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    machromatic (マクロマティック) 美学者母のブログ

    今、あらゆる相対性が崩れ、量子論的世の中に変貌している。

    価値というものは、
    その時代その時代に変化している。
    それは科学、学問の発達、
    政治体制や経済のしくみ、テクノロジーの発達。
    その様な様々な要因で、
    様々な価値は変遷していく。

    しかし昨今のその様な価値というものの変遷が、
    今までとは違う変遷を辿っているように感じた。

    それは、
    価値というものが、
    今まで、
    組織やシステム、
    環境、アーキテクチャ、
    国や、グループ、

    その様な大きな枠組みで、
    価値創造がなされてきたのであるが、
    昨今の世の中を見渡すと、
    非常にミクロで、
    様々な価値創造が行われている、
    その様に強く感じるのです。

    私はこの様な考察から、
    ある大きな仮説を立てたいと思う。

    それは、
    量子論、量子力学を人類が発見した為に、
    この様なミクロでの価値創造が、
    本質的な価値となりうる様になった。
    さらにいうと、
    古典物理学、相対性理論という、
    ある種相対性に原理を求める世界の終焉であり。
    相対的価値を打ち破った、
    量子力学が原理となる世界が産声を上げた。

    これは私の、
    量子論美術宣言や、
    もしかすると、
    美術批評家の松井みどりが言う所の、
    マイクロポップにも通づるものである。

    現代の世の中を私が分析するに、
    今までの相対的価値や相対的存在が、
    もうすでに通用しない世の中だと分析するからである。

    もっと簡単にいうと「対」という、
    モノの見方、認識、理解が無効化されるということ。
    具体的な例で示すならば、

    「お金」=「価値」
    「仕事」=「お金」=「価値」
    「人生」=「仕事」=「お金」=「価値」

    上記の様な対の世界が無くなるのである。

    私たちは、
    この様な「対」によって、
    意味を見出し、
    するべきことを選択し、
    価値あることを行動してきたわけである。

    しかし、
    現代において、
    量子論や量子力学が認識されたと同時に、
    これは量子論的に解釈しても、
    私たちは、
    量子的な振る舞いを受け入れなければならない。

    言うなれば、
    現代の世界には「対」としての、
    価値担保は存在しないということである。
    それは常々私が言っている事に通ずる。
    「根拠無き使命感」である。
    つまり根拠が無い、「対」が無いのである。

    私は昔から、
    この「根拠の無い欲動」というものに、
    大変興味があった。
    しかし、
    それがどういったものなのかは理解していなかった。

    しかし今回この様な仮説を立て、
    その「根拠の無い欲動」が、
    量子論、量子力学が支配する世界のもの、
    その様な仮説を立てるに至ったのです。

    「対」とはある意味「因果」であります。
    「因果」とは「文脈」でもあります。
    その様な世界の終わりを私は実感しています。

    今後世界はどの様に進んでいくのかわかりません。
    それは実は「因果律の崩壊」の自明なのです。
    もしこの世の中が、
    「因果」という原理で出来ているのなら、
    今後世界はどの様になるか予想がつきます。

    この様な締めくくりで、
    私の仮説を締めくくらせて頂きます。

    美学者母
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    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2017/01/28(土) 21:47:44|
    2. 美学・哲学
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    芸術家が広告で収益を上げるという先進性

    キングコング・西野さんの絵本無料公開を批判するクリエイターは、今後確実に食えなくなる。

    http://bylines.news.yahoo.co.jp/nakajimayoshifumi/20170126-00066990/


    さて今クリイティブ業界で話題の、
    西野亮廣さんの問題です。

    私は西野亮廣を、
    非常に才能があり有能な方だと評価しています。

    日本のクリエイティブ業界というのは、
    こういう突出した才能が現れると、
    「出る杭は打たれる」、
    という慣習で、
    フルボッコに叩いて、
    どうにか村を守ろうとするのです。

    すなわち、
    自分たちの既得権益を守りたい、
    そのような保身や嫉妬、
    それが西野亮廣叩きの本質なのです。

    そんなこんなで、
    僕の芸術活動にも通づる話なので、
    少し私の企てを紹介したいと思いますね。

    僕はインターネット上の文字や文章、言説を、
    芸術作品としています。
    それは今までも美術的ロジックとして、
    皆様にその構造はご紹介させていただいています。

