FC2ブログ

    machromatic

    machromatic (マクロマティック) 美学者母のブログ

    死をできるだけ遠ざけたものが日常である(一般人と芸術家どちらが現実を生きているのか?

    どもっ美学者母です!!!
    僕もこうして日々生きているわけですがwww
    僕の生の営みが一般的であるかというと、
    僕自身も自分で一般的だとは思わないわけです。
    しかし普段あまり一般人とコミュニケーションしないと、
    自分の生の営みが普通だと思ってしまうわけです、
    そんな時に、
    一般人の方々とコミュニケーションすると、
    まぁ色々と驚きや新しい発見があります。
    時に自分の生き方というものを客観的に観る、
    そういった事もとても大切なものだと考えています。

    そこで今回は改めて、
    一般人と美学者母の生の営みというものを、
    俯瞰して考えてみようと思うのです。

    例えば「日常」という言葉をキーワードに、
    考えてみても、
    一般人と美学者母との生の営みの違いというものが、
    はっきりと分かれてくることが理解できます。

    では「日常」とはなんでしょうか?
    私美学者母にとって「日常」は存在するのでしょうか?
    まず「日常」という定義や意味から、
    その様なことを考えていきたいと思います。
    私が考える「日常」とは、
    「死をできるだけ遠ざけたもの」が、
    「日常」であると考えています。
    それはどういうことかと言うと、
    例えば「1分後は絶対にくる」、
    「10分後は絶対に訪れる」、
    「1時間後は確実に存在する」
    「明日は必ずやってくる」、
    「1年後はきっと生きている」、
    「10年後は年をとっている」、
    この様な時間軸がサスティナブルに連続する、
    その様な前提で、
    「生を営む」ことが「日常」なのだと考えているわけです。

    では美学者母に「日常」は存在するのかというと、
    それは存在しないわけです。
    私は常に「死」を体感し、
    「死」を意識し、
    「死」を考えています。
    さらに言えば常に「死」を恐れています。

    例えばそれを逆説的で簡単にいうと、
    「刹那に生きる」という事になります。
    それを具体的にいうと、
    「死」を体感する、
    または「死」を常に意識するということは、
    この刹那の「生」を大切に生きるという事です。
    「生」というものが「連続」して、
    続いていくのだという前提には立たず、
    常に「死を前提に生きる」という事です。

    この様な単純な「生の営み」に対する、
    「前提条件」の違いというものが、
    人間の質に絶対的な違いを生じさせます。

    それが冒頭にも述べた、
    一般人とのコミュニケーションで、
    現れてくるし、
    驚きや新しい発見があるわけです。
    私が「日常」というものを感じる時、
    それが一般人とコミュニケーションした時に、
    感じる感覚であるわけです。

    それがある種「コミュニケーションの不協和」を起こし、
    私にとっては非常に不快であり、
    また非常にストレスになるわけですが、
    私も社会の中に存在しているわけなので、
    その様なネガティブなものとも、
    真摯に向き合って、
    しっかりと受け止めていかなければならない、
    そう考えているわけです。

    僕の様な「生き方」をしていると、
    僕の「生き方が変わっている」とか、
    「地に足ついていない」とか、
    「現実を生きていない」とか多々言われるわけですwww
    しかしそれは本当でしょうか?
    本当の意味で「現実」を生きていないのは、
    どちらなのでしょうか?

    「現実」は人間皆んないつ死ぬかなんてわからない、
    「現実」として1分後に死んでいる事だってある、
    むしろ僕から言わせれば、
    1年後に生きていることが自明であるかの様に、
    1年後の事を話している人の方が、
    とても現実を生きているとは思えないのです。

    つまりこの様な現象から何が理解できるか、
    というと、
    一般的に「現実を生きている」と言われている人は、
    本質的に「現実を生きていない」わけで、
    逆に一般的に「現実を生きていない」と言われている人は、
    本質的に「現実を生きている」わけです。

    この様に一般性と本質性が二律背反するというのが、
    「世界の真理」なわけなのですが、
    この様に改めて俯瞰してみると面白いものです。

    また私は思ったことや考えたことは、
    「すぐに言います」
    「すぐに行動します」
    正しいものは正しい、
    嫌いなものは嫌い、
    間違っているものは間違っている。

    今言わずしていつ言うのか?
    今やらずしていつやるのか?

