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    machromatic

    machromatic (マクロマティック) 美学者母のブログ

    セミナー連鎖商法の闇(善意が心の癌になるまで)

    えっと私も、
    基本的にはアートが専門ですが、
    その上で様々な分野も学んでいるわけです。
    例えば、認知、心理、科学、金融、物理、経済、政治。

    基本的にかなり広い領域を学んでいます。

    その中でも私自身、
    最近気になる分野がありまして、
    一言物申したいと思い、
    今回書かせて頂きます。

    最近ネットで読んだ記事で、
    アマゾンが、
    「人間の善意を信用しない」、
    その様なフィロソフィーを持っている、
    その様な記事を読みました。

    これを逆説的に言うと、
    ビジネスにおいて、
    「人間の善意をあてにしない」、
    ということなんですね。

    この点において、
    日本のあらゆる分野というのは、
    「人間の善意を信用する」なのです。
    それは逆説的に言うと、
    ビジネスにおいて、
    「人間の善意をあてにする」、
    ということになるわけです。

    基本的に「善意」=「無報酬」ですから。

    このつみかさねが、
    日本の生産性の低さの基本を創っています。

    そして日本人は、
    自らが思う「善意」が、
    「正義」であることを疑いません。

    これはなぜか、
    それはハイコンテクスト文化を持つ、
    日本では顕著な思い込みです。

    この様な思い込みを使った、
    ある種悪徳なものに、
    MLMや新興宗教布教活動があります。

    このMLMや新興宗教に悪気はないのです。
    この人達は、
    本当にMLMの製品やサービス、
    新興宗教の教義、信仰を、
    最高にいいものだと信じ込んでいるのです。

    そして自分自身が、
    最高にいいものだと思っているのですから、
    それを他人に勧めることは、
    本人にとっては「悪意」ではなく、
    むしろ「最大の善意」なのです。

    つまりこんないいものを、
    知らない人が不幸で可哀想だ、
    これを使ってない人は、
    一刻も早く使わせてあげたい。

    この教義や教祖のいうことを聞けば、
    こんなに心が晴れやかに、
    幸せになれるのに、
    あの人はこの宗教を知らないなんて、
    本当に不幸で可哀想だ。
    もっと多くの人々に、
    この教義や教祖を広めなければならない。

    この様な「最大限の善意」が、
    MLMや新興宗教の人々には渦巻いているわけです。

    その様な勧誘の経験をされたことがある人も、
    多いのではないでしょうか。
    そしてその人たちの「熱量」は、
    一体どこから来るのだろうか?
    と疑問を持ったのではないでしょうか。

    それは、
    彼らは「最大限の善意」に満ち溢れているのです。

    最近特に腹立たしいのは、
    この様な人間の善意を逆手にとったビジネス。
    それらが横行していることです。

    少し前に流行ってたのが、
    駅前とかで、
    台車を引いて、
    アイスクリームとか野菜とか、
    売っている人がいましたが。

    最近では投資、投機、金融や、
    心理学、自己啓発、経営学など。
    様々な名目で、
    人間の善意を逆手にとったビジネスが、
    横行しているのが現実です。

    特に私が目をつけているのが、
    「セミナー連鎖商法」です。

    私も一時期ビットコインFXなど、
    投機をしていましたので、
    金融方面でのこの手のセミナーは、
    無数に存在します。

    結局この手の「セミナー連鎖商法」の、
    共通点は、
    「セミナー」を開くことが目的である、
     という点です。

    つまり「セミナー」とは何かを実現させる為に、
    例えば、
    投資でお金を増やす。
    悩んでいる人の問題を解決する。
    スキルをつけてそれをマネタイズする。

    本来そういった目的があるのですが、
    そういった目的達成が目的ではなく。

    「セミナー」に来ていた人が、
    また講師になって、
    次の「セミナー」を開くwww
    そしてまた、
    その「セミナー」に来ていた人が、
    また「セミナー」を開くwww

    これ「セミナー」が延々と連鎖していきます。

    これぞ「セミナー連鎖商法」です。

    はっきり言ってね、
    7日間とか14日間とかセミナーにいって、
    「金融」とか「心理学」とかの、
    儲けるスキルとか、
    カウンセリングできるスキルなんて、
    身につくわけがないわけですよwww

    私だってアートを20年以上研究してきて、
    やっと自分の考えを誰かに伝授したい、
    と思ってる程度です。

    だいぶ前に、
    「PRセミナー講師」ってのがいて、
    まぁいわゆる広報ですけどね。

    あんたが広報としてそんなに優秀なら、
    本職の広報の仕事が忙しくて、
    セミナーなんて開いてる暇ないやろっ。

    とか、
    結局セミナー開いている人って、
    その本職でマネタイズできないから、
    セミナー開いてるんですねwww

    むしろセミナーでメシ食ってるわけで、
    その本職のスキルはないわけです。

    例えば、
    心理カウンセラー養成のセミナーしますぅ〜!!!
    これ受ければ、心理カウンセラーになれますぅ〜!!!
    それで受講終了して、
    心理カウンセラーとしてクライアントを持つわけでなく、
    また心理カウンセラー養成のセミナーしますぅ〜!!!