    そうした時に、
    私は芸術家としての独立性、
    つまりインディペンデントである。
    その様な立場を担保する必要があります。

    私はその点について、
    非常に先進的なアイデアを思いつきました。
    それがネット広告です。

    皆様もご存知の通り??
    私のWEBには広告が掲載されています。
    これはグーグルの広告ですが、
    これで実はマネタイズできているわけですね。
    つまり、
    私は純粋芸術作品で、
    マネタイズする事に成功しています。

    100パーセント純粋芸術で、
    独立性を担保しながらマネタイズする。
    僕はその様なスキームを開発する事ができました。

    僕は会田誠などにも独立性に対して疑義を唱えましたが、
    例えば、今最先端で活動しているアーティストが、
    絶対的な独立性を担保して活動しているでしょうか?

    例えばギャラリー、美術館、キュレーター、
    色々なドグマに侵されなが、
    しかしお金を提供してくれる相手には、
    結局独立性を担保することは、
    物理的にも、精神的にも難しいのです。

    つまり今アーティストに求められているのは、
    自らマネタイズする能力なのです。

    そういう意味で、
    僕は西野亮廣と通ずるところがあるし、
    とても尊敬できます。

    つまり芸術にしても、出版にしても、
    根本で今何が起こっているのか、
    それをきっちり見極めることが大切です。

    一昔前、いや今も続いていることですが。
    その村に所属していないと、
    それらはマネタイズする恩恵が受けられなかった。

    しかし、
    僕はアートの村には所属していません。

    しかし純粋芸術作品そのものを、
    マネタイズしています。
    その事が、
    既得権益者にとって、
    どれだけ苛立たしいかよくわかります。

    それが西野亮廣叩きの根本です。
    しかし時代は待ってくれないのですね。
    西野亮廣を叩いている様な人間は、
    時代とともに居なくなる。
    ただそれだけです。

    村で囲い込んでマネタイズする、
    その様な時代は終わったのです。
    サヨウナラ村社会。。。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2017/01/26(木) 15:35:04|
    2. 経済
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    哲学者大和の展覧会は本人にとってのホメオスタシス

    【オムニアート】
    癌 -生の本質構造と刹那的体験|哲学者大和 ギャラリー白


    http://machromatic.net/column_y_0004.html

    さて昨年行われた哲学者大和の初の個展ですが、
    それから半年以上が経とうとした今、
    新たにこの展覧会の模様などを素材にした、
    映像作品がリリースされました。

    哲学者大和の個展はオムニアートと名打って、
    インターネット世界と、現実世界、
    情報空間と、物理空間、
    そういった別次元を行き来する事を、
    展覧会企画当初から企てていました。

    まず展覧会の告知として、
    インターネットのWEBで、
    展覧会場で流すナレーションを公開し、
    前もって展覧会の一部を、
    インターネット上で体験できるよう企てました。

    そして、
    展覧会場としての、
    現実世界、物理空間では、
    哲学者大和の告別式を模した、
    インスタレーションを展開し、
    展覧会の来場者は必然と、
    哲学者大和の告別式参列者となる、
    そのような企てを行っています。

    さらに、
    展覧会半年後の翌年1月に、
    映像作品として、
    この展覧会の模様を素材とし、
    YouTube及びWEBで、
    公開するという形になっています。

    すなわちオムニアート、
    インターネット世界と現実世界、
    情報世界と物理世界を、
    縦横無尽に行き来するプロジェクト型作品、
    その様な作品としても、
    またそれぞれの要素が一つの作品でもある、
    非常に複雑なフラクタルを形成するに至っています。

    今回の哲学者大和の展覧会は、
    本質的な原理として、
    人間そのもの存在に疑問を呈しています。

    私たち人間の特性として、
    認識、判断というものが存在しています。
    それは一つのボーダーライン、
    またはアウトラインを設定する事です。

    それはこの展覧会でも提示している、
    「オムニアート」
    すなわち、
    物理空間と情報空間のボーダーです。
    しかし本来、
    物理空間と情報空間に差異は存在するのでしょうか。
    哲学者大和はそこを、
    オムニアートとして、
    縦横無尽にそのボーダーを、
    いとも簡単にバインディングする事に成功しました。

