリダ。
    そういう色んな過去の人はどうでもいいわけですwww

    こうやって言うと、
    アカデミックで哲学や美学をしている人は発狂するわけww
    なぜなら絶対的に次元が違うからです。
    そういう哲学や美学をしている人たちは、
    西洋思想の原点を起点に文脈を作って演繹的に解釈し、
    その歴史上の上で、現在を解釈し、
    そして現在の思想を発露しようという人たちなのですね。

    僕はこういったアカデミックな哲学者、美学者、
    また思想家を、
    古典物理学に支配されている人々と解釈しています。

    つまり、文脈性、演繹性、因果性、形式性。
    それらを絶対的に盲信する人々です。

    それに対して、
    僕のような新しいタイプの創造者、
    というか創造者タイプというのは、
    昔から、僕のようなタイプですが、
    それは、知性からは切り離されていたわけです。

    しかし昨今、この様な創造者タイプを、
    科学的、また知性的であると捉える事ができてきました。
    それが「量子論」です。

    創造性とは何でしょうか?
    今までに無い価値観やアーキテクチャ、
    様相、形態、現象などを創り出す事です。

    それは私が言う所の「愛」です。
    それは母親が子供を宿し、産む事と同義です。
    母とは一人の創造者なのですね。
    それは一つの愛を形にしたものです。

    現在の人間は「有機的なもの」と「無機的なもの」、
    この二つに絶対的な違いを認識していますが、
    私はこの「有機的なもの」と「無機的なもの」、
    この二つになんら違いを認めません。

    その意味で、
    母親が子供を産む「創造性」と、
    創造者が「愛」を創造する事と、
    なんら変わりのない営みなのです。

    では、母親は、
    子供の産み方を誰かから勉強するのでしょうか?
    そして、その子供は過去の誰かと同じ人間が、
    まったく同じ子供が産まれてくるでしょうか?

    答えは簡単です、
    母親はその母親の唯一無二の子供を産むのです。
    しかしどこかしら、
    父方の、お祖父ちゃんに似ているかもしれませんし、
    昔の、映画俳優に似ているかも知れません。
    しかし、それは紛れもなく母親の唯一無二の子供です。

    これは、
    創造者でも同じです。
    創造者から産まれた創造物は、
    その創造者から産まれた唯一無二の創造物です。
    それは、昔の創造者が創造した創造物に、
    どこか似ている事もあるかも知れません。
    しかしそれは創造者の唯一無二の創造物です。

    ここまで私が何を言いたいのか、
    それは、アカデミックな文脈主義の人に言いたいのです。
    過去を参照しなければ、何が新しいのか解らない、
    その様な言説をよく聞きますが、
    それは本当でしょうか?
    僕にはそれは囚われにしか見えません。
    また自らの領域の保身にしか見えません。

    例えばカントの哲学をまったく同じ様に、
    現代に発露したと考えましょう。
    しかしその表出は絶対に違ってきます。
    それは、その発露されるアーキテクチャが違うからです。
    そのアーキテクチャは世界と言い換えてもいいでしょう。
    カントが生きてその哲学を発露した世界と、
    現代にカントと同じ哲学が発露されたとして、
    その世界のアーキテクチャが違います。
    となると、部分関数的に、
    そこに定義されるその意味は変わってきます。

    この世界の有り様が問われているわけです。
    この世界は、そのもので定義されているし、
    そのものは、この世界に定義されています。

    そこから言うと、
    創造物にはコピーというものは存在し得ないわけですが、
    その辺を私たちはエポケーされている部分でもあります。

    さらに抽象度が高い様式という意味、スタイルで考えると、
    さらにコピーは絶対的に困難である事が自明されます。

    つまり、ここまで創造者が過去を勉強する事、
    その無意味さを言説してきました。

    文脈性、演繹性、因果性、形式性。
    これらに囚われる事を業としている人が、
    アカデミックな哲学者や美学者、思想家であり。
    そもそも僕はアウトサイダーであり、
    そんなもの糞だと考えているという、
    アカデミックの人間でなく、
    ただ一人の創造者であるという事を言いたい、
    そして美学者母という冠は、
    そのようなアカデミックな人間を揶揄している、
    僕の存在自体がアイロニーである。
    その様な理解が必要です。