    永遠これの繰り返しなんですwww

    これって、
    心理カウンセラーになりたい善意が、
    最終的に心の癌になってるって話ですwww

    まぁなんでもその人の自由ですけど、
    もしこんなセミナーに行こうと考えている人は、
    私の様な意見もあるのだと、
    もう一度考え直してみてくださいwww

    美学者母
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    1. 2018/05/31(木) 14:02:40|
    2. mama (美学者母) ブログ
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    香取慎吾のルーブル美術館での個展、防弾少年団のビルボード一位、この時代のポピュラーとは何か?(世界を広く認知する力と分断される世界)

    最近色々とニュースを観まして、
    やはり「ポスト真実」の世界が、
    どんどん広がっていると実感しています。

    題目にも書いている、
    香取慎吾のルーブル美術館での個展、
    防弾少年団のビルボード一位、
    この二つの快挙?は、
    同時に同じ問題を抱えているのだと考えます。

    それは「真実」と「ポスト真実」の違い、
    その様にも解釈できるのです。

    ですから、
    今回この二つの快挙?を、
    ピックアップしましたが、
    こういった類の事象、
    例えば日本のアイドル、
    エンターテイメント全般、
    もっと言えばアートまで、
    全てに通底する問題です。

    しかし何が問題かというと、
    先に言ってしまえば、
    大した問題では無いのです。

    むしろそういった時代である事を前提に、
    私たちはこの時代を、
    サバイブしていかなければならない、
    今回はそういった事を言いたいわけです。

    まず「真実時代」のポピュラーと、
    「ポスト真実時代」のポピュラーは、
    絶対的に違う事を認識しなければなりません。

    「真実時代」のポピュラーは、
    いわゆるピラミッドの形態をしていました。
    それは良い意味でも悪い意味でも、
    ポピュラー=誰でも知っている。
    その様な構図だったわけです。

    「ポスト真実」のポピュラーは、
    分散型で多元的、
    そしてサークルの形態をしています。

    それはどういう意味を持つのかというのを、
    具体的に例えてみると理解しやすいです。

    例えば「真実時代」のポピュラーは、
    アメリカだったらマリリンモンローだったり、
    マイケルジャクソンだったり。

    日本だったらタモリだったり。

    例えば日本でそこら辺を歩いている人に、
    タモリ知っていますか?
    と聞くとおそらく100パーセント近く、
    知っているでしょう。

    これがいわゆる「真実時代」の、
    ポピュラーだったわけです。

    しかし「ポスト真実時代」のポピュラーは、
    分散型で多元的、
    そしてサークルの形態をしています。
    これは簡単に言うと、
    自分の世界ではポピュラーで、
    他の人もそうだと思い込んでいるが、
    そこらの道を歩いている人に、
    聞いてみると誰も知らない。

    これがいわゆる「ポスト真実時代」の、
    ポピュラーなのです。

    つまりこれはどういうことかというと。
    「真実時代」は、
    大きな一つの世界を想定した世界観だったわけです。
    これは「大きな物語」とも言えます。

    そして「ポスト真実時代」は、
    分散型で多元的、
    そしてサークルの形態をしています。
    これは「大きな物語」の終焉とも言えます。

    この様なポピュラーであることの実態は、
    思想的なものとも同期していますが、
    この様なことも含めて、
    ポピュラーというものと、
    私たちはこれから向かい合って、
    いかなければなりません。

    と同時に私たちは新たな武器を手にいれた、
    その様にも考えることができます。
    何故ならば私たちは今後、
    ポピュラーになろうとした時に、
    ポピュラーになり得る方法を知っているからです。

    それが題目にもある事例、
    香取慎吾のルーブル美術館での個展、
    防弾少年団のビルボード一位、
    という快挙?なのです。

    今後ますます、
    分散型で多元的、
    そしてサークルの形態、
    ダイバーシティは進みます。

    そんな中で生き抜いていくには、
    まず自分の世界が、
    全ての世界では無いという自覚、
    多様な世界や価値観への理解が必要です。

    この様な考えは現在の、
    政治などへの姿勢とも同期します。
    現在のポピュリズムへの批判を、
    バカ丸出しにする人がいますが、
    貴方が利口な人間ならば、
    そのポピュリズムを創発すればいい、
    それだけのことです。

