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    machromatic

    machromatic (マクロマティック) 美学者母のブログ

    若い頃に怖いものなんて何一つなかった。大人になって色んなものが怖く思えた、でもその怖いものを全てぶっ殺すんだと決めた。

    あつはなつい美学者母です。
    先日エルサルバドルという中米の国から、
    狭山美学校にゲストが宿泊していただき、
    約一週間くらい連泊していただいたのですが、
    あまりコミュニケーションをとることができず、
    少し残念でした。 

    しかし狭山美学校という場で、
    世界中の人々と交流できることは、
    私にとって宝となっております。

    まぁそんなこんなで、
    狭山美学校も運営しながら、
    狭山美学校のブラッシュアップや、
    新規事業、野望、展望、
    毎日いろんな事を考え模索してるのです。

    そんな日常を過ごす中にも、
    私自身の美学というもの、
    決してぶれない芯のようなものがあります。

    若い頃というのは、
    なんというか無知をベースにした、
    全知全能感というものを持っていました。

    どこから沸き起こってくるのかわからない、
    とめどない自信、不死身感。

    そしてそんなメンタルですから、
    とにかくなんでも無茶苦茶な事をします。
    暴力、犯罪、その他色々www、
    実際私は三回死にかけています。

    死ぬことも全く怖くなかったのです。

    そうなるとある意味無敵です。

    そんな若い頃を過ごして、
    死なずにこうして文章を書いている。
    それこそが私にとっては奇跡です。

    今から思えば、
    よく死ななかった?
    殺されなかった?
    と思うわけですwww

    しかし大人になると、
    若い頃と違って、
    色々なものを知って、
    色々な事が観えてくるわけです。

    もう無知で不死身な自分では、
    本当に死んでしまう、
    殺されてしまう、
    その様な状態を理性的に知る。

    大人になるとそうなって、
    ある意味あらゆる事が怖くなってきます。

    しかし私がある種若い時に持っていた思想、
    それはヴァンダリズムだったので、
    その私の美学を曲げたくはなかったのです。

    そこから私はいろんな事を学ぶ事にしました。
    私は正当に破壊していく方法を考えたのです。
    それは教養や知性を高める事です。

    この大人の世界で、
    全てをぶっ壊していこうと思えば、
    それなりの教養や知性がなければ、
    自分が殺されるだけです。

    私が教養や知性を高めているのは、
    若い頃と同じ様に、
    全てをぶっ壊していきたい、
    ただそれだけの欲望です。

    若い時に私は周りから、
    「あいつはイカレテル」と、
    よく言われていましたが、

    私は大人になっても、
    そこは変われない所であり、
    この生き方は私の美学なのです。

    大人には大人のバトルの仕方があるし、
    大人には大人のサバイヴの仕方がある。

    私の中で、
    ヴァンダリズムというのは、
    私が私である為の美学なのです。

    私の事をただ過激な人間だという人は、
    多くいますが、
    もう一歩踏み込んで、
    私がなぜ過激なのかという事を、
    少し考えていただければ、
    さらに美学者母を楽しんでいただけるでしょうwww

    美学者母
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    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2018/07/27(金) 17:03:47|
    2. 美学・哲学
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    4. | コメント:0

    絶対的体験、つまり悟りや空、縁起の体験をせずに心や意識を議論しているのは、童貞が人生を語る様に無意味である。

    「意識」とはなんだろうか?
    「心」とはなんだろうか?

    それはすべての人が語れ、
    そしてすべての人が理解でき、
    そしてそれは記述できるものなのだろうか?

    はて?
    科学や哲学は世界の全てを記述できるのだろうか?

    私たち人間は身をもって知っているはずで、
    科学や哲学では記述不可能なものがあると。
    私たちが日々過ごしているこの日常さえ、
    私たちが日々体験しているこの日常を、
    記述することさえできない。

    体験とは絶対的に再現不可能かつ記述不可能である。

    つまりそれは刹那的体験である。

    その絶対的体験、刹那的体験。
    「全体が私であり、私が全体である。」
    ある種その様な体験、
    しかし体験を記述した時点で、
    それはもう体験ではなくなる。

    釈迦は何を悟ったのだろうか?
    「空」や「縁起」とは一体なんなのか?