    では美学者母、
    アウトサイダーな美学者母、
    創造者である美学者母の考える世界とは、

    先に述べたアカデミックな人々は、
    紐の様な世界観を持っている訳です、
    過去から未来へと繋がっている紐です。

    僕が考える世界とは、断片です。
    すなわち刹那であり、因果ではありません。

    これは僕が30歳のときに、
    悟りの体験を通して会得したものです。
    そしてその概念、
    空や縁起を理解し今に至っていますが。

    それを科学的な側面で演繹的な意味で、
    一般の人に理解できる領域に落とし込んだものが、
    「量子論」であると考えています。

    これからは、
    バイオ、
    ケミカル、
    人工知能、
    人間、
    テクノロジー、

    先にも述べましたが、
    「有機的なもの」と「無機的なもの」、
    この差異が無くなってきます。

    そもそも現在人工知能は、
    テクノロジーの延長線上と考えられています。
    しかし、
    もっと深く考え、
    その「有機性」と「無機生」をブレイクスルーした時、

    そもそも、
    私たちの脳そのものが人工知能であると言えます。

    それは、
    そもそも私たちの脳は存在していなかった、
    そして母親と父親の愛から受精卵が生まれ、
    その一つの細胞から細胞分裂を繰り返し、
    人間、すなわち脳、人工知能が創造された。

    現に現在では、
    テクノロジーの延長線上での人工知能以上に、
    例えばバイオやケミカル、
    そういった有機的な方向から、
    人工知能を創る試みもされています。

    ここまでくるとクローン人間の話になってきますが、
    ここまでくれば皆様もご想像つくかと思います。

    人工知能の問題は究極的に、
    人間を人間が創造するところに行き着きます。

    すなわち「愛」に行き着く訳ですね。

    「愛」とはなんでしょうか、
    「愛」とは刹那に感じる体験です。

    すなわち、
    創造者が過去に囚われる事がいかに無意味であるか。

    それが理解いただけたと考えます。

    美学者母
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    テーマ:art・芸術・美術 - ジャンル:学問・文化・芸術

    1. 2016/07/28(木) 15:09:21|
    2. 美学・哲学
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    美学者が美学者たる資格など無いそれは愛だからだ




    「愛」というモノに形など無い、
    それが私の「美学」だ。
    それが私が美学者と名乗っている根源であり、
    それ以上でもそれ以下でも無い。
    愛という形の無いものを、
    どう伝えていくのかというのが美学者であり、
    美術家である。
    時に僕が美学者と名乗っている事に異を唱えるもの、
    それはアカデミックに学んだ美学者や哲学者だったりする。
    しかし、美学者と名乗るのに、
    「愛」というモノを伝える事に何の資格がいるのだろうか???
    今日そういった人と議論してふと強く感じたのだ。
    美学や哲学の知識をいくら持っていても意味が無い、
    本当に素晴らしい愛を感じ、
    その愛を一人でも多くの人に気づいて欲しい、
    それ以上の動機がどこにあるのか???

    それぞれの「愛」を語ればいい、
    それが「哲学」であり「美学」であるのだ。

    難しい理屈など無くていい、
    貴方が感じている事、体験しているその「愛」以上に、
    「愛」を表現できるものは無いのだから。

    「愛」という力は何よりも強く大きい、
    「愛」という力は何よりも大きなエネルギーを有する。

    皆さん一人一人が「愛」に溢れている美学者なのだから、
    それに気づいてもらう、
    それが私の使命だと考えている。
    だから僕も一人の「美学者」「美学者母」として、
    これからも「愛」を届けていく、
    それに命をかけていく。

    ただそれだけの事です。

    美学者母

    テーマ:art・芸術・美術 - ジャンル:学問・文化・芸術

    1. 2016/07/27(水) 00:46:22|
    2. 美学・哲学
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    なぜ今のアート界は保守的なのか

    今回の東京都知事選にしても、
    すごいカッティングエッジな候補者が多くて面白い。
    テクノロジー業界でも、
    色々なハードコアな企てを画策していて面白い!!!

    エコノミーも、
    色々なビジネスモデルがでてきて、
    今、評価経済などのパラダイムシフトも起こり、
    非常にダイナミックである。

    その点アート界と言えば、
    会田誠が、公立の美術館で、
    糞みたいな表現で、反体制を訴えたり、
    それで撤去要請されて、駄々っ子。。。

    ろくでなし子は、
    自分のマンコを3Dプリントして、
    逮捕されるが、
    それなりに売名行為成功!!!