    ポピュリズム批判をするだけの人は、
    本当の意味でポピュリズムを理解していない、
    ポピュリズムをバカだと言っている、
    貴方が一番バカなんだよ。

    それはこの、
    香取慎吾のルーブル美術館での個展、
    防弾少年団のビルボード一位、
    こんな快挙?を、
    批判しかできない人と同じで、
    それを作為的にでも実現できている人間の方が、
    よっぽど批判している人より利口だ、
    という事なのです。

    この様な、
    「ポスト真実時代」のポピュラーを、
    うまく生き抜いていきたいですね。

    美学者母

    テーマ:アート・デザイン - ジャンル:学問・文化・芸術

    1. 2018/05/28(月) 20:17:53|
    2. アート
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    相対的貧困など存在しない(心の豊かさの時代)

    今世の中で言われている、
    相対的貧困という問題ですが、
    僕はその定義からいうと、
    その相対的貧困の人間に間違い無いでしょう。

    どうでしょうか、
    皆さんからみて、
    私が相対的貧困に見えるでしょうかwww

    それにはそれぞれ意見があると思いますが、
    むしろ普段はお金持ちだと思われることが、
    非常に多いわけですwww
    何しろ車も持っていませんし、
    腕時計もしてませんし、
    いつも同じ黒いTシャツで、
    靴もいつも同じ靴。
    では一体私のどこが裕福に見えるのでしょうか?

    そもそも相対的貧困など存在しないのです。
    相対的貧困という言葉自体、
    日本のメディアが作った、
    日本の社会が作った幻想なのです。

    これがどういった幻想なのか、
    それは資本主義をベースに、
    経済成長ありきの、
    物質主義の蜃気楼なのです。

    むしろ私から言わせれば、
    相対的貧困=知性の欠如なのです。

    物質的占有が裕福であり、
    物資的欠如が貧困である。
    この様な思考こそが、
    そもそも知性の欠如から生まれる。
    その様に考えています。

    具体的なエピソードとして、
    私の親友の話をしてみます。

    先日私の親友がテスラ社の車を買って、
    こちらまで乗ってきました。
    価格は1000万以上する様です。
    彼は満足している様にも見えましたが、
    私は非常に彼をみて虚無感を抱きました。

    私は彼ともっと知性的な話や、
    社会や世界をどう変えていくか、
    その様な議論ができる親友であって欲しかった。

    しかし彼は、
    四六時中節税の為に、
    そのテスラに乗って走り回っているのです。

    これはまさに私から言わせれば、
    知性の欠如に他なりません。

    また他のエピソードでいうと、
    先日ネットの映像を観ていて、
    ネットカフェ難民という特集をみました。
    その中の一人の男性が、
    月40万円近くの収入があるのに、
    ネットカフェで生活をしている。
    それをネットカフェ難民、
    として取り上げられていたのです。

    これもまさに先述した、
    物質的占有が裕福なのだという、
    思い込み、
    または洗脳ではないでしょうか。

    大きな家に住んでるから裕福だ、
    高級な車に乗っているから裕福だ、
    この考え方はもう古いし、
    これは知性の欠如に他ならないわけです。
    今後この様な考え方自体が、
    何かしらの足かせになってくるのは、
    間違い無いでしょう。

    これからは心の豊かさの時代です。
    知性や教養の時代です。

    心の豊かさ、
    知性や教養にはお金はかかりません。

    図書館へ行けばたくさんの本があります。
    そして良い本との出会いが、
    認知を変え、
    思考を変え、
    生き方を変え、
    人間を変え、
    人生を変えてくれます。

    私が考える貧困とは、
    一冊の本をしっかりと読めないことです。

    私が考える裕福とは、
    一冊の本をしっかり読めることです。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2018/05/28(月) 16:02:37|
    2. 日常
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    理不尽なこの世の中をどう生き抜いていくか(美学者母のサバイバル術)

    日大アメフト部の問題が社会問題化しています。
    なぜスポーツのワンプレーが、
    ここまで大きな社会問題になったのでしょうか。

    もちろんその悪質性から、
    大変大きな問題ではあるのですが、

    それ以上にこの問題が、
    日本社会の縮図的問題として、
    多くの人々の心を動かしたからではないでしょうか。

    私も少なからず若い頃はスポーツマンでした。
    そしてその選手を奴隷的に扱う、
    日本のスポーツに、
    高校で終止符を打ちました。

    しかしその後就職しても、
    その様な日本型組織の中は、
    結局、個人を奴隷的に扱うということでは、
    なんらスポーツ組織と変わらなかった。

    それが私が18歳の頃で、
    私は最終的にアートへ救いを求めました。

    組織に所属することを放棄し、
    インディペンデントに生きていく。

    以前の言説でも述べていますが、
    私がアートに命をかけようと誓ったのが、
    この時なのです。

    正直組織に入れば、
    理不尽なことばかりです。
    そしてその組織で生き残る術は、
    いかにその理不尽なものを受け入れ、
    己を無くし組織へ忠誠を誓うか、
    日本の組織で生き残るにはそれしかありません。

