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    machromatic (マクロマティック) 美学者母のブログ

    言語のファインアート(美術)としての可能性(対象の独立した立脚による芸術の基底として言語表現は可能か?)

    gengo.png


    まず今回も、
    【言語のファインアート(美術)としての可能性】
    という図を最初にご覧下さい。

    その上で、
    私は言語というものを、
    ファインアート(美術)として、
    捉えることができるのだという前提で、
    この様にアーティストでありながら、
    日々言葉を紡いでいるわけです。

    私がなぜ「言語」というものが、
    ファインアート(美術)として、
    捉えることができると考える様になったのか、
    それは2010年に発表した、
    「ウェブアート宣言」に遡らなければ、
    ならないわけです。

    この宣言では、
    ウェブインスタレーションという、
    私が創り出した全く新しい概念を元に、
    インターネット上に浮遊する情報が、
    カオスさを持ち、
    ディスプレイ越しに、
    新たな秩序として表層している。
    その様な事を宣言したものです。

    それから私は、
    言語そのものに、
    芸術性を見い出し、
    言語そのものを造形として捉える様になりました。

    そしてウェブアート宣言から10年が経過し、
    そろそろもう少し踏み込んだ形で、
    一体言語がどの様に造形として理解できるのか、
    その部分を解説していきたいと思います。

    まず芸術の大前提として、
    芸術は絶対的に何かの投影であってはならない、
    これは簡単な意味での投影ではなく、
    次に話す事を体験するための前提条件として、
    その投影の不可能性は意味をなすわけです。
    それは芸術における絶対的な体験、
    すなわち「芸術体験」を体験する対象は、
    何かの投影では無く、
    それ自体による体験であるから、
    何かを投影したものである事が、
    不可能である。
    その様な上で、
    芸術は絶対的に何かの投影ではあり得ない、
    というわけです。

    すなわち、
    それ自体が私たちに、
    「芸術体験」を体験させる対象であり、
    何かの投影では無いという事です。

    まずこの様な理解の上から、
    「言語」というものが、
    「美術」になりえないのだという、
    ある種の「自明性」を考えていきたいのです。

    私たちが言語を考える上での、
    メディアというものを想像すると、
    本や雑誌、新聞というのが、
    前時代的な自明性を持っています。
    そしてそれらを書いている人たちが、
    そのメディアの向こう側に、
    必ず対象として立脚しているのです。
    それは言語を用いて表現する、
    それらの表現活動が、
    ある一定の著名人や有名人など、
    限られた人間によって行われていた、
    その事実が浮かび上がってくるわけです。

    つまりここから何が理解できるかというと、
    前時代では言語というのは、
    著名人や有名人の「像」として、
    言語は私たちのメディアに、
    表層していたことが理解できるのです。

    つまりこれは同時に、
    前時代において言語は、
    「言語」=「像」
    としての自明性を持っていたことが理解できます。

    そして先にも述べましたが、
    「芸術」とは「投影」であってはならない、
    つまり「像」ではありえないのであって、
    そこからも「言語」が「美術」として、
    成立しない事も理解できるのです。

    では私はここまで理解しているのに、
    なぜ「言語がファインアート(美術)」、
    として捉えることができると言うのでしょうか。
    それは前述の通り、
    言語が表層されるメディアによって、
    「言語がファインアート(美術)」になる、
    それを予見することになります。
    前時代での言語のメディアは紙媒体で、
    本や雑誌、新聞などごく限られた人間しか、
    言語表現を行うことができなかった。

    では現在はどうでしょうか?

    皆さんが私のこの言説を読んでいる様に、
    誰もが言語を用いて、
    言語表現を行うことが可能です。

    私は10年前に「ウェブアート宣言」を宣言し、
    ウェブインスタレーションという、
    新しい概念を定義した動機は、
    この言語というものの大きな変化に気づいた、
    からなのです。


    gengo2.png



    それが理解できるのが、
    【ディスプレイ上の言語と
    紙媒体の本や雑誌上の言語における
    像と対象の独立した立脚の違い】の図です。

    前時代における言語表現のメディアとしての、
    紙媒体は固有名の像として、
    言語が表層されていました。
    しかし現在における言語表現のメディア、
    つまりインターネット上のウェブ、
    さらに言うと、
    パソコン画面のウェブブラウザ、
    もっと言うと、
    貴方の目の前にあるディスプレイ、
    ディスプレイそのものが、
    一つのゲシュタルトとして、
    私たちの眼前に、
    言語が独立し立脚しているのです。

    この部分をもう少し深堀すると、
    このディスプレイは、
    有名人、著名人、匿名、無名、
    具体的には、
    この私の文章も、
    アメリカの大統領の言語も、
    天皇陛下の言語も、
    日本の総理大臣の言語も、
    どこの誰かわからない誰かの言語も、
    同じこのディスプレイに並列するのです。

    そしてもはや私たちは、
    誰の言語なのかということに意味を、
    持たなくなっているのです。

    それは良い意味でも悪い意味でも、
    現在表層されていますが、
    まさに私たちは、

    「像」としての「言語」ではなく、
    「言語」そのものを「対象」にしている。

    それがまさに浮き彫りになるわけです。

    そして芸術の基底を改めて考えてみましょう。
    「芸術」は絶対的に「像」ではあり得ないのです、
    その上でこの様に、
    インターネットに浮遊する「言語」は、
    「言語」そのものが「対象」になっています。