    こんなしょぼい日本のアート界は、
    いつまでたっても社会に欲される事はないだろう。

    僕はアート活動をしていますが、
    アートのプロパでもなんでもありません。
    なので、
    アートやテクノロジー、エコノミーを、
    横断的に串刺しでやっていきます。

    最近ハードコアでカッティングエッジな、
    アートが無いのですね、
    それは表面上、イカれてるとかそういう意味ではありません。
    いろんな意味でブレイクスルーしていて、
    パラダイムシフト、イノベーションを起こせているか。
    そんな、心がワクワクするもの、
    もうアートにはそんな力は無いのです。

    誰もがアート作品を簡単に作れる時代、
    アート作品を作る事に意味がなくなった時代です。

    僕はもっと視野を広げ、
    あらゆるジャンルを超えて、
    スマートに表現していきたいと、
    常々行動しております。

    先日観た政見放送などは、
    今のアーティストを優に超えた表現です。

    今のアートを目指す若者は、
    アート以外に主眼を置いていかないと、
    どんどん他のジャンルのパワーに敗北します。

    美学者母

    テーマ:アート・デザイン - ジャンル:学問・文化・芸術

    1. 2016/07/26(火) 17:36:02|
    2. mama (美学者母) ブログ
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    ただ排他的なだけのエセリベラル

    『ポケモンGO』があまり社会的に叩かれていない理由はいくつかの批判層を黙らせる要素が揃っているから
    http://togetter.com/li/1003942


    20年近く前に僕がインターネットをやりだして、
    その当時、周りの友達の間では、
    僕がネットオタクと噂されているのを、
    思い出したwww
    僕もストリートカルチャーとかに魅了されて、
    クラブやスケートボードで夜な夜な遊んでたけど、
    そんな人たちからすると、
    インターネットはとてもダサイものだったんだねwww
    そういう人たちは「現場」とか「リアル」とか、
    そんな言葉が好きなんだけど。

    結局そういう人達というのは実は排他的で、
    自分たちで壁を作っているのですね。
    だから当時そういった事を言っていた人たちは、
    今でもインターネットに不自由でwww
    僕から言うと逆にダサイおっさんになっている。。。

    政治の話でも同じで、
    一昔前は、何か革命を起こすだとか、
    リベラルだとか、
    そういった反体制みたいなのがオシャレで、
    それは先に述べた「現場」とか「リアル」とかと同じで、
    結果、今でもそればっかりで、
    思考の柔軟性がなくて、排他的で、

    結局今回のポケモンGOでも、
    少なからずネガティブなことを言っている人は、
    ある意味排他的なのだけれど、

    先行でアメリカで成功したのもあって、
    あまり否定的な意見が少ないのも、
    これまた日本人的で面白いわけですwww

    もっと色々な事を、
    カオスに柔軟に、スマートに、
    軽くブレークスルーして、
    そんな軽やかな思考が必要だと思うよ。

    美学者母

    テーマ:アート・デザイン - ジャンル:学問・文化・芸術

    1. 2016/07/25(月) 14:06:06|
    2. アート
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    ポケモンGO(pokemon GO)を一日して思ったこと

    さて、今話題のポケモンGOですが、
    昨日、の午前中に日本でも配信がはじまり、
    僕は午後にすぐダウンロードしました!!!

    という事で僕は、
    ポケモンGOをはじめた訳ですが、
    実はそのポケモンGOのベースになった、
    イングレスというゲームにも挑戦したのですが、
    かなり初期段階で挫折したので、
    ポケモンGOはどうなるかなぁ〜と、

    しかし、実際にポケモンGOをやってみると、
    操作やゲーム設計も分かりやすく、
    どんどんポケモンをゲットできました!!!
    結局ポケモンGOの初日は、
    深夜徘徊までしてwww
    とてもゲームをエンジョイして、
    レベル6まで上げましたwww

    ゲームの内容は
    実際にやってみるのが一番ですし、
    またその内容は色々と書かれていますので、
    僕のポケモンGOの考察は、
    独自の角度でお届けしたいと思います。