    私は20歳で悟りました。

    釈迦は教えを説いているのではないのです。
    曼荼羅やお経は、
    悟りの概念化なのです。

    ですから、
    そもそも「意識」というものは、
    記述不可能なものです。
    なぜなら「意識」とは体験です。

    それを概念化する、
    イメージや言語化する、
    それを可能だとすることは、
    人間としての未熟さです。

    まずそういったことを、
    大きな顔をしていっている人は、
    「悟り」や「縁起」「空」、
    その様な、
    「絶対的体験」を、
    そもそも体験していないのです。

    私は以前から言説していますが、
    例えば私が考え言説する「心」や「意識」、
    それらは仏教的に言えば、
    「曼荼羅」や「お経」です。

    そもそも、
    「悟り」や「縁起」、「空」、
    それらの体験をしていない人間が、
    「心」や「意識」について、
    いくら議論しても、
    私から観れば無意味なのです。

    この様な話は、
    「非科学的」とか「オカルト」と、
    一見見られがちですが、
    それは絶対的な間違いです。

    なぜなら、
    あなたは「今」を体験している。
    それは誰も疑いようのない「真理」です。

    余談な話をすれば、
    大抵最先端の哲学や科学は、
    LSDなどドラッグに支えられています。
    それは手っ取り早い、
    「絶対的体験」を、
    体験させてくれるからです。

    この様な事は、
    なかなか表立って話は出てきませんwww

    理由は明らかですが、
    「絶対的体験」をしている人間と、
    「絶対的体験」をしていない人間で、
    次元が違うのです。

    「絶対的体験」をしていない人間が、
    いくら「心」や「意識」を議論したり、
    それを考察、研究しても、

    それは「絶対的」に、
    到達しえない領域があるわけです。

    美学者母
    1. 2018/07/20(金) 18:31:49|
    2. 美学・哲学
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    現代の人工知能議論が不毛すぎる理由(有機性と無機性を統一的に思考するべき)

    私は人工知能などの見解として、
    Love Singularity、
    情報一元論、
    以上の様なもので回答していますが、
    最近見る人工知能の議論が、
    不毛過ぎて、
    こいつら馬鹿ちゃうかと、
    思ってしまうのです。

    そもそも人工知能の議論をしている人たちは、
    そもそも人工知能をどうしたいのか?

    そもそも人間を超えるということも、
    色々な意味がある。
    というか、
    あらゆる部分でテクノロジーは、
    もうすでに人間を超えているわけです。

    ではそもそも人間を超えるテクノロジー、
    その様な議論をしたいのか?

    そんなものは産業革命以後、
    人間はテクノロジーと折り合いをつけ、
    現代の様に共存してきたわけです。

    では人間のコピーを創りたいのか?
    テクノロジーで人間のコピーを創る、
    それはもうすでにできることです。
    クローン人間を創ろうと思えば、
    創れる世界なのです。
    しかしそれは倫理的に、
    許されてはいません。

    そしてここで考えるべき点は、
    有機性と無機性の問題です。
    有機性とは、
    医学や生理学など。
    無機性は、
    機械やコンピューターなど。

    そもそもこの、
    有機性と無機性を分けて考えるから、
    不毛な議論になるのです。

    これを情報という統一した場で捉え、
    有機性と無機性の壁をなくせばいいのです。

    そう考えると、
    そもそも機械やコンピューターという、
    テクノロジーの延長線上の、
    「人工知能」で、
    人間のコピーあるいは同様のものを、
    創る、創りたい、創ってしまう、
    その様のことが、
    そもそも医学や生理学では、
    すでにできてしまうのであるから、
    不毛な議論であることが理解できる。

    私が考える未来は、
    極端に表現すれば、
    ロボットの体に脳が載っている、
    であるとか、
    人間の体にコンピューターという知性が、
    載っている。

    その様に人間というものと、
    ある種機械やコンピューターというものが、
    融合しているというのが、
    私の考えている未来です。

    さらに、
    人間は機械やコンピューターとの融合で、
    人間そのものの能力が拡張されていく、
    その様に考えています。

    つまり、
    無機性である、
    機械やコンピューターだけが、
    能力や知性を爆発的に拡張し、
    人間の存在を脅かすというのは、
    非常に幼稚な議論です。