    つまり、
    「インターネット上の言語」は、
    ファインアート(美術)として可能である。
    私はその様に考えているのです。
    だからこそ、
    真贋を見抜く「美学」が必須となり、
    言語に「美が宿り」、
    ファインアート(美術)としての「言語」が、
    ついに私たちの眼の前に、

    対象の独立した立脚による芸術の基底として、
    立ち現れてくるのです。

    とここまでです。
    なかなか難解な文章になってしまった?
    出来るだけ理解してもらえる様に、
    これでも頑張りましたwww

    ということで、
    10年前に発表した、
    「ウェブアート宣言」
    「ウェブインスタレーション」
    それらの簡単な解説をしてみました!!!

    美学者母
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    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2019/05/24(金) 20:41:39|
    2. mama (美学者母) ブログ
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    心理カウンセリング(心屋仁之助)とか自己啓発とか、各種セミナーでのトートロジーの悪用と洗脳の関係について(P またはPではない)

    最近YouTubeを観ていて、
    たまたまある動画が目についた。
    心屋仁之助という方の動画で、
    「一問一答」という「公開カウンセリング」??
    私の知ってる方で、
    この心屋に心酔されている方がおられるので、
    その名前は知っていたのだが、
    一度位話を聞いてみるのも面白いなと、
    動画を我慢してみてみたのですが、
    感想はまぁこういうのに皆んな、
    ハマッてしまうのよねぇ〜って感じwww

    まず心屋に限らず、
    例えば投資のセミナーでも、
    自己啓発のセミナーでも、
    だいたい同じ構造になってるわけです。
    それが「トートロジー」で、
    例えば、

    「Pまたは(Pではない)」

    この文はいわゆる、
    「トートロジー」になっている文なんです。
    それはどういう事かというと、
    Pが真であるとすると、
    Pではないという偽、
    それを両方含んでいる文である、
    それは真偽を両方含んでいる、
    それは「論理学」では、
    ナンセンスであり、
    論理では無いとなるわけです。
    何故ならば、
    その文は全てを言ってしまって、
    真か偽を言えていない、
    論理において、
    真である事(有意味)、
    偽である事(有意味)、
    真偽全てである事(無意味)、
    つまりトートロジーは、
    ナンセンスであり無意味であるのです。

    この様なトートロジーを使った、
    無意味な論法はあらゆる所で使われており、
    政治家の答弁、占い師の占いなど、
    無意味な論法に納得している人々が多数います。

    例えば総理大臣の安倍晋三、
    占術家の細木数子、
    霊能者の宜保愛子、
    などはトートロジーを多用しています。

    例えば皆さんは反論のできない論理、
    というものをどう考えるでしょうか?
    論理的に完璧で、
    論理を壊すことができない論理です。
    それは「凄い!!!」となるでしょうか?
    しかし、
    そもそもそれは「論理」としておかしいのです。
    例えば科学ではそれを「反証可能性」と言いますが、
    論理とは常に反論される余地がある、
    それこそが論理であり、
    論理に反論する余地がないものは、
    そもそも「論理」ではないのです。

    つまり「トートロジー」とは、
    真偽を両方含んでいるために、
    「反論」する余地がないもの、
    ということなのです。

    私たちは、
    この様な「トートロジー」に、
    ある種「神秘性」を抱きます。
    言語に隠されたトートロジーが、
    それを発言した人間に、
    ある種の「全知全能」を投影してしまうのです。
    その意味でトートロジーは、
    人間を惑わす、
    さらに洗脳する方法論として、
    非常に有効であり、
    逆説的に非常に危険であると言えます。

    実例として、
    例えば占術家の細木数子が多用していた言葉、
    「あなた地獄へ落ちるわよ!!!でも助かります!!!」
    これは完全に「真偽」を含んだ、
    トートロジーになっているわけです。
    「地獄へ落ちる」という真と、
    助かるという、
    「地獄へ落ちない」という偽が、
    一つの文の中に含まれています。

    次に私が冒頭に話した、
    心屋仁之助の公開カウンセリングでのトートロジー、
    というかこの様な界隈のトートロジーは、
    全てこの様な構造を持っていると思います。

    「過去の自分」→「今の自分」→「変化した自分」

    ロジックやスキームはこうです。
    自分がいる(お金に困っている)
    変化した自分(お金に困っていない)
    自分も変化した自分も自分である

    「自分または(自分ではない)」(トートロジー)
    ここでいう(自分ではない)は、
    変化した自分になります。

    そして最終的に心屋仁之助はこう言います。

    「何もしなくていい」

    つまり、
    「P「何かしても」または(P「何かしなくても」)」
    「貴方」である。

    「Pまたは(Pではない)」となり、
    トートロジーとなるわけです。

    ご覧の通りトートロジーは無意味であり、
    ナンセンスで何も言えていない事に気づきます。

    しかし人間はこの言語のレトリックを通して、
    その発言した人間に、
    「全知全能」を抱くわけです。

    この様な状態は仏教的に、
    空観、中観、仮観、

    この中から読み取れます。
    このトートロジーの状態は、
    空観の状態を借用した状態であり、
    人間にとっては「無意味」な状態です。

    例えばある菩薩は悟りを得るために、
    山奥の洞窟の中で何十年も座禅をし、
    何百年も経ってから、
    座禅をしたままの白骨化した遺体が、
    洞窟の中で発見された、
    その様な事があったわけですが、
    これは人間として、
    「有意味」でしょうか「無意味」でしょうか?
    私は人間として「無意味」であると確信します。