    そしてこの展覧会が企てている、
    もう一つの大きな提示は、
    生と死というボーダーです。

    哲学者大和は今回「癌」というものを、
    生と死のアウトライン、
    またはボーダーとして提示するとともに、
    自らが設定した、
    「癌」というボーダーに対して、
    展覧会の企画をすすめるうちに、
    自らのその設定に疑問を持つ様になります。

    それはむしろこの展覧会を、
    成功させる原理となりました。
    それは、
    哲学者大和自身が、
    生と死というもののボーダーを、
    「癌」と設定し、
    自問自答のなかから、
    「癌」というものが、
    本質的に原理的に、
    死という大きな想起を起こすものだからこそ、
    生という大きなリビドーの原理となり得る。
    その様な真理に気づいたからです。

    その様な人間の思考にも、
    自問自答を繰り返し、真摯に反省しながら、
    常に自分の思考さえもが、
    生き死にしているという体験をしたのだと考えます。

    この様な経験を踏まえ、
    この展覧会のナレーションでは、
    細胞死(アポトーシス)を援用し、
    自らの告別式のナレーションの内容としています。

    今回の哲学者大和の展覧会は、
    物理空間と情報空間、
    思考の反省、
    生と死、
    またインタラクティブアート、

    その様なあらゆるボーダーを無効化する事に成功し、
    それらを哲学者大和という芸術家が、
    一本の思考で串刺しにして、
    上手く社会にプレゼンテーションできた、
    僕はその様にとても評価しています。

    2017年現在、
    あらゆるボーダーを無くす、
    またはオープンソースにする。
    その様なことが叫ばれている世の中ですが、
    そのボーダーを無くすことは容易ではありません。

    今回そのようなボーダーを、
    究極的な生と死というボーダーで提示し、
    世界や社会にインパクトを与えられたことは、
    現代の世界や社会に、
    とても有用で意義のある展覧会、
    プロジェクトだったと強く感じています。

    哲学者大和には、
    これからもっと多くのボーダーをぶっ壊して、
    さらに有用で意義ある芸術家になって欲しいと、
    考えています。

    美学者母

    テーマ:art・芸術・美術 - ジャンル:学問・文化・芸術

    1. 2017/01/24(火) 13:45:43|
    2. 美術理論
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    日本の仕事とは何かを読み解く

    キヤノンITS、在宅勤務者をカメラで監視

    http://www.nikkei.com/article/DGXMZO11735970W7A110C1X13000/


    虚構新聞みたいな話です。
    プロセスにお金が発生するのか?
    アウトプットにお金が発生するのか?

    基本的に仕事はアウトプットにお金が発生するし、
    高品質なアウトプットは、
    よいプロセスからしか産まれないわけです。

    プロセスを監視するという発想、精神時代が、
    生産性を下げている事に気付かないというアイロニー。

    日本の仕事ってのは、
    組織に属する事を仕事という原理。
    それがこの監視という発想に繋がるです。
    つまりデスクに着いている事自体が、
    PCの前にいることが、
    組織に属している事を証明する事になってる。

    欧米の仕事とは、
    自分の職域やそのタスクであって、
    組織に属する事が仕事ではない。
    すなわちデスクに着いていなくても、
    PCの前にいなくても、
    例えばソファーやベッドでも、
    結果アウトプットされるものが、
    高品質であればいいわけです。

    この仕事の監視自体が、
    時代遅れ極まりないという事なのです。


    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2017/01/19(木) 15:33:06|
    2. 経済
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    他者性の理解こそコミュニケーションの原理

    (あの人はそういうの嫌がるよ)
    (あの人は礼儀に厳しいよ)
    (あの人はもっとこういうのが好み)

    上記の様にでかい顔で他人を代弁する人間が居る。

    お前は誰だ?
    お前がその人間の何を理解しているのだ?
    お前が理解しているのはその人ではない、
    お前が創り出したその人間にすぎない。
    お前はその人の1パーセントも解っていないだろう。