    その様な私の考え方の前提も、
    前述した様な前提条件からくるものです。

    非常に単純な前提条件の設定の違いで、
    大きな人生の違いを生み出します。

    その点は「日常」を生きる方々も、
    一度俯瞰して考えてみると、
    自分自身の「生き方」が、
    違って見えてくるのではないでしょうか。

    美学者母
    スポンサーサイト



    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2019/11/19(火) 14:01:52|
    2. 日常
    3. | トラックバック:0
    4. | コメント:0

    アートに真摯に向き合っているアーティストとクソなアーティストの見分け方(革新しないアーティストはそもそもアーティストでは無い)

    続きを読む

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2019/11/14(木) 18:54:50|
    2. アート
    3. | トラックバック:0
    4. | コメント:0

    生体的反応としての判断、ホメオスタシスを利用して生き方を最適化する。(刹那に生きるとはどういう事か?)

    最適化という言葉は、
    昨今の日本でも多用されている言葉ですが、
    いい意味でも悪い意味でも、
    あまり実用的にうまく運用されていない、
    その様に感じるわけです。

    僕自身小さい頃から野球をしており、
    野球少年であり、
    高校では鳥取県の高校へ、
    野球留学していたわけですが、
    そのある種「スポ根世界」を10年近く体験し、
    その中でいる時は、
    不条理な事、
    非合理的な事、
    そんな事を一切疑わず、
    ある種洗脳されて生きていたわけです。

    そして18歳で高校卒業後、
    東証一部上場の大企業の就職先まで、
    既定路線で線路が引かれた上で入社。
    まぁそこまでは全く自分の意志というものは無く、
    ただひたすら親のいう事に従って生きていました。

    しかし半年もせずにその会社を退職して、
    そこからまさに僕自身の「革命」が起こるわけですwww
    何と言いますか、
    それまでの「洗脳状態」から解き放たれた、
    その「反動」が強すぎて、
    まぁ一般社会からいえば、
    「無茶苦茶」な生き方を始めるわけです。

    それは自分自身がいかに、
    自分の意志で生きていなかったのか、とか。
    毎日の様に「暴力」を振るわれて、
    理不尽な事を言われて、
    口にしていいのは「はい」だけ。
    練習方法も何の意味もない、
    ただ根性を鍛え上げるという理由で、
    考えられた練習メニュー。

    結果得られたものは、
    良くも悪くも、
    その稀に見る体験そのものだけでした。

    日本は今でも、
    「無駄」に努力すること、
    「無駄」に我慢すること、
    そんな事が美徳とされているわけです。

    僕の根本の原体験として、
    この様な体験があるからこそ、
    高校卒業後、
    「合理化」「最適化」する事へ、
    自分自身の脳の仕組みを変えていきました。

    高校卒業後は本当に色々な経験もし、
    本当に悩み苦しみました、
    そして僕が出した結論は、
    やはり野球で経験した、
    ある種の「スポ根」的なものは、
    自分にとっても、
    人間全てにとっても、
    善き事では無いという結論でした。

    今の日本では、
    まだこの様な「スポ根」的な、
    学校、会社、組織というのが、
    私が見渡す限り多数派であり、
    ある種目的に対しての無駄というのが、
    現在の日本において、
    最大の問題だと考えています。

    では僕はどうやってその様な、
    目的に対しての、
    「合理化」「最適化」する術を会得したのか、
    それは皮肉にも、
    「スポ根」的に生きていた野球少年時代、
    野球留学した高校時代、
    その時に会得していました。

    これは非常に面白いのですが、
    「野球」とか「スポーツ」という目的に対しては、
    僕の10年近くの時間というものは「無駄」だった、
    しかし「極限に追い込まれた状態」、
    つまり「死」を意識する状態で、
    どうやって生き抜いていくのか、
    そういう「生物」としての「根本目的」にとって、
    私は「合理化」し「最適化」していたのです。

    皆さまはどこまでリアリティが湧くか、
    想像できませんが、
    実際に高校の寮では、
    寮を脱走するものが後を絶たず、
    僕の一年先輩は自殺未遂までしました。

    つまり私は、
    「野球」をしていた10年近く、
    「野球」という目的では無く、
    「極限状態」で生き抜く術を会得していたのです。

    現在41歳になりましたが、
    18歳を過ぎてから、
    このある種「生き抜く力」というものは、
    存分に発揮してきていると思います。

    では僕が言う「生き抜く力」と言うものは、
    一体どういうものなのか解説していきます。

    まずはじめに「生きる」という事は何か?
    という事を考えましょう。
    「生きる」とは、
    違う言い方をすれば「判断する」と、
    言い換える事が可能です。

    そしてこれを倫理学のトロッコ問題の様に、
    考えてみるとします。
    つまり「判断」の問題、
    すなわち「生きる」という問題です。

    一つの線路の上をトロッコが走っています、
    そしてその先に二つに別れた線路があり、
    一つの線路は崖に落ちていき死んでしまいます。
    もう一つの線路は大きな平野の真ん中を、
    さらに進んでいきます。

    貴方が舵を切るとすればどちらに切るでしょうか?