    人間らしさとは「有意味」にあるのではないでしょうか、
    またその「有意味」だけに真理を求めるのも危険ですが、
    それを仏教では仮観というわけですが、
    「中観」すなわち、
    「有意味」も「無意味」も並列的に思考する。
    それが人間としての真理だと考えています。

    つまり人間は思考をベースとした「論理」によって、
    人間らしさを獲得しているのであって、
    「論理」ではない「トートロジー」は、
    人間にとって「無意味」なのです。
    しかし人間は、
    その「論理」ではない「トートロジー」という、
    ある種言語的幻想によって、
    それを発言した人間に「全知全能」を観るのです。

    今回たまたま、
    YouTubeで心屋仁之助の動画を観て、
    典型的なトートロジーを話していたので、
    人間はトートロジーに盲目だなぁ〜と、
    改めて思った次第です。

    一度このトートロジーについて、
    皆さまも考えてみてはどうでしょうか。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2019/05/21(火) 18:48:17|
    2. 美学・哲学
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    就職面接1000回以上受けた芸術家②

    就職面接1000回以上受けた芸術家②



    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2019/05/19(日) 23:10:39|
    2. 日常
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    神秘とは何か?天才とは何か?日本の芸術や美術が知を放棄しているワケ(知の放棄こそが権威を生み出す仕掛けである)

    shinpi.png


    どうもぉ美学者母です!!!
    まず何より私が作成した図表を見てください。
    この図は、
    日本の芸術や美術が、
    いかに「知」というものを放棄しているのか、
    それを明確化する為の図表です。

    その上で、
    一般的に日本人が信じる、
    「芸術や美術」が知を放棄している事を、
    論じると共に、
    「神秘」や「天才」という、
    ある種日本人が大好きなキーワードを、
    同時に論じていく試みです。

    まず世界的にスタンダードな、
    アートの捉え方として、
    図表の「本質的アート」を参照ください。
    アートというものはあくまで「知」をベースに、
    それは私たちの「論理的」「演繹的」、
    その様な「知」を最大限。
    知り得るものを知り得た上に存在する。
    その様な事をこの図表は表しています。

    そして、
    知り得ぬものを「神秘」とし、
    「知り得ぬもの」と「知り得るもの」、
    その間に、
    「知り得るもの」として、
    「造形」が表出し「認知」する、
    その様な行為、
    体験こそが「芸術であり美術」なのです。

    しかし図表でも理解できる通り、
    一般的な日本人や日本のアーティスト、
    そのほとんどは、
    「芸術や美術」には、
    「知」は必要では無いと考えているわけです。
    それは、
    日本の芸大美大の教育を見れば明らかです。
    つまり日本の「芸術や美術」は、
    「知を放棄」しているのです。
    それが図表で観る、
    「本質的アート」と「日本的芸術美術」、
    その対比となるわけです。

    僕は本当に日本の美術や芸術を、
    笑ってしまうのは、
    日本の芸術美術関係者のほとんどが、
    芸術や美術は「感性」や「感情」、
    そんな「言葉」や「概念」、
    では表現できないものを表現するのだ、
    と口を揃えていうのですwww
    それが図表で表した通りです。

    それは何を表しているのか、
    見ての通り、
    「知を放棄」する事で、
    「神秘」の領域は異常に低下します。
    まさに日本の「芸術美術」の現状は、
    これに表された通りであり、
    「日本的芸術美術」では「神秘」、
    の領域が、
    「本質的アート」からみれば、
    「知の領域」に他なりません。

    私はこの「神秘」の考え方そのものが、
    「日本人のアートの勘違い」の原理なのだと、
    研究を重ねてきて理解しました。

    そしてこの神秘理論をもとに、
    「アウトサイダーアート」や、
    いわゆる「天才」というものも、
    定義づける事が出来るのです。
    それは図表を見ていただければ理解できます。

    それはアウトサイダーには、
    「知」を超えた「飛躍」というものが、
    そもそものベースとなっています。
    それがまさに、
    「知」をベースとせず、
    論理的に演繹的根拠無く突如現れる、
    それを私たちが「神秘」として認知する、
    それこそが「アウトサイダー」の論理です。

    そして論理的には、
    「アウトサイダー」と「天才」は、
    全く同じ構造ですが、
    その「飛躍」の程度によって、
    それは違ってきます。
    それが図表で観る様に、
    「天才」が生み出す「飛躍」は、
    「知」をベースにした神秘と、
    同じ「神秘」を「共有」しているところです。