    自分の考えや感覚、思い込みを過大解釈して、
    自分が感じることや、考えることが、
    他人も自分も同じなのだという立脚は、
    自らの分際を知らないということなのだ。
    こういった他者同一性を盲信している人間ほど、
    コミュニケーションの本質を理解していない、
    また他者への敬意、尊敬が無く、
    自分本位の解釈に世界を収縮し、
    小さな世界の井の中の蛙となっているが、
    その己の立場さえも理解できない。

    己の分際を知れや。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2017/01/18(水) 15:53:14|
    2. 経済
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    今後企業は顧問芸術家を必要とする

    昨今、
    様々な業種業態の企業で、
    イノベーションという言葉をよく耳にする。
    そこで、
    私は一般企業にも芸術家が必要な時代に入ったのだと、
    実感しているのである。
    それはイノベーションというものが、
    今までの研究開発などの、
    テクノロジー主導のものではなく、
    芸術性主導のものであると考えるからである。
    今後、先端的な芸術家は、
    一般企業と連携し、
    顧問芸術家などの形で社会にコミットしていく、
    その様な未来が来るであろうと予想する。

    そこで少し具体的な例を挙げてみる。
    日本で生まれたimodeを例に説明したい。
    imodeは携帯にインターネットを持ち込み、
    その当時では先端的なものであった。
    しかし、その後iPhoneが生まれ、
    imodeはその座をiPhoneに奪われる事になる。
    では一体imodeとIPhoneに、
    どの様な違いがあったのであろうか。

    まずimodeはテクノロジーの延長線上にあり、
    iPhoneは芸術の延長線上にあった。
    そこが、
    端的に最大の違いであり、
    両者の勝敗を分けた一番の要因である。
    その様な要因からも、
    私は企業などに、
    顧問芸術家というものを導入する事を、
    強く勧めるのである。

    iPhone以前までの研究開発というものは、
    テクノロジーの先端の事を指していたのであるが、
    iPhone以後のいわゆるイノベーションは、
    芸術性の事を指しているのである。
    それはimodeとIPhoneを見てもよくわかる。
    携帯にインターネットを取り入れたという部分では、
    imodeの方がiPhoneよりもずっと先手だったわけだ、
    さらにiPhoneだけを見ても、
    iPhoneには特別新しいテクノジーが使われていない、

    ではなぜここまで差が生まれてしまったのか、
    それは芸術的問題なのである。
    芸術的問題とは、意味や概念の転換の術である。
    簡単に言えば、
    imodeはあくまで携帯の延長線上にあった、
    しかしiPhoneは、
    むしろ携帯ではなく、
    小さなコンピューターとして提案されたのである。
    そこには恐ろしく大きな違いがあるのであるが、
    後から見てみると簡単に思える、
    そういう事も芸術性の不思議なのである。

    すなわち、
    iPhoneは携帯という意味や概念を超えたのである。
    ある種、携帯という事象の地平を超えたのである。
    すなわちこの様な術が、「芸術」なのである。
    それはテクノロジーの研究開発では創造できない、
    その様な類である事を忘れてはならない。

    その様な振る舞いを理解し、
    現在あらゆるところで言われている、
    イノベーションというものを考えて欲しい。
    それは、
    決してテクノロジーの延長線上ではないのだ。

    最先端で言われているイノベーションとは、
    芸術の延長線上にある研究開発から創造される。
    その上で、
    企業などには顧問芸術家という重要性を考えて欲しい。

    今回この様な文章を書いたのは、
    全く未開の「企業顧問芸術家」というものを、
    社会にプレゼンテーションしたかったからである。
    その上で、
    今後「顧問芸術家」というものが、
    一般的に認識される様、
    私も努力していきたい。

    この文章を観て、
    少しでも興味を持たれた企業は、
    美学者母に問い合わせを頂きたいと思います。

    mama@machromatic.net

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2017/01/16(月) 13:23:34|
    2. 経済
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    太陽光発電投資の考察

    親友の資産家が、
    太陽光発電投資をしていると、
    聞いたので、
    改めて投資としての可能性を、
    考察したいと思います。

    まず太陽光発電投資は、
    投資という意味合いよりも、
    節税対策という意味合いが強い、
    国の政策等で、
    減価償却費に一気に回せるからだ。

    しかし投資としては、
    年利10%で、
    20年間運用を想定しおり、
    また初期投資は2000万円が基本であるので、
    年間200万円が入ってくる計算である。
    つまり損益分岐点は、
    200×10=2000万円、
    ということで、
    11年目から収益が上がる、