    (脳の快楽系、報酬系を刺戟する企て)
    ポケモンGOをしてまず特徴的に感じる所は、
    自らの足で外に出て行かないと、
    ゲームが成立しないという所が特徴的です。
    これは、今までのゲームでは考えられない、
    一つのイノベーションではないかと思います。
    また外を歩き回る事で、ポケモンと遭遇する。
    その時にバイブの刺戟を受けるのですが、
    だんだんその刺戟が、
    脳の快楽系や報酬系へ影響している事を実感しました。

    このゲームのシンプルかつコアなエレメントだと感じます。
    歩き回るというコストを、
    ポケモンを捕獲するという報酬が上回っていれば、
    ゲームを飽きずに続けていけるゲームではないでしょうか。

    一点僕なりに注文をつけるとすれば、
    外を歩き回っている時に、
    無数のポケモンGOをプレイしている人と出会いました。
    その他者プレイヤーとのコミュニケーションが、
    ゲーム上でもう少しディープにできた方が、
    もっと楽しめるのではないかと思います。

    少し話が変わりますが、
    ポケモンGOをする副次的効果として、
    健康という側面を強く感じました。
    実際に精神疾患などに効果的である、
    そのような情報も流れていますが。
    実際に自分でしてみると、
    かなりの距離を歩きます。

    今までのゲームだと、
    家の中に篭って、健康に悪い、精神衛生に悪い。
    そのような意味もブレイクスルーしています。
    むしろ、これから親は、
    「ポケモンGO」してきないさい!!!
    とゲームをすすめる時代になる予感、
    そんな部分でもブレイクスルーしている。

    (芸術的側面から観るポケモンGO)
    最後に私は美術の専門家なので、
    アート的な側面から考察したいと思います。

    このポケモンGOは、
    拡張現実(Augmented Reality、AR)
    と呼ばれています。

    ではこれまでのVR(バーチャルリアリティ)、
    それらと一体何が違うのか、
    それは簡単に言うと、
    仮想現実だけのVRと、
    現実を、仮想現実まで広げたAR
    仮想現実を、現実に投影する3Dマッピング、

    つまりポケモンGOは、
    一般的に言われる「現実」と「非現実」が、
    曖昧な世界であるという事です。
    そして今回のポケモンGOの特徴として、
    その曖昧さの表層性が理解しやすい、
    その様な逆説的なレトリックが埋め込まれています。

    これは美術や芸術のレトリックとして考えれば、
    同じ様なものを提示する事ができます。
    それは古典美術です。
    例えば三次元の風景と、
    二次元の絵画、写真の風景、
    この次元的違いには絶対的な違いがあります、
    しかし現代の私たちには、
    その絶対的な違いを疑うことをエポケーされています。

    要は、このポケモンGOは、
    現実と非現実をエポケーさせることのクラシック、
    その様な提示を美術や芸術として提示しているのです。

    例えば、僕は1978年生まれですので、
    インターネットの進化をもろに見てきた世代です。
    そもそもインターネット黎明期は、
    インターネットそのものが非現実的なものとして、
    社会に受け入れられていませんでした。

    しかし今はどうでしょうか?
    行政サービス、買い物、銀行サービス、
    様々に信用が必要なものが、
    非現実とさていたインターネットで、
    実際に現実的なものとして扱われています。
    これはインターネットが非現実である、
    または現実であるという問い自体をエポケーしている。
    そう考えることができます。

    ここで私が紹介したいのが、
    私が作品としている「宣言」です。
    「ウェブアート宣言」
    「スマートアート宣言」
    「量子論美術宣言」

    これらは、
    そのような根本原理を問う作品です。

    現実と非現実、
    現実と仮想現実、
    現実を仮想現実に広げる、
    仮想現実を現実に広げる。

    これらを現実として認識するには、
    人間は「エポケー」しなければ、
    「現実」として認識しません。

    すなわち、
    私たちが高度な社会や高度な世界を獲得する、
    それは同時に、ある問いを停止すると言う事と同義です。

    すなわちこのポケモンGOは、
    現実と非現実をエポケーした絵画や写真の様に、
    現実と仮想現実をエポケーする古典として、
    私たち人類の前に現れたという事です。

    そういう意味でゲーム以上に、
    芸術や美術、
    哲学や思想、
    そういった人間の根本原理をイノベーションする、
    大きな出来事だと認識する事ができます。