    つまり「知」をベースにした
    先述した神秘、
    知り得ぬものを「神秘」とし、
    「知り得ぬもの」と「知り得るもの」、
    その間に、
    「知り得るもの」として、
    「造形」が表出し「認知」する、
    その様な行為、
    体験を「天才」は「飛躍」によって、
    実現してしまうのです。

    この様な事から何が理解できるのかというと、
    日本人は「芸術美術」に対して、
    「天才願望」が自明なのです。
    しかし私は知り得る限り、
    例えばマルセル・デュシャン、
    ピカソ、マティス、
    色々な歴史上、
    そして同時代に様々な作家や作品を、
    観て分析していますが、
    「天才」である人間を観た事がありません。

    しかしある部分で、
    「アート」=「天才」という物語を、
    私たちに与えてくれるのが、
    様式や運動としての「印象派」であり、
    その物語の登場人物「ゴッホ」であるのです。
    しかしそもそも、
    「印象派」自体が「知の探求」としての、
    様式や運動であるわけで、
    その日本人の物語は幻想である事が自明です。

    この様な論理的な考察から言えることは、
    そもそも「天才」などいない、
    という非常に当たり前の答えなわけです。

    しかし日本の芸術美術関係者は、
    この当たり前の現実を受け入れたく無いのです。
    それはその事自体が、
    「権威」を崩壊させてしまうからです。

    権威とは幻想です。
    権威の本質とは「天才」の構造なのです。
    「天才」に観る「神秘」こそが「権威」なのです。

    私がここで、
    「アート」における、
    「天才」や「神秘」、
    その上での「権威」を否定しても、
    日本の芸術美術関係者は受け入れないでしょう。

    それを受け入れてしまえば、
    日本の芸術美術の根幹が壊れてしまいます。
    芸大美大の教育まで根本から変えなければならない、
    これこそが日本の、
    「最大最後のブラックボックス」なのです。

    私はこの言説を日本の芸術美術関係者にむけて、
    書いているのではありません、
    むしろ芸術美術に関係の無い人に、
    いかに日本の芸術美術関係者が馬鹿なのか、
    理解してもらいたいのです。

    日本で言われる、
    芸術美術の「神秘性」は嘘であり、
    「知」をベースにした、
    「神秘」こそ、
    本質的なアートである。

    その事が、
    「アート」であるという自明が、
    当たり前の日本になるよう、
    これからも活動してまいります。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2019/05/16(木) 00:14:35|
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    公募/自泉コンテンポラリーショートフィルム&ビデオ(アートディレクター稲垣智子の不正批判シリーズ 最終回)

    今回のこの調査で、
    やはりこの事業が不正である事が、
    決定的になりました。

    本日、
    岸和田市文化国際課と、
    岸和田文化事業協会に電話いたしました。

    まず先に、
    岸和田文化事業協会との電話は、
    一方的に電話を切られました(録音有り)、
    その事実はここに記載しておきます、
    非常に不誠実であり、
    一般常識を超えた酷い対応でした。

    そして今回、
    岸和田市文化国際課と、
    岸和田文化事業協会は、
    指定管理者制度における自主事業、
    今回の「自泉コンテンポラリーショートフィルム&ビデオ」
    に関して、

    岸和田市が定める指針を逸脱し、
    岸和田文化事業協会が岸和田市に事前に承認を得ず、
    行なっていることを認めました。

    これは完全な不正行為であり、
    私から是正を求めさせていただきました。

    その上で文化のあり方というものを、
    岸和田文化事業協会と電話で話していたのですが、
    一方的に話され一方的に電話を切られました。

    私は、
    今回の公募の紙面を見て、
    かなりいいかげんな公募だという事から、
    この問題の追求を始めたわけですが、
    やはり主催である岸和田文化事業協会自体も、
    かなりいいかげんな組織であると確認しました。

    皆さんも公募の紙面を見ていただければ、
    それは同意いただけるものだと思います。

    この岸和田文化事業協会の言い分では、
    今回のアートディレクター稲垣智子を選んだ理由を、
    「知っているから」という理由で選んだとの事。

    私は岸和田文化事業協会との電話で、
    根本的なこの問題の本質が見えてきたのです。

    それは公共施設、
    自泉会館の指定管理者である、
    岸和田文化事業協会、
    岸和田市、そして稲垣智子、
    これらの各人は、
    僕が考えているレベルの世界では生きていない、
    という絶望的な結果でした。

    つまり今回のこの事業は、
    「学校で言えば文化祭」
    「町内会で言えば納涼大会や盆踊り」
    その様な村のイベント程度にしか考えていない、
    という事実でしたwww

    つまり、
    現代美術や現代アート、
    美術やアートという言葉を安易に使用している、
    その典型例なのです。

    私はかなり昔の言説で、
    TOKYO DESIGN WEEKの殺人事件について言説しました。
    https://www.machromatic.net/column_0168.html

    まさにアート、芸術、美術という言葉だけを、
    安易に使って、
    アート、芸術、美術の本質から離れ、
    目的の転移が起こっている、
    それが時に人を殺す事にも繋がってくるのです。