    太陽光発電のパネルの劣化や、
    その他諸経費を考慮して、
    基本的な損益はこうだ、

    まず、2000万円投資して、
    太陽光発電を20年運用し、
    損益分岐点は10年目、
    最終的に20年で3000万円の売上で、
    最終20年運用して1000万円の収益、
    てな感じである。

    ちなみに投資した2000万円は、
    減価償却費に当て込めるので、
    20年間ちゃんと運用すれば、
    実質3000万円の得だという、
    簡単なロジックである。

    それで、
    3000万円を20年間で割ってみると、
    年間150万円である。
    これをさらに12ヶ月で割ると、
    12.5万円である。。。

    これだけみても、
    かなり糞みたいな投資であるが、

    さらにリスクは大きく、
    そもそも20年間安定稼働して、
    この見積もりである。

    昨今はテクノロジーの進歩も早く、
    20年という月日はあまりにも長い。。。
    もちろん自然災害や気象変動、
    おそらくこの20年で、
    エネルギーはもっと効率良く、
    安く手に入れることができる。

    こんなの投資でもなんでもなく、
    節税になればラッキーくらいのもんで、
    しかし、
    節税の額すら大した額ではないし、
    なんも面白くない。

    まぁとりあえず、
    親友がこんなのに投資した、
    と聞いたので、
    一応考察してみただけですwww

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2017/01/12(木) 12:36:22|
    2. 経済
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    自らを知る事が多様性の素地

    なぜ日本人には虫の「声」が聞こえ、外国人には聞こえないのか?

    http://www.mag2.com/p/news/233784


    すごく面白い!!
    言語をアートにしようとする私は、
    これからもっと言語学を学びたい。

    昨今、日本人の特性などと言うと、
    日本礼賛や日本賛美などと、
    穿った見方をする人がいるのですが、

    純粋に日本人が持つ特性、
    そのようなことを知る、探求するというのは、
    他者を知る、
    また他者との違いを知る。
    またその上で、
    さらに自らの特性を知ることに繋がります。

    多様性が求められる世の中です、
    多様性が求められるという事は、
    私自身、あなた自身が何者か?
    という事を、
    積極的に求められる世の中です。

    「私はこういう特性を持った日本人です」

    そう言い切ってこそ、
    様々な多様性を受容できる素地が生まれます。

    狭山美学校で民宿をするようになり、
    様々な国の方々とコミュニケーションすると、
    やはり、
    私自身が何者なのかという事が、
    とても重要な事に気付かされます。

    それは民族とか国への囚われでは無く、
    純粋たる自らの定義なのです。

    自らの定義無くして、
    他者への、多様性への、
    尊敬は生まれません。

    皆様も改めて、
    自分が何者なのか?
    という問いを、
    自問自答してみても、
    いいと思いますよ。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2017/01/11(水) 18:40:30|
    2. アート
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    伝統とは何かという話

    なんか、
    最近よく日本の伝統を再考しろ、
    みたいなフィードがよく流れてくる。
    この日本の伝統は、
    いつ頃創られたもので、
    本当の伝統では無いとか。

    しかしだ、
    よくよく伝統って考えた方がいいのではないか?
    例えば日本語一つにしたって、
    昔話していた日本語と、
    今話している日本語はぜんぜん違うわけ。

    でも日本語は日本の伝統ある言語である。。。

    例えば縄文土器なども、
    ある一定期間創られていただけで、
    その後は大きくその様式を変えている。
    そして現在は各地の窯元で、
    色々な陶器や磁器が創られている。
    しかしこれも日本の伝統の陶器である。