    人間はそれらの拡張した能力を、
    人間の能力の拡張として、
    私たち人間そのものを、
    アップデートしていくのです。

    どうも人工知能議論の不毛さに、
    最近嫌気がさしているのですが、
    もっと根源的に考えると、
    人工知能の議論をしている人間が、
    男性ばかりなのに気がつきます。

    「女性」は「存在としてのファルス」として、
    「人間」を産むことができます。
    これは「人間の創造」です。

    つまり「男性」は、
    「部分としてのファルス」として、
    「人間」を産むという事の、
    「絶対的な欠損」を、
    ある種、
    「人工知能」というもの、
    「擬似的人間」で補おう、
    その様な光景に私は観えるのです。

    それは、
    「人工知能」の議論に、
    女性を今まで見た事のない経験から、
    私が考えている事です。

    この第三次人工知能ブームが、
    不毛なもので終わらないことを願うばかりです。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2018/07/18(水) 18:38:38|
    2. mama (美学者母) ブログ
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    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)というシンポジウム商法

    とても暑い日が続きますが、
    皆さまどうお過ごしでしょうか、
    私はひたすらクーラーの効いた部屋で、
    ただ動かずに瞑想しておりますwww

    それで先日も言説したのですが、
    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)の、
    フェイスブックグループから強制排除され、
    こういう事は私は度々あるので、
    特になんて事ないですが。

    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)って、
    一体何なんだという分析を、
    改めてしていたわけです。

    それで純粋な私は、
    純粋すぎる私には理解できなかった事、
    それが何となく理解できてきて、
    大人の世界は怖いなぁ〜なんて、
    布団にくるまって震えていたわけです。

    これってある意味、
    シンポジウムという名を借りた、
    ただ単なるビジネスなんだと理解したわけです。

    それにしても世の中の人はお金や面子が関係すると、
    非常に恐ろしいなぁと思います。

    少し話は変わりますが、
    先日もある先輩が、
    こいつをフックアップしたいからと、
    ネットで呼びかけてたわけですが、
    フックアップの理由がわけわからん。

    ただ単なるあんたの面子の問題やろって。

    フックアップって、
    そういうものじゃないやろって。

    そして話を戻しますが、
    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)の話。

    この組織?ってどうなってるのかって、
    結局以前にも言説した、
    「中ザワヒデキの中ザワヒデキによる中ザワヒデキの為の」、
    組織?なんですねwww

    なので、
    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)は、
    言ってみれば、
    「超中ザワヒデキ」という組織www

    あの一般の皆さんの目線でいうと、
    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)という、
    名前を聞くとまずなんか凄い組織なのかな?
    とはじめ思うわけです。

    そしてその組織の定例会を見てみると、
    人工知能や脳科学、神経科学、哲学、
    錚々たる顔ぶれで開催されている。

    この辺の思い込みを利用して、
    社会的地位向上やビジネスを展開していくわけです。

    これを私は、
    「シンポジウム商法」と呼んでいます。

    これは仮想通貨界隈のミートアップとか、
    それととても似ています。
    仮想通貨界隈のミートアップと言われる、
    イベントなどでも、
    仮想通貨で権威のある人間などを呼んで、
    そのミートアップに信憑性や箔をつけるわけです。

    しかしねこんなもの「お金」でどうにでもなります。
    ただお金を出せば大抵の著名人はその、
    ミートアップに呼び出せるわけです。
    この様な事で騙される一般人は多いです。
    特にICO案件などでは顕著です。

    で私が何を言いたいのかというと、
    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)も、
    結果同じ様なものである。
    そういう事が言いたいのです。
    個人名は出しませんが、
    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)にも、
    著名な方が呼ばれています。
    そんなもの呼ぶのは簡単な話という事。
    それはただ単に、
    中ザワヒデキの考えなどを、
    結果論理武装したり、
    また中ザワヒデキの信憑性や箔をつける。
    またビジネスとしてマネタイズする。
    その様な、
    中ザワヒデキの方法に過ぎないという事です。