    アートに対する姿勢が余りにも不誠実で、
    不真面目過ぎて私はむしろ笑うしかありません。

    少なくとも私は、
    命をかけてアートに対峙しています。

    少なくとも私は、
    町内会のイベントに付き合ってる暇はないのですwww

    この様に公に公募という形で現代アートを、
    募集しているわけですが、
    主催者がこんないい加減で、
    不誠実で不真面目なものだという事実、
    それに加え、
    指定管理者制度の岸和田市のガイドラインも違反し、
    アートの崇高さを侮辱している事業なのです。

    これが私の今回の不正追及の最終報告です。

    この何日間かこの事に時間を使っていた、
    事が非常に馬鹿らしいのですが、
    少なくとも、
    私の報告の言説を見られれば、
    この公募に無駄に応募しなくて済む、
    またガイドライン違反をしている、
    その様な事実を知る。
    その様に少しでも、
    情報提供できた事が救いです。

    今回このことを、
    岸和田市議会議員に陳情するつもりで、
    陳情する岸和田市議会議員もリストアップ、
    していたのですが、
    低次元すぎる話で、
    もうその必要もなさそうです。。。

    それでは。

    (追記)
    岸和田市から岸和田文化事業協会へ200万円の補助金

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2019/05/09(木) 20:10:47|
    2. mama (美学者母) ブログ
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    公募/自泉コンテンポラリーショートフィルム&ビデオ(アートディレクター稲垣智子の不正批判シリーズ その5)

    soukai.png



    さてこの問題の不正な点が、
    色々と明確になってきました。
    私がこの問題を追求しだしたのは、
    稲垣智子の公共性や公共施設の、
    独占的使用と、
    それを背景とした文化的価値づけ、
    それは権威や利益の享受。

    しかしその不正を追求する事で、
    他にも色々な問題、
    例えば指定管理者の問題が、
    同時に浮き彫りになってきました。

    ここで改めて整理します。

    (追加前提条件)
    1、岸和田文化事業協会は民間の任意団体である。

    2、自泉会館という公共施設がある。

    3、岸和田文化事業協会は自泉会館の、
    指定管理者である。

    (追加批判要点)
    1、岸和田市と岸和田文化事業協会は、
    指定管理者を公募し指定する側と、
    公募に応募し指定される側であるにも関わらず、
    平成29年度岸和田文化事業協会の定時総会に、
    来賓として市長や所管部課である、
    国際文化課長などが出席している。
    (画像で岸和田文化事業協会の会報の画像を添付)

    (原文)
    来賓として、信貴芳則岸和田市
    長、高田昌大阪文化団体連合会運営
    委員長兼事務局長、津村昭人岸和田
    市魅力創造部長、赤井優世岸和田市
    魅力創造部理事兼文化国際課長、木
    下善史岸和田市立浪切ホール館長の
    各氏を来賓にお迎えし、会員の出席
    は48名にて実施いたしました。
     信貴市長は祝辞で「文化事業協会
    は指定管理者として自泉会館の管理
    に努めるとともに、文化活動に力を
    入れてくださり感謝しています。ど
    うか今後とも文化の担い手として活
    動を続けてください」と述べられま
    した。
     また、高田昌様からは「事業協会の
    活動は大変なことにも挑戦され敬服し
    ています。今後も活動を続けてくださ
    い」との言葉をいただきました。

    2、公募により指定管理者を募集しているが、
    実際の応募はこの岸和田市文化事業協会の応募、
    一件だけであった。その様な状況や、
    総会への市長や文化国際課長などを、
    組織の定時総会の来賓としている事から、
    この公共施設である自泉会館の管理運営は、
    岸和田市文化事業協会ありきの話で、
    行われたのでは無いかという見方が、
    一般的な見方であると思われる。

    3、この様な岸和田市と岸和田文化事業協会の、
    ただならぬ関係が、
    この岸和田文化事業協会が、
    自泉会館を我が物顔で、
    自主事業を市長の承認も無く行うという、
    その様な事が起こったのだと推測できる。

    4、この様に岸和田市は、
    岸和田文化事業協会とただならぬ関係であり、
    今回の私の指摘が岸和田市により、
    もみ消される事が十分な可能性としてある。
    また所管部課である、
    岸和田市文化国際課と私との電話のやりとりでも、
    その様な消極的な対応が見られた。

    えっとこの様に、
    大体問題の本質が見えてきました。
    今日の朝に岸和田市文化国際課に電話し、
    自主事業の承認を得ていない事に対する、
    回答がされるという事で、
    電話を待っていたのですが、
    今日は何の連絡もありませんでした。

    後はどの様な言い訳をしてくるのか?
    ということだけで、
    私の方はこの問題の本質に辿り着けたと、
    考えています。

    後は岸和田市議会議員の方々への、
    陳情書を書いてこの件の追求は終わります。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2019/05/08(水) 19:32:16|
    2. mama (美学者母) ブログ
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    公募/自泉コンテンポラリーショートフィルム&ビデオ(アートディレクター稲垣智子の不正批判シリーズ その4)

    shitei.png





    論点と問題や不正が明確に!!!