    理不尽なことを受け入れ、
    上に気に入られれば、
    その組織での居場所を手に入れ、
    既得権益を確保し、
    少しづつ出世します。

    理不尽なことを批判すれば、
    上に嫌われ、
    その組織での居場所をなくし、
    その組織から排除されます。

    これらは、
    私が実際に体験してきたことです。

    私はこの様な性格ですから、
    組織に入っても、
    しっかりと自分の意見を言います。
    しかし必ず排除されていくのです。

    この様な日本の組織のあり方を、
    少しでも変えていきたいという事も、
    私がアート活動をしている理由の一つです。

    その上で、
    理不尽なこの世の中をどう生き抜いていくか、
    という処世術が必要です。

    私の結論から言いますと、
    「組織」や「権威」に、
    直接勝とうとしてはいけないという事です。

    まずそういった「組織」や「権威」に、
    入ったり、近づかない。
    それが一番の近道です。

    現在社会はダイナミックに変化してきています。
    そして旧来のこの様な日本型組織は、
    絶対的に淘汰されていきます。

    その中で私たちはどの様にサバイブしていくのか、
    それは同じ志を持った人々とともに、
    新しい時代の創造、創発を企てる事です。

    これはなんとも地味なアクションかもしれませんが、
    日本の腐った根を根底からつくり直さなければ、
    なんの意味もないし、
    そもそも腐った「組織」や「権威」を、
    完全に排除していくことができません。

    私もこの様な言説するアート活動、
    また狭山美学校の運営など、
    社会的には非常に小さなアクションです。

    しかしこの様な小さなアクションが、
    根底から世の中を変える、
    大きな力になるのだと、
    私は確信し活動しています。

    その様な確信はどこから来るのか、
    それは今後、
    分散型の社会が到来するからです。

    一極集中の大組織や権威型の社会は終わり、
    分散型で個々の独立性を担保できる。
    その様な社会が必ず訪れます。

    私はその様な未来社会の、
    ロールモデルになりたいと考えています。

    少なくとも現在、
    私は言論という形で自由な発信をしています。

    今でも周りを見渡すと、
    自由にものを言えない人たちが大勢います。

    先日の日大アメフト部のコーチと監督の会見。
    一つ質問して欲しかったことがあります。
    コーチは監督に意見できるのか?

    あの壇上を見ていると、
    とてもコーチが監督に、
    ものを言える関係には見えませんでした。

    まず何より、
    自由闊達に意見を言える。
    それが非常に重要なことであると考えています。

    もし貴方が何も言えない組織や権威に所属しているなら、
    今すぐそこから離れることです。

    そして自由闊達に意見が言える人間たちと共に、
    新しい社会の創造、創発を、
    私たちと一緒に実現していきましょう。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2018/05/24(木) 12:47:19|
    2. アート
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    日大アメフト問題。日本人全員で日大選手を許そう、そして悪しき日本の組織、日大アメフト部や日大を決して許してはならない。(失敗してもやり直せる社会の実現)

    今回の日大アメフト部の事件ですが、
    とても他人事には思えません。

    なぜなら私も、
    小学校から高校まで野球をして、
    高校へは野球留学という形で、
    他県の高校へ進学したくらい、
    本格的にスポーツに打ち込んでいたからです。

    今から20年以上も前ですが、
    当時は部内での暴力など当たり前ですし、
    監督やコーチの指示は絶対です。

    いわゆる努力根性の世界ですね。

    この努力根性論はスポーツでは顕著ですが、
    日本社会全体にも言える事です。

    いいかげん、
    日本はこの努力根性論から抜け出さなければ、
    日本というのものが、
    どうしようもない国になってしまいます。

    経済的な問題でも、
    日本人の生産性の低さ、
    この努力根性論からきているものです。

    とにかく長時間頑張った方がいい、
    とにかく我慢してやったら素晴らしい。

    この日大アメフト部の問題も、
    最初は、
    「やる気が見えない」、
    というなんとも抽象的な言いがかりで、
    問題は始まっているのです。

    本当ならば、
    どのプレーでどんな問題があったのか、
    指導者なら具体的な問題を提示し、
    それをフィードバックして、
    改善する方法を選手に教える。
    それが普通の指導者なのではないでしょうか。

    しかしそこに私情など、
    個人的な感覚や、趣味趣向がはいるから、
    「やる気が見えない」、
    なんていう抽象的な言いがかりで、
    その選手を潰そうとしてくるわけです。