    一つ裏話をすれば、
    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)の、
    ある関係者から、
    スポンサーを見つければ、
    大阪で開催してもいいぞって、
    私に直接話があったわけです。
    あーお金かぁって思いました。

    そんな事を、
    お金に無頓着な私の中で、
    色々と考えていたわけです。

    それで中ザワヒデキの、
    サバイブの仕方もなかなか面白いなぁと、
    感心しつつ恐ろしいなとwww

    その方法論自体は、
    私も使っている手法なので、
    手法に感心しているのではなく、
    そこにお金を絡ませるのかと、
    新しい発見をしたのです。

    私も新しい商法、
    「シンポジウム商法」を学んだので、

    「美学者母の美学研究会」を立ち上げて、
    お金にものを言わせて、
    マルクスガブリエルとかカンタンメイヤスーを、
    呼んで、
    私と三人の鼎談でも設定すれば、
    芸術、美術、哲学、美術、その界隈に、
    激震を生み出し、
    歴史的な出来事として、
    美術史や哲学史に名を刻める。

    革新的な商法、
    「シンポジウム商法」www

    美学者母
    1. 2018/07/16(月) 14:01:25|
    2. mama (美学者母) ブログ
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    情報世界論で解く、 意識のハードプロブレム。 (意識、無意識という人格は、 変性意識から創発される)

    情報世界論で解く、
    意識のハードプロブレム。
    (意識、無意識という人格は、
    変性意識から創発される)
    1. 2018/07/10(火) 18:29:31|
    2. 美学・哲学
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    映画、万引き家族、是枝裕和監督を観て(中ザワヒデキの前時代的思考に物申す。)

    中ザワヒデキの人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)から、
    強制排除されまして、
    凄い気分が悪いなぁと思っていたので、
    気分転換に昨日は大阪・難波に遊びに行ってきましたwww

    その前になぜ僕が中ザワヒデキの、
    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)から、
    排除されたの?
    ってみなさん疑問に思うでしょうが、
    私自身もよくわかりません。
    ただあるコメントが原因の様ですが、
    それが僕を排除する理由になり得るとは、
    到底理解できないし、
    容認できないわけです。

    それでどんなコメントだったか、
    私の記憶の限りで再現すると。

    「周縁の事を緻密に詳細に語るだけで、
    核心は何も言えない奴はクソだわな。」

    ほぼこの内容と同じで、
    もちろん「クソ」というのは、
    汚い言葉ですが、
    それ以外に人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)を、
    排除される理由になりそうな言説はありません。

    もし言葉が汚いのであれば、
    それを注意すればいいだけのことで、
    排除される理由には到底思えません。

    そして人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)は、
    参加自由なオープンなグループです。

    という事で、
    その後にある人から、
    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)に、
    戻りたければ、
    中ザワヒデキに謝罪しなさいと、
    個人的にメッセージがきましたが、
    私が何をあやまることがあるのか理解できませんwww

    とここまでは「映画 万引き家族」とは、
    違う話で、
    その前日の中ザワヒデキとの事件ですが、
    「映画 万引き家族」での、
    ある種表現されている事が、
    この中ザワヒデキの、
    ある種「社会集団」としての振る舞いに、
    同じ様に問題があると感じたのです。

    ではここから少し「映画 万引き家族」の、
    簡単な批評も含めて言説していきたいと思います。

    この是枝裕和監督は、
    私は非常に評価しています。
    「映画 空気人形」の監督でもあり、
    その「映画 空気人形」は、
    「愛」というものを「哲学」している映画です。

    そして「映画 万引き家族」も、
    非常に「哲学」的な映画だと感じました。

    この映画は非常に複雑でカオスな構造を持ってり、
    また多数のレイヤーによって構成されているので、
    この作品だけでも、
    本を一冊かけるくらいの言説はできます。

    その中でも今回、
    この映画を見る前日に、

    中ザワヒデキの人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)、

    そのグループから強制排除されたので、
    それに関わるレイヤーの部分を、
    言説していきたいと思います。

    まずこの映画の構造自体が、
    非常に複雑でカオスな構造を提示します。

    それはある種の「疑似家族」的な、
    「社会集団」が舞台になっているのですが、
    それは「疑似家族」であり、
    血縁的な関係は誰一人としてありません。