    美学者母

    テーマ:アート・デザイン - ジャンル:学問・文化・芸術

    1. 2016/07/23(土) 16:36:25|
    2. アート
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    IT国家と評価経済の時代へ

    政治思想でもリバタリアンとコミュニタリアンという捉え方があるわけですが、民主主義や資本主義の行く末がリバタリアンだったわけで、そういった思想の爺さん婆さんが、キチガイじみた政治を恥ずかしげもなくフェイスブックなどに投下しています。
     いつも僕は言っていますが、民主主義や資本主義は終焉を迎えて、あるいみリバタリアニズムは終わろうとしているのですが、今でも日本の美術界の古い人間はリバタリアニズムを盲信して、その民主主義や資本主義の行き詰まりに気づいていないわけです。しかし新しい世代の人間は、ポスト民主主義やポスト資本主義として、テクノロジーやエコノミーが作る新しい世界の有り様を模索し、そしてアーキテクチャを生成し、グリッドが生まれつつあります。それがいわゆるIT国家であったり、評価経済なのです。それはいわゆる、リバタリアンではなくコミュニタリアンの世界と捉えることが可能です。そのような時代がくるのですから、もうインテリ爺さんとインテリ婆さんは黙って早く逝って欲しいと願うばかりです。

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2016/07/18(月) 19:12:23|
    2. mama (美学者母) ブログ
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    政治になるとキチガイになるインテリ老人

    通常だと頭脳明瞭、理路整然で、知性や知能が高く、学歴も高い人に限って、政治になるとキチガイになるのはなぜだろうwww そういうインテリ層が50歳以上に多いのはなぜだろうwww まぁそういう反体制やリベラルであることが、カッコイイ、イケテル時代だったのだろうし、それがアイデンティティでイデオロギーになっているから、しかたないのだろうwww むしろ今の若い世代に自民党支持者が多いのは、その世代が政治に対して非常に冷静で、ドラスティックであり、政治など別にアイデンティティでもイデオロギーでもない視点だからこそ、年寄りインテリにはない判断力があるように思います。

    テーマ:アート・デザイン - ジャンル:学問・文化・芸術

    1. 2016/07/18(月) 18:50:06|
    2. mama (美学者母) ブログ
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    チームラボが草間彌生のパクリである理由

    あ〜ほんとチームラボはひどいですねぇ〜。
    「DMM.プラネッツ Art by teamLab」
    というのを、
    チームラボがお台場でやってるみたいです。
    http://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001157.000002581.html

    まずはっきり最初に言っておきますが、
    「これは草間彌生のパクリ」です。
    その詳細については後で書きますが、

    ほんと私はずっとチームラボを批判していますが、
    今回の作品については、あまりにもひどいです。
    「アート」というからには、
    過去の「アート」作品を参照しているのが、
    最低限の作法でもありますし、
    また「アート」という振る舞いでもあります。

    私はよくチームラボの猪子寿之と、真鍋大度、
    この二人を比較して、
    真鍋大度はアートを理解しているが、
    猪子寿之はアートを理解していないと、
    いつも言っています。
    しかし今回の作品でそれがはっきりしました。
    猪子寿之がただのテクノオタクで、
    アートを商売にしているが、
    アートを全く理解していないと。

    (美術の技術信仰と、チームラボのテクノロジー信仰)
    まず日本の美術界の伝統というのを、
    お話ししておかなければなりません。
    まず、日本の美術というのは、基本的に技術を問題に、
    しているのですね。
    それは日本のデッサン教育をベースに、
    いかに技巧を磨くことが、美術であるか、
    その様な教育がされています。
    しかしアートの本質とは技巧ではありません。
    例えば基本中の基本のデッサンというものは、
    いかに3次元のものを、2次元に変換するか、
    その変換する過程で起こる心象的現象や、
    変換で起こる、人間の脳の認識。
    その様な差異的、変態、変容、変質。
    その様な芸術的、美術的構造こそが、
    一番の本質なのですが、
    日本では一向に技巧的問題を美術としているわけです。
    この辺の基本的美術の認識の違いが、
    そもそも現代アートを解らないくさせているのですが。
    それはまたの機会に譲るとします。