    それは指導ではなく、
    ただの指導者のイジメです。

    先日選手の記者会見がありました、
    立派な会見だったと思います。
    しかし戦いはこれからでしょう。

    日大アメフト部や日大、
    そして指導者や学校幹部は、
    保身に躍起になるのは間違いないでしょう。

    私から言わせれば、
    こんな組織は解体するほかありません。

    しかしそれ以上に私は、
    今回の選手にもう一度やり直せる機会を与えるべき。
    その様に強く願うのです。

    確かに今回の事件は、
    非常に悪質で、
    もしかしたら死んでいたかもしれない。
    それぐらい危険なものです。

    しかし幸いにも、
    相手選手はそこまでの怪我ではない様です。

    私はこれは不幸中の幸いだと考えています。

    今回の事件は個人、選手の問題では無く、
    組織、指導者にあるのです。

    選手自身には、
    この失敗を未来に生かしてほしい。

    少なくとも日本の社会が、
    その様な失敗を許す社会になるべきだ、
    私は強くそう考えています。

    現在の日本の社会では、
    この様な失敗を許すという文化は、
    全くと言っていいほど無いのが現状です。

    この一人の若人を許す、
    それはこれからの日本のあり方さえも変える。
    それくらい大きな問題であると考えています。

    具体的に私の提案として、
    この問題が起きてすぐに浮かんだことがあります。

    それは関学が、
    この日大選手を関学へ移籍させることです。
    この方法は、
    この選手がやり直していく上で、
    一番最善の方法だと考えています。

    もし関学がダメでも、
    その他のアメフトの盛んな大学が、
    彼を移籍させる。
    それくらいの社会的度量があっていいのでは、
    その様に私は強く考えています。

    人間多くの失敗をします。
    特に若いうちは、
    失敗をして成長していくものです。

    今回日大選手の会見を見て、
    私は彼がこの失敗を糧に、
    成長していくだけの人間だ、
    その様に強く感じたのです。

    日大の腐った組織、腐った指導者によって、
    一人の若者の人生を無駄にしてしまうことは、
    私は絶対に許せません。

    その様な思いで今回書かせていただきました。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2018/05/23(水) 12:50:26|
    2. mama (美学者母) ブログ
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    アートのある場所、近代美術は美術館、現代美術は市場。量子論美術、芸術派生のある場所は・・・(次代のアートのある場所)

    マルクス・ガブリエルの、
    「なぜ世界は存在しないのか」、
    というものを改めて実感したのは最近、
    世間的にも天才と言われている二人の議論を見て、
    やはり「世界は存在しないのだ」と実感した。

    それはその天才二人の議論が全く噛み合わないからである。

    その上で私はこの二人がなぜこんなにも、
    議論が噛み合わないのか、
    明確に理解することができるのです。
    私は天才ではないわけですが、
    この様な横断的認知という能力が、
    自分でもある様に考えています。

    この二人の言っていることは、
    どちらとも全く正しいことを言っていますが、
    アンチノミーを起こしてしまうのです、
    実は物事の真理とは、
    このアンチノミーこそが真理なのです。

    科学的言えば「自発的対称性の破れ」とも、
    捉えることができるのではないでしょうか。

    つまり人間の概念世界というのは、
    「つじつま合わせの世界」であるという事です。
    その様な論理からいうと、
    私たちの概念世界こそが虚像であり、
    概念世界では捉えられない世界が真理である。
    その様な事になるわけです。

    つまり概念世界では捉えられないものが、
    「真理」であるならば、
    人間は真理を捉えることができません。

    そして「世界」というものが、
    「真理」の現れであるのであれば、
    それは「世界は存在しない」、
    その様にも言えるという事です。

    という事でこの辺から本題の、
    アートのある場所という話をしていくわけですが、
    それもこの前述した論考と関係の深い事なので、
    その辺も考慮して読んでください。

    まず「アートのある場所」というのは、
    全く恒久的なものではないわけです。
    それは美術史的な起源的アートもそうですが、
    「アートのある場所」というのは、
    常に変化してきています。

    古典で言えば「権威」、
    近代で言えば「美術館」、
    現代で言えば「市場」、

    そして私が今取り組んでいる、
    ポスト現代アート、ポスト現代美術の概念。
    「量子論美術」「芸術派生」、
    これらの「アートのある場所」はというと、
    これは「情報空間」である。
    その様に考えています。

    これはアートに限った話ではなく、
    必ずアートは社会システムと同期します。
    ですから、

    古典は「権威」(貴族的社会)
    近代は「美術館」(公共的社会)
    現代は「市場」(資本的社会)
    量子論美術、芸術派生は「情報空間」(分散型社会)