    しかしその集団はある種家族としての、
    年齢的レイヤーを有し、
    おばあちゃん、
    夫婦、
    子供、

    それは客観的に一昔前であれば、
    一般的な「家族」という体裁をしているのですが、
    そこに「血縁」的な要素はありません。

    またその疑似家族は、
    その「社会集団」を形成するという、
    「強い意志」があったわけでもなく、
    「自分にとって善い場所」が、
    その「疑似家族」としての「社会集団」であり、
    この社会集団には、
    ある種「偶然的な必然性」があったのです。

    そしてある種、
    その様な「偶然的な必然性」により、
    「自然発生的」に出来上がった、
    「社会集団」を母体としてストーリーは進みます。

    ここで重要なポイントが、
    その「社会集団内」の「善」と、
    その「社会集団外」の「善」は、
    二律背反している事です。

    それがこの映画のキーポイントである。
    「万引き」というものです。

    これは現在の日本のあらゆる、
    「社会集団」に観られる現象です。

    企業、宗教、コミュニティ、家族、友人。

    この辺が私の人生と非常にオーバーラップし、
    つい泣いてしまいましたwww

    人間というのは、
    「居心地が良い所」に居たいと思うものです。
    しかし私は常に、
    その「居心地が良い所」から、
    自ら離脱していくという、
    ある種孤独な選択をしてきました。
    その意味で、
    客観的に見ると、
    「勝手な人間」だと思われています。

    しかし人間の成長やさらなるレベルアップを考えると、
    その様な「居心地が良い所」にいることは、
    私にとってネガティブであるのです。
    私は他人に嫌われようが、排除されようが、
    村八分にされようが、
    自分の考えを、自分の口で発言します。
    それもまた自分で自分の首を絞める様なこと、
    それを十分に理解しながら、
    自分の「居心地が悪い所」へと離脱します。

    つまりここで何が言いたいのかというと、
    「社会集団」というのは、
    絶対的にその集団内だけの「善」というものを、
    「生成」するという「性質」があるのです。
    そしてそれは、
    アプリオリなものとして、
    その「善」は「作動」し、
    その「善」を誰も疑わなくなる。
    そしてその「善」は、
    その「社会集団外」との「善」と、
    「二律背反」を起こし、
    その「社会集団の構成員」は、
    「社会集団」の「善」を優先するのです。

    これが顕著に現れたのが、
    「オウム真理教地下鉄サリン事件」、
    「東芝の粉飾決算事件」、
    以上の様な事件です。

    この「映画 万引き家族」では、
    「疑似家族」となった「社会集団」での、
    「万引き」という「善」が、
    「社会集団外」の「善」と、
    二律背反を起こしています。

    しかしそういった「社会集団」の中にも、
    その「社会集団内」の「善」を疑う人間も、
    産まれてくるのです。

    そしてその様なものたちは、
    「社会集団内」の「善」と、
    「社会集団外」の「善」の間で、
    ディレンマを起こし葛藤し悩むのです。

    「社会集団内」の「善」を裏切り、
    「社会集団外」の「善」を優先する。
    そういう判断をすれば、
    それまで居心地の良かった、
    「社会集団」が「崩壊」してしまう。
    こういった二律背反に悩まされるのです。

    「映画 万引き家族」では、
    最後に少年は、
    「社会集団内」の「善」を裏切り、
    「社会集団外」の「善」を選択することになります。

    そして、
    「疑似家族」として、
    「居心地のいい所」の「社会集団」は、
    「崩壊」することになります。

    つまり「社会集団」は、
    いわゆる日本の典型的な「ムラ」となるわけです。
    そこには「中央集権的」な、
    「強力な同調圧力」が生じます。
    それは「社会集団」を、
    ある種「一つの方向」へと導くには、
    非常に強力な「システム」だと言えます。

    しかし現在この様な「システム」の限界を迎え、
    ある種「多様」で「カオス」な、
    「分散型」の「システム」が、
    どんどんと採用されてきています。