    ここまで述べたものが、日本の美術界の技術信仰です。
    その上で、チームラボもそれをトレースしているのですね。
    以前に私はチームラボの作品を、
    テクノロジーの使い方見本市と申しましたが、
    今回の表現はさらに酷いものです。
    チームラボの姿勢は、
    とにかく新しいテクノロジーを使えば新しいのだ、
    そのような精神が見えるのです。
    それは、日本の美術の世界の、
    技巧が凄ければ、美術として素晴らしいのだ。
    そのような根本的認識の間違いから、
    大きな過ちをを犯しているように考えます。

    (チームラボが草間彌生のパクリである理由)
    では次にチームラボのこの作品がパクリである理由ですが、
    これは草間彌生が長年に渡って取り組んでいる、
    哲学、思想、美術構造、芸術構造、などを、
    まるパクリしている作品です。
    草間彌生が作っている作品の美術的構造は、
    基本的に古くから水玉などを多用しています。
    それは、まさに、
    自己と自己以外のものとの境界が曖昧である、
    そのような草間彌生自身の体験から得られた、
    ある種異世界、
    それは草間彌生が統合失調症を患っていたなど、
    その自己の体験を元に、作品が生まれ、
    その様な体験を円や水玉に昇華しているわけです。
    とりわけ円というのは、
    その造形だけで美術構造が重層化されるもので、
    これは理屈的にはパラドックスが起こるもので、
    ある意味フラクタルに存在しています。
    例えば円の中心を指で指した時に、
    点ができますが、
    その点をクローズアップするとまた円ができます。
    それは永遠に繰り返されるものです。
    これを草間彌生は水玉で、
    さらにマクロにフラクタルを構成し、
    「永遠」または「永遠性」を表現してきました。
    また最近の傾向では、
    「永遠」「永遠性」のさらに向こう側、
    理屈でいうと「事象の地平」の向こう側、
    そのような取り組みもされています。
    このような美術構造は草間彌生が長年取り組んでおり、
    鏡と水玉を使ったインタラクティブな作品も、
    草間彌生は発表しています。

    (「DMM.プラネッツ Art by teamLab」はパクリだ!!!)
    「DMM.プラネッツ Art by teamLab」の写真を見て、
    まず私は草間彌生のパクリやんっ!!!
    と間髪入れずに感じたのです。
    それなりにアートを知っている人なら、
    完全に草間彌生のパクリである事がすぐに解ります。
    まず「DMM.プラネッツ Art by teamLab」の作品は、
    草間彌生の「永遠」や「永遠性」の美術的構造、
    さらに「自己」と「自己以外」の境界の排除、
    その美術的構造のパクリです。
    しかしチームラボがアートをしていないのなら問題無い。
    そう言っておきます。
    しかしArtと銘打っているわけですから、
    これはチームラボのアートなのでしょう。
    そうすると私はアートの専門家であるので、
    チームラボの作品は草間彌生のパクリだと、
    そう言っておかなければ、
    アートの専門家としての責任を放棄する事になります。

    (アートをするならアートを学べ!!!)
    では最後に、
    チームラボには様々なクリエイターがいると聞きます。
    アート作品を作っているのですから、
    アートの専門家は必ずいるのでしょう。
    アートにはアートの振る舞いや作法があるわけですね。
    それは美術史を参照する事や、
    最低限のリサーチ、美術的構造の参照、
    基本的に科学の世界同様、
    アートの世界も参照する事には何も問題がないのです、
    しかし、参照もしないで、
    これがチームラボのオリジナルの作品だ!!!
    というのは話が違うし、
    その前に草間彌生へのリスペクトが無い、
    そのように理解します。

    この様なチームラボの様な振る舞いが許されると、
    アートやアート創出への侮辱が許されているのと同じです。

    チームラボはいつかこういう事をするだろうと、
    その様に強く思っていましたが、
    やはり草間彌生のパクリを堂々としてしまいました。

    僕はアートの専門家として、
    ちゃんと責任を果たさねばならない。
    だから何度も言いますが、

    チームラボの作品は草間彌生のパクリです!!!