    この様に私は定義づけています。

    そしてアートはいつの時代も、
    造形を使って真理にたどり着こうとする行為です。

    しかしこれらは冒頭にも記述した通り、
    アンチノミーな振る舞いなのです。

    それは、
    造形という虚像を通して、
    造形では表層できない真理を、
    造形で表層させる。

    この様なアンチノミーな振る舞いそのものが、
    実は真理であるということを理解することが重要です。

    そしてそれは、
    社会的構造、社会システムなどが変化すれば、
    それを表層させるための造形、
    もっと言えばマテリアルは変化する。
    その社会的構造や、社会システムの、
    変化に合わせて表層が変化しなければ、
    その真理は浮かび上がってこないということです。

    ここまで長々とお話ししましたが、
    簡単に言えば、
    ポスト現代アート、ポスト現代美術である、
    量子論美術や芸術派生のある場所は、
    「情報空間」である。

    その様な事を今回はお伝えしたかったわけです。

    それでは皆さん次回お楽しみに!!!

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2018/05/21(月) 16:50:32|
    2. アート
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    芸術でビジネスをするという新しい芸術家論(芸術派生宣言から)

    以前にも書いた問題ですが、
    芸術とビジネスというのは、
    非常に相性の悪いものなわけです。

    なぜなら芸術とは人間そのものである、
    私の美学から言いますと、
    「美とは愛であり 愛とは人である」
    愛とは人間にしかないものであると、
    私は考えていますので、
    その上で芸術とは人間そのものである。
    その様な事を述べているわけです。

    つまり美術という造形芸術を、
    ビジネスとして考えた時に、
    まず作品そのものを販売する。
    その様な事を考えるわけですが、
    それはある種、
    我自身を売り飛ばすのと同様の事なのです。

    特に感傷的である日本人は、
    その様なドラスティックで、
    定量的な評価を嫌う節があります。

    つまり日本人にとって、
    芸術を売買するという事自体に、
    強い嫌悪感を持っており、
    それは魂を売る様な事であり、
    特に、
    資本主義をベースにした現代アート、
    現代美術などは未だに普及しないのも、
    その様な独特な感傷的性質が強いからです。

    そんな中で私も長い間色々と考えてきたわけです。

    純粋芸術としてのアート。(造形芸術)
    資本主義をベースとしたアート。(現代アート、現代美術)

    現在生きて活動している芸術家は、
    この現状をなんとか乗り越えていかなければならない。
    その様な根拠の無い強い使命感を抱いていたわけです。

    そんな中で私が発明したのが、
    「芸術派生」(デリバティブアート)。
    という概念です。

    そもそも、
    人間の他の営みを考えてみると理解できるのですが、
    それぞれの人間の根源的営みは、
    それぞれビジネスとして派生しているのです。
    それは具体的に、

    第一次産業、
    第二次産業、
    第三次産業 、

    しかし芸術、
    特に純粋芸術は、
    まだ第一次産業で止まっているままである。
    私はその事に気づき、
    強い違和感を抱いたのです。

    そしてそれと同時に哲学的な考察も加え、
    現在において造形芸術を、
    純粋芸術たらしめるには、
    造形芸術を第一次産業から解放する。
    それが絶対的に必要であると認識しました。

    それはビジネスとして、
    第一次産業を抜け出す事で、
    芸術そのものの価値を無効化し、
    派生的価値へシフトする事で、
    価値というドグマから抜け出した、
    純粋芸術は、
    やっと本来あるべき純粋芸術を、
    再度獲得できる。

    これは私の考えた、
    純粋芸術再興の提案なのです。

    しかしこの私の提案は、
    非常にレベルの高い新しい芸術家を求めます。
    それはビジネスには定量的な尺度が必要だからです。
    定量的な尺度がなければ、
    多くの人々を納得させることはできません。

    その定量的な尺度ができれば、
    ビジネスとしての大きな間口が広がります。

    ビジネスとしての大きな間口ができれば、
    やっとそこで芸術派生として価値を創造し、
    純粋芸術は再興されるのです。

    今私が具体的なアクションとして、
    狭山美学校というものを運営しています。
    現在のメインの事業は民宿です。

    民宿という大きな間口を創り、
    純粋芸術を体験してもらうレトリックです。

    現在私が日本を見渡し、
    この様な活動を行なっている芸術家は、
    チームラボ位だと考えています。

    基本的なスタンスとして、
    私はチームラボに否定的です。
    それは芸術構造を理解していないからです。

    しかし芸術派生という文脈では、
    非常に評価できると考えています。

    もう純粋芸術の第一次産業は終わりの時代です。
    私たちは芸術派生として、
    新しい価値を創造し、
    純粋芸術の再興を実現しなければならない、
    そう強く考えています。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2018/05/09(水) 00:24:31|
    2. mama (美学者母) ブログ
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    私は芸術全般を論理的に理解している。だからダンスも映画も、造形も音楽もファッション、全て批評できる。(今こそ批評性が大切な時代)