    これはもう意識する前に、
    大きな平野の真ん中を進む方向へ舵を切るでしょう。

    この判断はもはや思考や考えというものでは無く、
    無意識、生体的反応といえる「判断」です。
    そしてこれはホメオスタシスとも言えます。

    つまり人間は「生きる」という目的に対して、
    思考や考えというものを超越した、
    無意識、生体的反応としての「判断」を、
    ホメオスタシスの表層として行なうわけです。

    これは何を言い表しているのかというと、
    人間は常に「死」を意識することにより、
    生きるという「目的」において、
    合理的で最適な「判断」を、
    生理的つまり「身体性」によって行なう、
    という事です。

    さらにそれを踏み込んでいうと、
    「刹那に生きる」ことにより、
    様々な目的にもその生理的、
    つまり「身体性」を伴う、
    「合理的」で「最適化」された「判断」を、
    「無意識」に「生理反応」として行なうのです。

    この方法は最も自分にとって、
    「シンプル」な判断になります。
    つまり「余計」なもの、
    「余計」な意味、
    「余計」な感情、
    「余計」な考え、
    それらを全て排除します。

    私はこの「判断方法」を会得し実践して、
    20年以上経ちますが、
    当然その判断がうまくいかない事の方が、
    多いです。

    しかしその判断、
    つまりその「生き方」に、
    自分自身が晴々しくとても善い気分です。

    そして今日も、

    「生かして頂いてありがとう」と、

    深い感謝の気持ちを抱くのです。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2019/11/12(火) 20:35:40|
    2. mama (美学者母) ブログ
    3. | トラックバック:0
    4. | コメント:0

    NHKから国民を守る党(N国党)党首の立花孝志と、世の中の成功者とのある面での共通性(今意味のある事と、目的にとって意味のある事は違う。)

    皆さんはNHKから国民を守る党を知っていますか?
    その党首である立花孝志を知っていますか?
    実は私はかなり昔から立花孝志のYouTubeの視聴者で、
    おそらく何年前か全く覚えていませんが、
    お金が無くてあの手この手でお金を集めている、
    その様な状況で立花孝志が一人で、
    なんやかんやしている頃から観てきています。
    そう言えばなんか怪しい保険?
    NHKに訴えられたら保証するみたいな保険も、
    立花孝志が売っていたのも覚えていますwww

    結構今立花孝志に注目している人って、
    2019年の統一地方選以降に注目しだした人が、
    多いのではないかと思います。

    NHKから国民を守る党が国政政党になり、
    ホリエモンなど大物とコラボしたりと、
    何か革命を起こすのではと思わす位に、
    非常にアクティブに活動されています。

    確かに評価は二分するものの、
    その実績は誰もが認めざるおえない状況ですし、
    僕も長い間、立花孝志を観てきていますが、
    よくもここまできたなと感服しています。

    ここ半年くらい、
    NHKから国民を守る党が非常に注目され、
    それに対する言説や映像など沢山の方々が、
    発信していますが、
    どの方々も立花孝志の現状の成功の形を分析し、
    当然その革新性や逆にその危うさなど、
    現在の表面的な状況を分析している人々がほとんどです。

    しかし私は立花孝志に非常に興味を持つのは、
    その「登りつめ方」なのです。

    立花孝志はどうやって高卒のNHK職員から、
    国政政党の党首まで登りつめたのか、
    これらの事は私の様に一人で活動している、
    あらゆるジャンルの人間にとって、
    非常に意義のある分析内容だと思います。

    立花孝志の「登りつめ方」は、
    実は色々な成功者が実践しており、
    それは私自身も実践している方法であり、
    その一端を皆様に解説していきたいのです。

    まず大きなアウトラインとして、
    「プラグマティズム」という考えが中心をなしています。
    これは「実利主義」とも言えますが、
    つまり実践にこそ意味があるという考えです。

    とにかく自分が興味を持った事や、
    やってみたい事、変えたい事、
    それらを実際の行動で強引に行うのです。

    それは現実的に時にポジティブな事ばかりでなく、
    やりたいことをやるという事は、
    ある意味社会から観れば愚行と映ることが、
    ほとんどなのです。