    岸和田市文化国際課と、
    岸和田市行財政改革課に、
    今回の問題の質問や聞き取りを行いました。

    今回私も改めて指定管理業務について学び、
    一番の問題が浮き彫りになりました、
    それが、

    「指定管理業務における自主事業」です。

    (追加前提条件)
    1、岸和田市の指定管理業務のガイドラインでは、
    (「自主事業」については、事前に本市の承認が必要です。自主事業に係る経費は、すべて指定管理者の負担とし、自主事業により生じる収入は指定管理者の収入とすることができます。ただし、指定管理業務に係る収支とは明確に区別する必要があります。)とある。

    2、今回指摘の事業は自主事業である

    3、自主事業であるのは紙面で主催が、
    岸和田市文化事業協会になっている事で説明できる。
    もしこれが自主事業ではなく、
    指定管理業務であれば主催は岸和田市になる。
    または共催岸和田市になる。

    (追加批判要点 )
    1、岸和田市文化国際課に電話で聞き取りしたところ、
    今回のこの自主事業(「公募/自泉コンテンポラリー
    ショートフィルム&ビデオ」)の、
    話は聞いているという事だった、
    しかしガイドラインで示されている、
    事前に市の承認が必要、
    つまり現時点2019年5月8日時点では、
    市の承認、
    つまり首長である岸和田市長の承認は無く、
    それを証明できる書面も無い。
    この事業は5月から始まっているので、
    この時点で事前の承認を得ていない事になり、
    指定管理業務のガイドラインを違反している。

    2、この指定管理業務の自主事業に関しては、
    全国の様々な自治体で問題になっている。
    そして自治体により自主事業のガイドラインがあり、
    そのガイドラインは厳格に守られるべきである。

    3、特に文化施設における、
    指定管理業務の自主事業に関しては、
    その自主事業自体が公共性、
    公共施設を元に信用を担保される事で、
    その事業、
    すなわち展示や作家に市民は信用を抱く、
    文化的または文化活動上信用は利益に直結し、
    また権威や利害が発生する事から、
    文化施設における自主事業に関しては、
    細心の注意を必要とする。
    それはガイドラインを厳格に守ることに繋がる。

    そもそも僕は最近まで岸和田市民でしたが、
    今は大阪狭山市民です。
    現在この自主事業のガイドラインを守っていない件、
    について岸和田市からの回答待ちとなっています。

    私が今回問題にしたいのは、
    稲垣智子が公共施設を優先的に使用し、
    その公共性や公共施設を背景に、
    生まれる信用や様々な利益を独占している。
    その事実を目の当たりにし、
    怒りを持ったからです。

    私の予想では、
    岸和田市の方からは、
    色々な理由を付けて言いくるめてくるのだと、
    予想しています。

    本来ならば岸和田市民として、
    情報開示請求や住民監査請求をしていきたいのですが、
    私は岸和田市民では無いので、
    その権限はありません。
    もし岸和田市民の方でこの問題を、
    このまま追求してくれる方がいれば、
    ぜひ私の言説を使ってください。

    私の落とし所として、
    岸和田市からの回答後に、
    この事実を、
    数名の岸和田市議会議員へ陳情書として、
    送付し後は行政や市議会議員の判断に、
    任せたいと思います。

    ちなみに僕もこればっかりやってられないのでwww

    (最後に)
    指定管理者制度を知らない人は、
    この話があまり理解できないと思いますが、
    ご自身で調べてみてください。
    また指定管理業務の自主事業に関しての原文は、
    画像にて貼り付けておきます。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2019/05/08(水) 12:41:27|
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    公募/自泉コンテンポラリーショートフィルム&ビデオ(アートディレクター稲垣智子の不正批判シリーズ その3)

    inagaki.jpeg




    稲垣智子にFacebookでブロックされました、
    何かやましい事があるのでしょうか?
    その後私の相棒哲学者大和のアカウントで、
    コメント欄を確認すると、
    私に対する返信をしている様ですが、
    ブロックしてるのに返信しても読めませんよwww
    かなり卑怯者ですね。
    そして今哲学者大和もブロックされたと連絡ありwww

    返信の内容は画像で添付

    稲垣智子
    「FBチェックしていませんでした、
    応募詳細にありますが、
    作品の応募先、招待も岸和田文化事業協会が行います。
    私の作品が展示されるのは公募の締め切りが6/15なので
    それまで展示する作品が無いからです。」(原文まま)

    (追加前提条件)
    1、岸和田文化事業協会は現代アートの素人。

    2、応募詳細が全てずさんで信用できない。

    (追加批判要点)
    1、紙面では稲垣智子がアートディレクター、
    すなわちこの企画立案をしていると言っているのに、
    全て岸和田文化事業協会の責任にし責任逃れをしている。

    2、公共施設を使う、
    すなわち税金を使うのにも関わらず。
    展示する作品がないからという、
    明らかに横暴な理由で公共施設での、
    自らの作品の展示を肯定している。

    3、稲垣智子の論理で言うと、
    公共施設に展示する作品がなければ、
    稲垣智子の作品を展示してもいいという論理である。

    この様に稲垣智子という人間は非常に無知で、
    公共とはなんたるかを理解していません。
    この様なメンタルの人間が、
    公共施設や税金を我が物顔で無駄遣いするのです。