    美学者母

    テーマ:アート・デザイン - ジャンル:学問・文化・芸術

    1. 2016/07/16(土) 11:52:16|
    2. mama (美学者母) ブログ
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    これが日本の選挙制度ですという落胆のおかしなロジック

    さて、参議院選挙も終わりまして、
    色々面白かったなぁ〜っと思って見ています。
    選挙が終わっても、
    その結果を真摯に受け入れない人たちが多いのも、
    結局その振る舞い自体が選挙の意味を分かっていない、
    その様に強く感じる今日この頃です。

    政治にしろ制度にしろ、
    あえて言うなら、この世界そのものにしろ、
    完璧なものというのはあり得ないのですね。
    その中で、最適な決断をしていく、
    それが生きていくことであり、政治であります。

    その上で、
    最近よくみる言葉が、
    「これが日本の選挙制度です」という落胆した声。
    それが落選した人を擁護する言葉として使われています。
    もちろんあらゆる制度やルールに完璧なものは無い、
    その上で、
    みんな同じルールで戦っているという事を理解していない。
    そして熱狂しているから、
    その支持者が多いという幻想。

    例えば、野球をしているのに、
    ゴルフクラブをもってきて、
    このゴルフクラブはよく飛ぶクラブなのに、
    野球のボールは全く飛ばないじゃ無いか。
    これはそもそもルールが悪い、
    野球のボールじゃなくて、ゴルフボールに変えろ、
    そうすれば、野球選手よりも、
    より遠くへボールを打つ事ができる。

    例えば、
    囲碁や将棋の試合をみて、
    観客が全くいないじゃないか、
    俺たちサッカーの試合は、
    10万人も観客が入って熱狂している。
    なのに、
    サッカー選手の1試合の給料は、
    囲碁や将棋の試合の1試合より安いじゃないか。

    この二つのをしっかり理解してください。
    どちらも自分の都合のいいルールや考え方で捉え、
    自分の都合のいいように解釈するわけです。

    こういったルールの尊重や、
    違った思想への敬意というものが無いのが、
    今のリベラルや脱原発、自然信仰の人間なのです。

    他の価値観を認めないという姿勢は、
    むしろ排他的であり、とても古い体質です。

    このような事を選挙後強く感じました。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2016/07/12(火) 12:30:06|
    2. 政治
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    政治で世界は変わりません

    究極、明日は参議院選挙なので一言だけ。
    もう政治では世界は変わりません。
    新しいテクノロジー、エコノミーが世界を変えます。
    もう政治で右翼や左翼、
    リベラルや保守と言ってるのも古いと思います!!!
    なので、本当に知性や知能がある人は、
    テクノロジーやエコノミーで世界を変えていっていますね。
    中央のない世界がやってきます。
    すなわちエコノミー的に言うと、
    資本経済から評価経済への移行で、
    また貨幣の価値もパラダイムシフトされ、
    中央がない貨幣、
    すなわち今でいうビットコインなどが、
    これから使われていくでしょう。

    そもそも国や国家というアウトラインは無くなります。
    個や個人という単位で物事は計られていきます。

    実際にAirbnbやUberなど、
    個のグリッドが相互評価され、
    そこに独自の評価基準や価値が生まれます。

    その上で憲法や、法の支配も無くなるでしょう、
    すなわち民主主義と資本主義の終焉です。

    これからはそのアーキテクチャやグリッドが、
    自ら監視や評価を続けていき、
    そこで評価されないものは、価値無きもの、
    すなわち今で言えば法を犯したもの、
    その様に排除されていきます。

    おそらく、
    国家からのベーシックインカムというものではなく、
    アーキテクチャやグリッド単位の、
    ベーシックインカムで人々は生活します。
    それは評価=価値というもので、
    世の中が進んでいく事と同義です。

    今政治の事がよくフィードに流れてきますが、
    そもそも政治なんて言ってるのが時代遅れですよ。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2016/07/09(土) 16:22:08|
    2. 政治
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    FC2USER590191GYW

    Author:FC2USER590191GYW
    mama Artist Promotion Video
    http://www.youtube.com/watch?v=mR12s6MhMS8



    美術家 「mama」 Official WebSite
    http://www.mamalab.info





    facebook
    http://facebook.com/machromatic






    COMPOSITE ART COMPANY "machromatic"
    マクロマティックは大阪・岸和田に拠点を置く総合芸術企業です

    美術商 第622122106978号 大阪府公安委員会



    マクロマティック心理芸術療法研究所
    http://www.artstherapy.biz/







    『ウェブアート宣言』(Web art declaration)

    本日、2010年5月9日。
    インターネットという虚像と実像が共存する場。
    虚像と実像が表裏一体であり、媒介する。
    その媒介した場所が空虚である。
    インターネット上のウェブはまさに空虚である。
    その空虚であるウェブで。
    己が己である事を確認し。
    ウェブインスタレーションと定義する。

    http://www.machromatic.net

            現代美術作家 田中智和
                   (mama)






    Macromatic is an composite art enterprise in Kishiwada city, Osaka area.