    つまり「中央集権型」ではなく「分散型」
    「個を抹消した集団」ではなく、
    「自立した個の集まりとしての集団」、
    その様な時代なのです。

    その様な前提で、
    中ザワヒデキの人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)、
    に物申すのです。

    中ザワヒデキの人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)は、
    中ザワヒデキという人間を中央にした、
    中央集権的な「社会集団」という、
    前時代的な「社会集団」であり、
    その様な「社会集団」が、
    最先端の「人工知能」などを、
    「中央主権的」に「議論」や「研究」しても無意味である。
    その様に物申したいわけです。

    確かに私は「口が悪い」ということもありますが、
    その様な「異質性」こそが、
    これからの時代の「社会集団」にとって重要であり、
    その様な存在の「私」、
    「美学者母」を強制排除した、
    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)は、
    致命的なミスを犯したのです。

    私は人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)が、
    今後変わることを望みます。
    「多様な人間」「多様な価値観」「多様な性質」、
    その様な、
    「多元的でカオス」な場になる事を願います。

    今回は、
    「映画 万引き家族」と、
    最近の出来事などを交えながら、
    色々と言説しましたが、

    この様な私を応援してくださる方に感謝しております。

    美学者母


    manbiki.jpg
    1. 2018/07/08(日) 17:16:40|
    2. 美学・哲学
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    中ザワヒデキの中ザワヒデキによる中ザワヒデキのための人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)私を強制排除した中ザワヒデキ

    皆様どうも〜!!!
    現在夜中なのですが、
    急遽文章を書くことになりました。
    それはなぜか?
    中ザワヒデキという作家が作っている、
    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)、
    そのFacebookにおいて、
    中ザワヒデキが気に食わない、
    その様な理由だけで、
    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)、
    そのFacebookグループから強制排除されました。
    その後メッセージで抗議した内容と、
    返信がこちらです。

    スクリーンショット 2018070730005




    つまり、
    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)は、
    表現の自由が保証されず、
    中ザワヒデキが、
    その表現の自由をコントロールする、
    その様なグループであると宣言しています。
    私はこの、
    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)は、
    もっと公共性のある会だと思い込んでいましたが、
    実体はこの様に、
    中ザワヒデキが気に食わなければ、
    強制排除するという事の様です。
    でも何となくこの、
    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)は、
    変だなぁって感じてたんですね。
    私が勘違いしていた、
    その勘違いの部分なんですが、
    この人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)は、
    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)自体が、
    中ザワヒデキの作品なんだと。
    ですから純粋にこの、
    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)は、
    人工知能の美学や芸術を研究する会では無く、
    中ザワヒデキ個人の会なんですよwww
    それは、
    藤井雅実という評論家が、
    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)の、
    facebookグループで、
    「中ザワ美学」「中ザワ美学」ばっかり言ってるのww
    てか中ザワヒデキより、
    俺の方がよっぽど重要な事言ってるけどなぁって。
    でもよくよく考えたら、
    中ザワヒデキ個人の会に、
    僕の考えを上書きされたら、
    中ザワヒデキもそら面白くないわなぁwww
    正直、人工知能に関しての美学も、
    その他の作品に関しても、
    僕の方が優れていると自負しています。
    僕はあくまでオープンソースで、
    中ザワヒデキの様な村を作る人間と、
    戦っていきますので、
    皆様応援宜しくお願いいたします。
    という事で、
    僕も人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)で、
    色々と言説させてもらって、
    散々宣伝させてもらったので、
    まぁいいでしょうwww
    中ザワヒデキの懐の小ささを知って、
    またこれから懐のデカイ美学者母で、
    頑張っていこうと思います!!!
    美学者母
    1. 2018/07/07(土) 03:30:41|
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    情報一元論としての芸術、美術、美学。(世界は情報である)

    先日、
    2018年6月24日(日曜日)に、
    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)、
    第19回が行われた様で、