    最近の創造者というのは、
    批評される事が非常に少ないのだと思います。
    仲間内や一定のコミュニティの中で、
    持ち上げあいながら、
    全く良くないものが評価され、
    それを無自覚に受け入れている。

    それは良い面もあれば悪い面もあり、
    一概に悪いとは言い難いわけです。
    それはそう言った事実で、
    経済が回ってしまうので、
    一つの形態として機能します。

    しかしそれは、
    もうそれ以上の者になれないというのが、
    一番問題点だと私は考えています。

    それは創造者たる者、
    概念的アウトラインをいかに広げていくか、
    それが創造者たる所以だと考えているからです。

    世界を限定して、
    小さい世界で生きていくのは、
    私は創造者とは呼びません。

    どんな世界にも内向きの世界というのはあります。
    特に私が生まれ育った大阪府岸和田市などは、
    小さな村社会で色々なものが回っていますから、
    それは当然ビジネスやクリエイティブでも同じです。

    いわゆるマイルドヤンキーな世界で、
    スクールカーストが大人になっても有効です。
    つまり、
    小学校、中学校、高校などで、
    人気がありリーダー的な人間は、
    そのまま大人の世界の権力者となるわけです。

    そして、
    岸和田などの地元で、
    色々な活動やビジネスをやっていこうと思えば、
    それなりのスクールカーストの上位者との繋がり、
    また世代間の人脈などで、
    その人の価値は決まってきます。
    それはその人の実力とは無関係に、
    その仕組みがその人のある意味価値を決めるのです。

    この様なコミュニティの仕組みは、
    私はあらゆるジャンルで観てきました。
    ファッション、音楽、アート。

    言ってみればどこも同じ様な構造で、

    実力とは関係なく、
    コネや人脈が一番大切な力です。

    私はその様な事が根っから大嫌いなわけです。
    その様な部分でも、
    私は自分自身の地元である、
    岸和田というコミュニティからは、
    あえて距離を置いて活動しているのも事実です。

    コネや人脈とか糞だと考えているからです。

    実力や才能があるものがちゃんと評価されるべきです。

    私にはそんな根底があるからこそ、
    「批評」という、
    ある一定の尺度を持って客観的に評価する。
    その様な行為を大切にしてきました。

    その上で、
    やはり今まさに批評というものが、
    とても大切だと再認識しているわけです。

    現代はインターネットで色々な表現を、
    写真や動画で観る事が可能です。
    以前ではそのコミュニティで止まっていたものも、
    多くの人に観られてしまう状態なのです。

    先日、弾き語りの前で、
    コンテンポラリーダンスをしている映像が、
    Facebookに流れてきました。

    僕は20年以上コンテンポラリーダンスが好きで、
    長い間観てきていますが。
    とてもじゃないですが、
    語れるレベルにありません。

    しかしFacebookで皆んなに絶賛されている。

    この様な光景は、
    音楽、ダンス、映像、絵画、写真、
    あらゆるもので見受けられます。

    これが小さなコミュニティの「痛さ」です。

    身内に絶賛されて満足している人たちです。

    インターネット時代にこういう人達が増殖しています。

    このインターネット時代だからこそ、
    やはり批評というものが非常に必要な時代だと、
    最近とても強く感じています。

    私はアートを専門としていますが、
    芸術全般を批評する事ができます。
    それは芸術構造というのは、
    造形、音、映像、ダンス、等、
    その構造は芸術構造としては、
    同じ構造を有しているからです。

    例えば僕はファッションの、
    コム・デ・ギャルソンの批評をする事もできるし、

    日本語ラップの、
    ZORNを批評する事もできる。

    コンテンポラリーダンスなら、
    ピナ・バウシュを批評できるし、

    映画なら、
    タル・ベーラも批評できる。

    私はこれらを一つの構造として、
    論理的に説明する事ができます。

    先のFacebookのダンサーの話に戻りますが、
    もしあなたが創造者なのに、
    批判されずに、
    身内に持ち上げられているだけの人だとするなら、
    それは非常に不幸な事だと思います。

    それはあなたを批判的に捉え、
    何がダメで何を良くすればもっと良くなるのか、
    その様な言葉をくれる人が絶対的に必要だという事。

    今回は先述したFacebookのダンスを観て、
    あまりにも寂しく感じた、
    悲壮感が半端なかったので、
    この様な文章を書かせていただきました!!!