    今後もこの問題の追求をしてまいります。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2019/05/07(火) 16:32:02|
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    公募/自泉コンテンポラリーショートフィルム&ビデオ(アートディレクター稲垣智子の不正批判シリーズ その2)

    本日、
    岸和田市役所文化国際課に電話にてこの、
    「公募/自泉コンテンポラリーショートフィルム&ビデオ」
    についてと、
    岸和田文化事業協会について問い合わせしました。
    (なお会話内容は全て録音しております)

    (追加前提条件)
    1、岸和田文化事業協会は法人格の無いただの任意団体である。

    2、岸和田市はこのただの任意団体を、
    自泉会館の指定管理者として三年経過。

    3、指定管理者の公募入札は一件だけで、
    それが岸和田文化事業協会である。

    4、指定管理者としての予算が年間、
    税金から1100万円程度支払われている。

    5、岸和田市(行政)として岸和田文化事業協会の、
    行う展示や催しは無関係である。

    6、岸和田文化事業協会はなぜか自分たちは文化行政、
    を行なっているとWEBページ(保存済み)で公言している。

    (追加批判要点)
    1、岸和田文化事業協会は岸和田市とは無関係であり、
    また法人格も持っていない任意団体である。
    任意団体とはその辺の町内会やサークルと変わらない、
    その様な団体を公共施設の指定管理会社に指定し、
    税金で管理運営料を支払っている。

    2、岸和田文化事業協会は、
    国家機関や地方公共団体でも無いのに、
    文化行政を担っている事を公言し、
    自分たちがいかにも行政機関であるかの様に、
    市民に誤解を与え自らの利益に繋げている。

    3、少なくとも岸和田文化事業協会には、
    指定管理者として税金が入っている、
    あくまで自泉会館というのは公共施設であり、
    特定の人物が特別優遇されるべきものでは無い。
    今回問題の事業は、
    岸和田文化事業協会主催であり、
    自らが公共施設の指定管理者としての立場を、
    優位に利用し、
    特定の人物(稲垣智子)に対し、
    優遇し誤った権威を与えかねない事案である。

    4、発表された紙面や現在調査中の情報から、
    分析される事として、
    私人としての特定の個人が、
    公共というある種の信用を、
    私利私欲により使用しようとしている、
    その様に分析される。

    5、発表された紙面のずさんさの追記。
    発表された紙面では4〜5名を選出すると記載、
    しかし展示期間は2019年6月から2020年3月まで、
    また毎月一名を展示すると記載がある。
    単純に一ヶ月一名であれば10名の展示になるのだが、
    4〜5名を選出するとなっている。
    論理的な間違いであり、
    いかにこの事業がずさんなものか理解できる。

    どうも美学者母です。
    現在この様に様々な事を調査中です。

    今後は岸和田文化事業協会に対し、
    この事業の予算の詳細の公開を請求します。
    またアートディレクターへの報酬等も、
    その上で明るみになってくるでしょう。

    最終的には報告書を作成し、
    数名の岸和田市議会議員の方へご報告し、
    この件は終わらせようと考えています。

    しかし、
    そもそも稲垣智子さんからの返答を待っているのですが、
    全く反応がありません、
    どうしたのでしょうか?
    私の言説が間違っているなら間違っているとか、
    何か反応は無いのですかね?

    おそらく稲垣智子さんのお知り合いは、
    これを見られた方でおられると思うし、
    そもそも本人が見られてると思うのですがwww

    まぁ今後もこの追求をしてまいります。

    拡散よろしくお願いいたします。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2019/05/07(火) 15:05:27|
    2. 政治
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    公募/自泉コンテンポラリーショートフィルム&ビデオ(アートディレクター稲垣智子の不正批判シリーズ その1)




    jisen.png




    (前提条件)
    1、稲垣智子は公人である
    稲垣智子は岸和田市の税金による文化行政において、
    一年間にわたる文化事業のアートディレクターを、
    呼称していることから公人として扱う。

    2、岸和田市は東の水戸、西の岸和田と言うくらい、
    文化行政が市民主導であり市民が自ら運営し独立して、
    行なっていると公的に宣言している。

    3、主催の岸和田文化事業協会はその様な文化行政の、
    精神に則り市民主導、独立した民主的文化行政をする、
    その為の組織である。

    (批判要点)
    1.まず稲垣智子の立ち位置が理解できない
    今回の文化行政事業は公共事業であるわけであるが、
    発表された紙面からは稲垣智子へ一つの公共事業が、
    一任されている様に見受けられる。
    またアートディレクター稲垣智子と発表されているのだが、
    公募にそもそもアートディレクターが必要では無い。
    また公募であるのにも関わらず、
    審査基準が示されず紙面だけをみると、
    稲垣智子が一人で審査すると伺え。
    審査員は誰一人として名前が記載されていない。

    2、金銭的決済者とアートの審査者が同一
    発表された紙面において稲垣智子以外の個人名は無い、
    また選出されれば一万円の謝礼が受け取れると記載。
    つまり税金を使う決済者とアーティストを選出する、
    審査員が同一人物であり、またその人物は、
    稲垣智子だけである。
    つまり権限が集中し独裁的であり、
    全く民主的な文化行政事業とは言い難い。