    その後の議論などを眺めていて、
    私も現在議論されている、
    心身二元論、心脳二元論。
    心身一元論、心脳一元論。

    これに対して
    私なりの立場を表明しておこうと思い、
    今回この文章を書かせていただきます。

    今までの私の言説などを、
    読んでこられた方は、
    なんとなく私の考えを理解している?
    その様に感じているのですが、

    この問題は哲学と科学が、
    表裏一体の問題になっているわけです。

    古代には哲学は非常に力を持っていたわけですが、
    近代に入り、
    科学がその哲学を凌駕し、
    ある種科学の独壇場となり、
    科学の一神教の時代となりました。

    しかし科学が先鋭化すればするほど、
    それは哲学的問題を含有する様になり、

    現代では科学が心を創造しうるのか?
    という、
    科学と哲学表裏一体の問題が、
    浮かび上がっている状態です。

    そんな中で、
    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)で、
    議論されている内容は、
    私にとっても非常に面白いものです。

    ではここで私の立場を表明することにします。
    私はこの「心と体」あるいは「心と脳」、
    これを一元論的に考えるのか、
    二元論的に考えるのかという問題に、

    「情報一元論」

    この様な立場を表明いたします。
    私は唯物論的な世界、
    または観念論的な世界、
    これをどちらも情報世界であると統一します。

    つまり、
    「心」も「情報」である。
    「体」も「情報」である。
    「脳」も「情報」である。

    ゆえに「もの」も「情報」である。

    その様に、
    「世界」のあらゆるものを、
    「情報」として捉える。

    しかしその情報は、
    「数学的なるもの」「計算的なるもの」、
    という情報ではないと考えています。
    それは二進法的なある種「デジタル」ではなく、

    「量子論」的な情報。

    それは延長する「0と1」の羅列ではなく、
    それは刹那にある「総体」としてのマスである。

    その様に考えているわけです。

    この考えは、
    最近の人工知能の研究などを見て、
    特に強く確信に至っています。

    私は人工知能を研究していく上で、
    「意識」よりも「無意識」が、
    非常に重要であると考えています。

    私が持っている仮説は
    「意識」は、
    延長する「0と1」の羅列であるが、
    「無意識」は、
    刹那にある「総体」としてのマスである。

    その様に考えています。

    私の仮説では、
    無意識は私たちが生きてきた上での、
    あらゆる詳細の全てを、
    刹那にある「総体」としてのマスに、
    記憶しているのです。

    それは私たちが、
    意識では捉えきれない、
    膨大な情報を全て鮮明に記憶しています。

    しかしそれは、
    量子論的なマスとしてしか存在できず、
    その部分だけを取り出すことは不可能です。

    私はこの量子論的なマスが、
    私たち人間の真理だと考えています。

    つまり人間の真理は、
    「無意識の量子論的情報のマス」である。

    そして唯一その、
    「無意識の量子論的情報のマス」から、
    部分的に情報を呼び出せるのが、
    「意識」であると考えています。

    つまり極端に言いますと、
    私たちはある種、
    「無意識の量子論的マス」の「部分」を、
    「意識」として「生きている」のです。

    これは、
    今私たちが生きている、
    そのほとんどが、
    「記憶」によって、
    「成立」しているということ、
    それらとも合致する考えです。

    この様な、
    私の考えから私は、

    「情報一元論」を提唱いたします。

    美学者母
    1. 2018/07/03(火) 18:34:26|
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    FC2USER590191GYW

    Author:FC2USER590191GYW
    mama Artist Promotion Video
    http://www.youtube.com/watch?v=mR12s6MhMS8



    美術家 「mama」 Official WebSite
    http://www.mamalab.info





    facebook
    http://facebook.com/machromatic






    COMPOSITE ART COMPANY "machromatic"
    マクロマティックは大阪・岸和田に拠点を置く総合芸術企業です

    美術商 第622122106978号 大阪府公安委員会



    マクロマティック心理芸術療法研究所
    http://www.artstherapy.biz/







    『ウェブアート宣言』(Web art declaration)

    本日、2010年5月9日。
    インターネットという虚像と実像が共存する場。
    虚像と実像が表裏一体であり、媒介する。
    その媒介した場所が空虚である。
    インターネット上のウェブはまさに空虚である。
    その空虚であるウェブで。
    己が己である事を確認し。
    ウェブインスタレーションと定義する。

    http://www.machromatic.net

            現代美術作家 田中智和
                   (mama)






    Macromatic is an composite art enterprise in Kishiwada city, Osaka area.