    それではっ。

    美学者母

    テーマ:art・芸術・美術 - ジャンル:学問・文化・芸術

    1. 2018/05/03(木) 16:46:37|
    2. mama (美学者母) ブログ
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    COMPOSITE ART COMPANY "machromatic"
    マクロマティックは大阪・岸和田に拠点を置く総合芸術企業です

    美術商 第622122106978号 大阪府公安委員会



    マクロマティック心理芸術療法研究所
    http://www.artstherapy.biz/







    『ウェブアート宣言』(Web art declaration)

    本日、2010年5月9日。
    インターネットという虚像と実像が共存する場。
    虚像と実像が表裏一体であり、媒介する。
    その媒介した場所が空虚である。
    インターネット上のウェブはまさに空虚である。
    その空虚であるウェブで。
    己が己である事を確認し。
    ウェブインスタレーションと定義する。

    http://www.machromatic.net

            現代美術作家 田中智和
                   (mama)






    Macromatic is an composite art enterprise in Kishiwada city, Osaka area.



    "Web art declaration"

    Today, May9th,2010
    Place where the internet exists together between virtual image and real image.
    The virtual image and the real image are consistencies, and it mediates.
    The mediated place is empty.
    The web on the Internet is exactly empty.
    With the empty web.
    The thing whose yourself is yourself is confirmed.
    It is defined as the web installation.

    http://www.machromatic.net

    Artist Tomokazu Tanaka (aka.mama)
















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    〒596-0021
    大阪府岸和田市松風町25-18
    美術商 第622122106978号 大阪府公安委員会
    TEL/FAX 072-447-4066
    MAIL office@machromatic.net





    【本名】田中智和 (mama、母)
    現代美術作家・アートディレクター
    (専門分野)
    ストリートアート・ストリートカルチャー

    日本会議 正会員

    One JAPAN project 代表
    http://www.onejapan.jp

    Art×Street(日本アート×ストリート協会)
    http://artxstreet.com



    【略歴】

    ※1978年
    ・大阪府岸和田市に生まれる

    ※1994年 
    ・鳥取県へ移住

    ※1996年 
    ・スケートボードをはじめる

    ※1997年 
    ・大阪に帰ってくる
    ・アーティスト活動開始

    ※1998年 
    ・グラフィティライターとしてストリートで活動開始

    ※2002年6月 
    ・大阪のスケートボードショップOVAL NETWORKで個展

    ※2002年7月 
    ・大阪の古着屋MAX FIELDで個展

    ※2002年8月 
    ・村上 隆が主催するアートイベント 「GEISAI-2」(東京)に参加

    ※2003年7月 
    ・大阪のclub NEOのクラブイベント「NEO SUMMER FESTIVAL」に参加

    ※2004年6月 
    ・大阪・岸和田の岸和田中央会館ギャラリーで個展
            mama Art Show 2004 「春 風 花」

    ※2005年5月 
    ・大阪・岸和田の町家 光輪庵で二人展
       machromatic Art Show 2005 「こころ、であう。」

    ※2005年12月 
    ・大阪府公園協会・泉佐野市公園緑化協会主催
    「Twinkle Park in Rinku 2005」でアートパフォーマンス

    ※2006年4月 
    ・「第3回 ART BASE NULL 作家交流展」(泉佐野 新井邸)に参加
       後援 大阪府、大阪府教育委員会など。
    ・遊び心創作家として活動開始

    ※2006年9月 
    ・主催 文化庁 共催 田尻町教育委員会
     「こどもアート体験 北欧~日本展」参加

    ※2006年11月
    ・Joint Art Battle -JAB-(富山)参加

    2007年4月
    ・東京・下北沢のclub WEDGのアートイベント参加
      1seam「New Born Babys☆」

    ※2007年5月 
    ・第4回 ART BASE NULL 作家交流展(泉南市 山田家)に参加
      後援 大阪府、大阪府教育委員会など。

    ※2007年10月 
    ・食の専門学校レコール・バンタン臨時講師(大阪市)
     展覧会「食とアートのコラボレーション」プロデュース

    ※2007年12月 
    ・Joint Art Battle -JAB-(富山)参加

    ※2008年5月 
    ・第5回 ART BASE NULL 作家交流展(泉南市 山田家)に参加
      後援 大阪府、大阪府教育委員会など。

    ※2008年6月
    大阪・大阪市中央区「ぎゃらり かのこ」で個展
      mama exhibition「アートバイブレーション」

    ※2009年11月
    東京・有楽町でのアートフェア
       「YOUNG ARTISTS JAPAN Vol.2」参加

    ※2010年5月
    『ウェブアート宣言』(Web art declaration)

    ※2010年6月
    雑誌「プライベートアイズ」の特集へ参加
    きこえをアートする デコレーション補聴器の作品提供





    ■■ machromaticホームページ ■■

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