    3、この事業の不明確さ
    紙面の記載では2019年6月から2020年3月まで、
    毎月一人ずつの展示と記載されているが、
    公募の締め切りの記載は2019年6月15日である。

    4、アートディレクター稲垣智子の展示
    事業を行う稲垣智子が2019年5月に展示を行なっている。
    なぜ自分の作品は公募ではなく独占的に展示しているのか?
    公共性または公募である性質上、
    これはまさに私利私欲の税金の私的利用に伺える。

    この様に文化行政を私的に利用し、
    自らの私利私欲や権威付けしようとする試みは、
    私は徹底的に批判します。

    今後この言説は、
    「公募/自泉コンテンポラリーショートフィルム&ビデオ(アートディレクター稲垣智子の不正批判シリーズ」
    として継続していきます。

    拡散のほどよろしくお願いいたします。
    またYoutubeでもこの件について動画を上げますので、
    どうぞお楽しみに!!!

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2019/05/06(月) 16:06:27|
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    マクロマティック心理芸術療法研究所
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    『ウェブアート宣言』(Web art declaration)

    本日、2010年5月9日。
    インターネットという虚像と実像が共存する場。
    虚像と実像が表裏一体であり、媒介する。
    その媒介した場所が空虚である。
    インターネット上のウェブはまさに空虚である。
    その空虚であるウェブで。
    己が己である事を確認し。
    ウェブインスタレーションと定義する。

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                   (mama)






    Macromatic is an composite art enterprise in Kishiwada city, Osaka area.



    "Web art declaration"

    Today, May9th,2010
    Place where the internet exists together between virtual image and real image.
    The virtual image and the real image are consistencies, and it mediates.
    The mediated place is empty.
    The web on the Internet is exactly empty.
    With the empty web.
    The thing whose yourself is yourself is confirmed.
    It is defined as the web installation.

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    MAIL office@machromatic.net





    【本名】田中智和 (mama、母)
    現代美術作家・アートディレクター
    (専門分野)
    ストリートアート・ストリートカルチャー

    日本会議 正会員

    One JAPAN project 代表
    http://www.onejapan.jp

    Art×Street(日本アート×ストリート協会)
    http://artxstreet.com



    【略歴】

    ※1978年
    ・大阪府岸和田市に生まれる

    ※1994年 
    ・鳥取県へ移住

    ※1996年 
    ・スケートボードをはじめる

    ※1997年 
    ・大阪に帰ってくる
    ・アーティスト活動開始

    ※1998年 
    ・グラフィティライターとしてストリートで活動開始

    ※2002年6月 
    ・大阪のスケートボードショップOVAL NETWORKで個展

    ※2002年7月 
    ・大阪の古着屋MAX FIELDで個展

    ※2002年8月 
    ・村上 隆が主催するアートイベント 「GEISAI-2」(東京)に参加

    ※2003年7月 
    ・大阪のclub NEOのクラブイベント「NEO SUMMER FESTIVAL」に参加

    ※2004年6月 
    ・大阪・岸和田の岸和田中央会館ギャラリーで個展
            mama Art Show 2004 「春 風 花」

    ※2005年5月 
    ・大阪・岸和田の町家 光輪庵で二人展
       machromatic Art Show 2005 「こころ、であう。」

    ※2005年12月 
    ・大阪府公園協会・泉佐野市公園緑化協会主催
    「Twinkle Park in Rinku 2005」でアートパフォーマンス

    ※2006年4月 
    ・「第3回 ART BASE NULL 作家交流展」(泉佐野 新井邸)に参加
       後援 大阪府、大阪府教育委員会など。
    ・遊び心創作家として活動開始

    ※2006年9月 
    ・主催 文化庁 共催 田尻町教育委員会
     「こどもアート体験 北欧~日本展」参加

    ※2006年11月
    ・Joint Art Battle -JAB-(富山)参加

    2007年4月
    ・東京・下北沢のclub WEDGのアートイベント参加
      1seam「New Born Babys☆」

    ※2007年5月 
    ・第4回 ART BASE NULL 作家交流展(泉南市 山田家)に参加
      後援 大阪府、大阪府教育委員会など。

    ※2007年10月 
    ・食の専門学校レコール・バンタン臨時講師(大阪市)
     展覧会「食とアートのコラボレーション」プロデュース

    ※2007年12月 
    ・Joint Art Battle -JAB-(富山)参加

    ※2008年5月 
    ・第5回 ART BASE NULL 作家交流展(泉南市 山田家)に参加
      後援 大阪府、大阪府教育委員会など。

    ※2008年6月
    大阪・大阪市中央区「ぎゃらり かのこ」で個展
      mama exhibition「アートバイブレーション」

    ※2009年11月
    東京・有楽町でのアートフェア
       「YOUNG ARTISTS JAPAN Vol.2」参加

    ※2010年5月
    『ウェブアート宣言』(Web art declaration)

    ※2010年6月
    雑誌「プライベートアイズ」の特集へ参加
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