    "Web art declaration"

    Today, May9th,2010
    Place where the internet exists together between virtual image and real image.
    The virtual image and the real image are consistencies, and it mediates.
    The mediated place is empty.
    The web on the Internet is exactly empty.
    With the empty web.
    The thing whose yourself is yourself is confirmed.
    It is defined as the web installation.

    http://www.machromatic.net

    Artist Tomokazu Tanaka (aka.mama)
















    マクロマティック
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    SELECT ART SHOP マクロマティック
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    http://twitter.com/machromatic

    skype名 machromatic




    office
    〒596-0021
    大阪府岸和田市松風町25-18
    美術商 第622122106978号 大阪府公安委員会
    TEL/FAX 072-447-4066
    MAIL office@machromatic.net





    【本名】田中智和 (mama、母)
    現代美術作家・アートディレクター
    (専門分野)
    ストリートアート・ストリートカルチャー

    日本会議 正会員

    One JAPAN project 代表
    http://www.onejapan.jp

    Art×Street(日本アート×ストリート協会)
    http://artxstreet.com



    【略歴】

    ※1978年
    ・大阪府岸和田市に生まれる

    ※1994年 
    ・鳥取県へ移住

    ※1996年 
    ・スケートボードをはじめる

    ※1997年 
    ・大阪に帰ってくる
    ・アーティスト活動開始

    ※1998年 
    ・グラフィティライターとしてストリートで活動開始

    ※2002年6月 
    ・大阪のスケートボードショップOVAL NETWORKで個展

    ※2002年7月 
    ・大阪の古着屋MAX FIELDで個展

    ※2002年8月 
    ・村上 隆が主催するアートイベント 「GEISAI-2」(東京)に参加

    ※2003年7月 
    ・大阪のclub NEOのクラブイベント「NEO SUMMER FESTIVAL」に参加

    ※2004年6月 
    ・大阪・岸和田の岸和田中央会館ギャラリーで個展
            mama Art Show 2004 「春 風 花」

    ※2005年5月 
    ・大阪・岸和田の町家 光輪庵で二人展
       machromatic Art Show 2005 「こころ、であう。」

    ※2005年12月 
    ・大阪府公園協会・泉佐野市公園緑化協会主催
    「Twinkle Park in Rinku 2005」でアートパフォーマンス

    ※2006年4月 
    ・「第3回 ART BASE NULL 作家交流展」(泉佐野 新井邸)に参加
       後援 大阪府、大阪府教育委員会など。
    ・遊び心創作家として活動開始

    ※2006年9月 
    ・主催 文化庁 共催 田尻町教育委員会
     「こどもアート体験 北欧~日本展」参加

    ※2006年11月
    ・Joint Art Battle -JAB-(富山)参加

    2007年4月
    ・東京・下北沢のclub WEDGのアートイベント参加
      1seam「New Born Babys☆」

    ※2007年5月 
    ・第4回 ART BASE NULL 作家交流展(泉南市 山田家)に参加
      後援 大阪府、大阪府教育委員会など。

    ※2007年10月 
    ・食の専門学校レコール・バンタン臨時講師(大阪市)
     展覧会「食とアートのコラボレーション」プロデュース

    ※2007年12月 
    ・Joint Art Battle -JAB-(富山)参加

    ※2008年5月 
    ・第5回 ART BASE NULL 作家交流展(泉南市 山田家)に参加
      後援 大阪府、大阪府教育委員会など。

    ※2008年6月
    大阪・大阪市中央区「ぎゃらり かのこ」で個展
      mama exhibition「アートバイブレーション」

    ※2009年11月
    東京・有楽町でのアートフェア
       「YOUNG ARTISTS JAPAN Vol.2」参加

    ※2010年5月
    『ウェブアート宣言』(Web art declaration)

    ※2010年6月
    雑誌「プライベートアイズ」の特集へ参加
    きこえをアートする デコレーション補聴器の作品提供





    ■■ machromaticホームページ ■■

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