    だからこそ立花孝志の行動の評価は二分し、
    むしろ肯定より否定が多いのです。

    なぜなら自分のやりたい事、変えたい事、
    というのは往々にして、
    法律や社会の秩序、ルールを逸脱するからです。

    例えば他の成功者で考えると、
    私が尊敬するスティーブジョブズは、
    アメリカのリード大学に入学するも、
    興味の無い必修科目を履修するのが意味が無いと、
    中途退学したが、
    中退した後に自らが興味を持つ科目を聴講した、
    そこにその後成功に重要になった、
    哲学やカリグラフィーと出会う事になる。

    スティーブジョブス自身もここから考えるに、
    プラグマティズム的な思考であり、
    そもそも大学を卒業することが目的では無く、
    自分自身が興味のある、
    自分自身にとって意味のある、
    その様な事を学ぶという行動を実践している。

    しかしこの様にある意味「過去を振り返る」、
    という行為は非常に美化されたものである。
    それをリアルタイムで時間を共有していた、
    近い人間からすれば、
    スティーブジョブズはどうしようもない、
    人間だったことは想像にかたくない。

    それは立花孝志も同じである、
    私は立花孝志を初期の段階から、
    リアルタイムで観てきたが、
    簡単に言うととんでもない人間であるし、
    さらに実践してきていることも、
    非常にグレーな事を多く実践してきている。

    また立花孝志はその実践を出来るだけ多く実践しており、
    立花孝志はそのほとんどに失敗してきているのも、
    私は観てきている。

    これはスティーブジョブズも同じで、
    実践の数だけ、失敗が積み上がっていくのは、
    自然の摂理であるし、
    そのトライアルアンドエラーこそが、
    現在の成功者にとって最も重要であると、
    考えられるのである。

    「今意味のある事と、目的にとって意味のある事」、
    これは全く違うのである。

    例えばスティーブジョブズにとって、
    大学を卒業するだとか、
    必修科目を履修するというのは、
    「今意味のある事」であっただろうが、
    スティーブジョブズの、
    「目的にとって意味の無い事」であって、
    哲学やカリグラフィーというものが、
    スティーブジョブズの、
    「目的にとって意味のある事」であったのだ。

    立花孝志で言えば、
    当選するはずの無い選挙に出馬する事は、
    「今意味のない事」であるが、
    立花孝志の、
    「目的にとって意味のある事」であるのだ。

    つまり以上を整理すると、
    現在の成功者は、
    「今意味のある事」を実践するのでは無く、
    そもそもの「目的にとって意味のある事」を実践する。
    それらが共通する側面である。

    私たち人間は、
    「そもそもの目的」を忘れがちであり、
    周りの雰囲気や勢いに流され、
    波風立てず「今意味のある事」を、
    短絡的に選び、
    「そもそもの目的」からどんどんと、
    離れていってしまうのが現実である。

    今でも立花孝志のYouTubeなどを観るのだが、
    立花孝志を観るたびに、
    プラグマティズムを再度認識する。

    立花孝志の手法は賛否が別れるところではあるが、
    私たちがそこから学べることは、
    「私たちはそもそも何の目的でそれをしているのか?」
    という視点を再度認識させてくれる。

    皆さまも、
    日常を漠然と過ごさず、
    「そもそもの目的」というものを、
    再考してみると、
    自分自身の人生をさらに豊かにできるのでは、
    ないでしょうか。

    美学者母

    テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

    1. 2019/11/08(金) 14:23:35|
    2. mama (美学者母) ブログ
    3. | トラックバック:0
    4. | コメント:0

    Profile

    FC2USER590191GYW

    Author:FC2USER590191GYW
    mama Artist Promotion Video
    http://www.youtube.com/watch?v=mR12s6MhMS8



    美術家 「mama」 Official WebSite
    http://www.mamalab.info





    facebook
    http://facebook.com/machromatic






    COMPOSITE ART COMPANY "machromatic"
    マクロマティックは大阪・岸和田に拠点を置く総合芸術企業です

    美術商 第622122106978号 大阪府公安委員会



    マクロマティック心理芸術療法研究所
    http://www.artstherapy.biz/







    『ウェブアート宣言』(Web art declaration)

    本日、2010年5月9日。
    インターネットという虚像と実像が共存する場。
    虚像と実像が表裏一体であり、媒介する。
    その媒介した場所が空虚である。
    インターネット上のウェブはまさに空虚である。
    その空虚であるウェブで。
    己が己である事を確認し。
    ウェブインスタレーションと定義する。

    http://www.machromatic.net

            現代美術作家 田中智和
                   (mama)






    Macromatic is an composite art enterprise in Kishiwada city, Osaka area.