    "Web art declaration"

    Today, May9th,2010
    Place where the internet exists together between virtual image and real image.
    The virtual image and the real image are consistencies, and it mediates.
    The mediated place is empty.
    The web on the Internet is exactly empty.
    With the empty web.
    The thing whose yourself is yourself is confirmed.
    It is defined as the web installation.

    http://www.machromatic.net

    Artist Tomokazu Tanaka (aka.mama)
















    マクロマティック
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    skype名 machromatic




    office
    〒596-0021
    大阪府岸和田市松風町25-18
    美術商 第622122106978号 大阪府公安委員会
    TEL/FAX 072-447-4066
    MAIL office@machromatic.net





    【本名】田中智和 (mama、母)
    現代美術作家・アートディレクター
    (専門分野)
    ストリートアート・ストリートカルチャー

    日本会議 正会員

    One JAPAN project 代表
    http://www.onejapan.jp

    Art×Street(日本アート×ストリート協会)
    http://artxstreet.com



    【略歴】

    ※1978年
    ・大阪府岸和田市に生まれる

    ※1994年 
    ・鳥取県へ移住

    ※1996年 
    ・スケートボードをはじめる

    ※1997年 
    ・大阪に帰ってくる
    ・アーティスト活動開始

    ※1998年 
    ・グラフィティライターとしてストリートで活動開始

    ※2002年6月 
    ・大阪のスケートボードショップOVAL NETWORKで個展

    ※2002年7月 
    ・大阪の古着屋MAX FIELDで個展

    ※2002年8月 
    ・村上 隆が主催するアートイベント 「GEISAI-2」(東京)に参加

    ※2003年7月 
    ・大阪のclub NEOのクラブイベント「NEO SUMMER FESTIVAL」に参加

    ※2004年6月 
    ・大阪・岸和田の岸和田中央会館ギャラリーで個展
            mama Art Show 2004 「春 風 花」

    ※2005年5月 
    ・大阪・岸和田の町家 光輪庵で二人展
       machromatic Art Show 2005 「こころ、であう。」

    ※2005年12月 
    ・大阪府公園協会・泉佐野市公園緑化協会主催
    「Twinkle Park in Rinku 2005」でアートパフォーマンス

    ※2006年4月 
    ・「第3回 ART BASE NULL 作家交流展」(泉佐野 新井邸)に参加
       後援 大阪府、大阪府教育委員会など。
    ・遊び心創作家として活動開始

    ※2006年9月 
    ・主催 文化庁 共催 田尻町教育委員会
     「こどもアート体験 北欧~日本展」参加

    ※2006年11月
    ・Joint Art Battle -JAB-(富山)参加

    2007年4月
    ・東京・下北沢のclub WEDGのアートイベント参加
      1seam「New Born Babys☆」

    ※2007年5月 
    ・第4回 ART BASE NULL 作家交流展(泉南市 山田家)に参加
      後援 大阪府、大阪府教育委員会など。

    ※2007年10月 
    ・食の専門学校レコール・バンタン臨時講師(大阪市)
     展覧会「食とアートのコラボレーション」プロデュース

    ※2007年12月 
    ・Joint Art Battle -JAB-(富山)参加

    ※2008年5月 
    ・第5回 ART BASE NULL 作家交流展(泉南市 山田家)に参加
      後援 大阪府、大阪府教育委員会など。

    ※2008年6月
    大阪・大阪市中央区「ぎゃらり かのこ」で個展
      mama exhibition「アートバイブレーション」

    ※2009年11月
    東京・有楽町でのアートフェア
       「YOUNG ARTISTS JAPAN Vol.2」参加

    ※2010年5月
    『ウェブアート宣言』(Web art declaration)

    ※2010年6月
    雑誌「プライベートアイズ」の特集へ参加
    きこえをアートする デコレーション補聴器の作品提供





    ■■ machromaticホームページ ■■

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