    基本的に伝統というものは、
    その時代に生まれる様式なのであって、
    その時代の様式は、
    次の時代の様式(伝統)へと引き継がれていく。

    つまり伝統とは常に更新されているもので、
    今もなお、
    日本の伝統は新しく更新され、
    新しい日本の伝統が創られている。

    僕たちが作った日本人らしさは、
    ある意味日本の伝統として、
    未来の日本人に引き継がれていくのです。

    天皇制のあり方、
    神道のあり方、
    あらゆる作法など、

    それらも含めて、
    その時代の日本人たちが、
    その時代に合わせた日本的解釈で、
    定義づけるのであって。

    普遍性を持っているものが、
    伝統という考えは、
    あまりにも浅はかで馬鹿だと思うのです。

    逆にそれを否定するなら、
    否定するあなたの伝統という定義を、
    しっかりと説明していただきたい。

    日本の伝統というものは、
    まさに今を生きている日本人、
    そのものに宿っている、
    精神や魂にこそ原理があり。

    その表層的、
    出来事や作法は、
    常に更新されている。

    そして、
    また現生の日本人の出来事や作法、
    それもまた伝統となるのである。

    美学者母

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    1. 2017/01/10(火) 23:13:39|
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    ネオテニー論から考える未来

    “幸福”を探して 人類250万年の旅 ~リーダーたちも注目!世界的ベストセラー

    http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3912/1.html

    私はネオテニー論を根本に考えますが、
    フィクション、
    すなわち創造力は、
    ある種ネオテニー論的に、
    獲得した能力だと考えています。

    それはおよそ2万年前に、
    獲得したと予想され、
    ラスコーの壁画などと同時期で、
    それ以降、
    人類は急速に道具類を発展させます。

    ラスコーの壁画も道具もそうですが、
    概念と形、
    この二つの並列思考を獲得した、
    それは「愛」を獲得したともいいます。
    すなわち、人間たらしめているのが、
    並列思考で、
    動物というのは、
    直列思考です。

    しかし、
    それと同時に人間は、
    集団というものを広げていくことになります。
    それが今でいう社会なわけですが、
    社会を作ることによって、
    ホモサピエンスは生き延びたと言われています。

    だいたい古い部族というのは、
    20人程度の集団でしたが、
    その後、
    飛び道具を人類が獲得し、
    多くの人間を監視できる様になると、
    その集団は数百人と増えていくことになります。

    その上で、
    ホモサピエンスが獲得した、
    並列思考、つまり愛が重要になります。

    集団が膨らめば、
    すべての人間を監視できなくなってしまいます。
    そこに社会性というものが発達し、
    お互いに共通の認識というものが、
    発達するわけです。

    すなわち、
    神様や、
    現代でいうルールの様なものです。

    そしてその集団が、
    大きくなった現代の姿が国家です。

    つまり、
    私たちが信じている、
    あらゆるもの、
    ルール、憲法、法律、倫理、宗教。
    それらは、
    社会秩序を守るための「道具」であり、
    その「道具」は古代では、
    飛び道具だったわけですが、

    現在は、
    それぞれの思い込みに依存した、
    「フィクション」だという事です。

    つまり、
    そのフィクションをいかに信じているか、
    というのが、
    ある種その国家の秩序に繋がります。

    そんな現代国家の中でも、
    そのフィクションを盲目的に、
    信用しているのが日本人です。
    いわゆる「空気」というのは、
    日本人特有の「フィクション」ですね。

    私はネオテニー論から、
    これからの日本人の幸福を考えると、
    まず、世界に真実は無いという立脚から、
    始めなければなら無いと思います。

    つまり、
    すべてはフィクションであるという認識です。
    例えば「憲法改正」の問題でも、
    日本人は自分たちで創造する事を嫌います。

    つまり与えられたルールは盲目的に、
    信用しそれを必要以上に守ろうとしますが、
    自らでそのルールを創造しようとはしません。

    これからの日本人の幸福は、
    みずからフィクションを創造していく事。
    それがとても大切だと考えています。

    美学者母

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    1. 2017/01/07(土) 17:56:15|
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    Author:FC2USER590191GYW
    mama Artist Promotion Video
    http://www.youtube.com/watch?v=mR12s6MhMS8



    美術家 「mama」 Official WebSite
    http://www.mamalab.info





    facebook
    http://facebook.com/machromatic






    COMPOSITE ART COMPANY "machromatic"
    マクロマティックは大阪・岸和田に拠点を置く総合芸術企業です

    美術商 第622122106978号 大阪府公安委員会



    マクロマティック心理芸術療法研究所
    http://www.artstherapy.biz/







    『ウェブアート宣言』(Web art declaration)

    本日、2010年5月9日。
    インターネットという虚像と実像が共存する場。
    虚像と実像が表裏一体であり、媒介する。
    その媒介した場所が空虚である。
    インターネット上のウェブはまさに空虚である。
    その空虚であるウェブで。
    己が己である事を確認し。
    ウェブインスタレーションと定義する。

    http://www.machromatic.net

            現代美術作家 田中智和
                   (mama)






    Macromatic is an composite art enterprise in Kishiwada city, Osaka area.



    "Web art declaration"

    Today, May9th,2010
    Place where the internet exists together between virtual image and real image.
    The virtual image and the real image are consistencies, and it mediates.
    The mediated place is empty.
    The web on the Internet is exactly empty.
    With the empty web.
    The thing whose yourself is yourself is confirmed.
    It is defined as the web installation.

    http://www.machromatic.net

    Artist Tomokazu Tanaka (aka.mama)
















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    skype名 machromatic




    office
    〒596-0021
    大阪府岸和田市松風町25-18
    美術商 第622122106978号 大阪府公安委員会
    TEL/FAX 072-447-4066
    MAIL office@machromatic.net





    【本名】田中智和 (mama、母)
    現代美術作家・アートディレクター
    (専門分野)
    ストリートアート・ストリートカルチャー

    日本会議 正会員

    One JAPAN project 代表
    http://www.onejapan.jp

    Art×Street(日本アート×ストリート協会)
    http://artxstreet.com



    【略歴】

    ※1978年
    ・大阪府岸和田市に生まれる

    ※1994年 
    ・鳥取県へ移住

    ※1996年 
    ・スケートボードをはじめる

    ※1997年 
    ・大阪に帰ってくる
    ・アーティスト活動開始

    ※1998年 
    ・グラフィティライターとしてストリートで活動開始

    ※2002年6月 
    ・大阪のスケートボードショップOVAL NETWORKで個展

    ※2002年7月 
    ・大阪の古着屋MAX FIELDで個展

    ※2002年8月 
    ・村上 隆が主催するアートイベント 「GEISAI-2」(東京)に参加

    ※2003年7月 
    ・大阪のclub NEOのクラブイベント「NEO SUMMER FESTIVAL」に参加

    ※2004年6月 
    ・大阪・岸和田の岸和田中央会館ギャラリーで個展
            mama Art Show 2004 「春 風 花」

    ※2005年5月 
    ・大阪・岸和田の町家 光輪庵で二人展
       machromatic Art Show 2005 「こころ、であう。」

    ※2005年12月 
    ・大阪府公園協会・泉佐野市公園緑化協会主催
    「Twinkle Park in Rinku 2005」でアートパフォーマンス

    ※2006年4月 
    ・「第3回 ART BASE NULL 作家交流展」(泉佐野 新井邸)に参加
       後援 大阪府、大阪府教育委員会など。
    ・遊び心創作家として活動開始

    ※2006年9月 
    ・主催 文化庁 共催 田尻町教育委員会
     「こどもアート体験 北欧~日本展」参加

    ※2006年11月
    ・Joint Art Battle -JAB-(富山)参加

    2007年4月
    ・東京・下北沢のclub WEDGのアートイベント参加
      1seam「New Born Babys☆」

    ※2007年5月 
    ・第4回 ART BASE NULL 作家交流展(泉南市 山田家)に参加
      後援 大阪府、大阪府教育委員会など。

    ※2007年10月 
    ・食の専門学校レコール・バンタン臨時講師(大阪市)
     展覧会「食とアートのコラボレーション」プロデュース

    ※2007年12月 
    ・Joint Art Battle -JAB-(富山)参加

    ※2008年5月 
    ・第5回 ART BASE NULL 作家交流展(泉南市 山田家)に参加
      後援 大阪府、大阪府教育委員会など。

    ※2008年6月
    大阪・大阪市中央区「ぎゃらり かのこ」で個展
      mama exhibition「アートバイブレーション」

    ※2009年11月
    東京・有楽町でのアートフェア
       「YOUNG ARTISTS JAPAN Vol.2」参加

    ※2010年5月
    『ウェブアート宣言』(Web art declaration)

    ※2010年6月
    雑誌「プライベートアイズ」の特集へ参加
    きこえをアートする デコレーション補聴器の作品提供





    ■■ machromaticホームページ ■■

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