    "Web art declaration"

    Today, May9th,2010
    Place where the internet exists together between virtual image and real image.
    The virtual image and the real image are consistencies, and it mediates.
    The mediated place is empty.
    The web on the Internet is exactly empty.
    With the empty web.
    The thing whose yourself is yourself is confirmed.
    It is defined as the web installation.

    http://www.machromatic.net

    Artist Tomokazu Tanaka (aka.mama)
















    マクロマティック
    http://www.machromatic.net

    SELECT ART SHOP マクロマティック
    http://machromatic.shop-pro.jp/

    美学者母ブログ
    http://www.aesthetics.jp/

    machromaticメールマガジン登録
    http://www.mag2.com/m/0001288712.html

    ショップメールマガジン登録
    https://secure.shop-pro.jp/?mode=mailmaga&shop_id=PA01073629

    Twitter
    http://twitter.com/machromatic

    skype名 machromatic




    office
    〒596-0021
    大阪府岸和田市松風町25-18
    美術商 第622122106978号 大阪府公安委員会
    TEL/FAX 072-447-4066
    MAIL office@machromatic.net





    【本名】田中智和 (mama、母)
    現代美術作家・アートディレクター
    (専門分野)
    ストリートアート・ストリートカルチャー

    日本会議 正会員

    One JAPAN project 代表
    http://www.onejapan.jp

    Art×Street(日本アート×ストリート協会)
    http://artxstreet.com



    【略歴】

    ※1978年
    ・大阪府岸和田市に生まれる

    ※1994年 
    ・鳥取県へ移住

    ※1996年 
    ・スケートボードをはじめる

    ※1997年 
    ・大阪に帰ってくる
    ・アーティスト活動開始

    ※1998年 
    ・グラフィティライターとしてストリートで活動開始

    ※2002年6月 
    ・大阪のスケートボードショップOVAL NETWORKで個展

    ※2002年7月 
    ・大阪の古着屋MAX FIELDで個展

    ※2002年8月 
    ・村上 隆が主催するアートイベント 「GEISAI-2」(東京)に参加

    ※2003年7月 
    ・大阪のclub NEOのクラブイベント「NEO SUMMER FESTIVAL」に参加

    ※2004年6月 
    ・大阪・岸和田の岸和田中央会館ギャラリーで個展
            mama Art Show 2004 「春 風 花」

    ※2005年5月 
    ・大阪・岸和田の町家 光輪庵で二人展
       machromatic Art Show 2005 「こころ、であう。」

    ※2005年12月 
    ・大阪府公園協会・泉佐野市公園緑化協会主催
    「Twinkle Park in Rinku 2005」でアートパフォーマンス

    ※2006年4月 
    ・「第3回 ART BASE NULL 作家交流展」(泉佐野 新井邸)に参加
       後援 大阪府、大阪府教育委員会など。
    ・遊び心創作家として活動開始

    ※2006年9月 
    ・主催 文化庁 共催 田尻町教育委員会
     「こどもアート体験 北欧~日本展」参加

    ※2006年11月
    ・Joint Art Battle -JAB-(富山)参加

    2007年4月
    ・東京・下北沢のclub WEDGのアートイベント参加
      1seam「New Born Babys☆」

    ※2007年5月 
    ・第4回 ART BASE NULL 作家交流展(泉南市 山田家)に参加
      後援 大阪府、大阪府教育委員会など。

    ※2007年10月 
    ・食の専門学校レコール・バンタン臨時講師(大阪市)
     展覧会「食とアートのコラボレーション」プロデュース

    ※2007年12月 
    ・Joint Art Battle -JAB-(富山)参加

    ※2008年5月 
    ・第5回 ART BASE NULL 作家交流展(泉南市 山田家)に参加
      後援 大阪府、大阪府教育委員会など。

    ※2008年6月
    大阪・大阪市中央区「ぎゃらり かのこ」で個展
      mama exhibition「アートバイブレーション」

    ※2009年11月
    東京・有楽町でのアートフェア
       「YOUNG ARTISTS JAPAN Vol.2」参加

    ※2010年5月
    『ウェブアート宣言』(Web art declaration)

    ※2010年6月
    雑誌「プライベートアイズ」の特集へ参加
    きこえをアートする デコレーション補聴器の作品提供





    ■■ machromaticホームページ ■■

    PC用  http://www.machromatic.net

    Latest journals

    Latest comments

    Latest trackbacks

    Monthly archive

    Category

    mama (美学者母) ブログ (334)
      映画 (4)
      アート (81)
      日常 (41)
      美学 (6)
      美学・哲学 (71)
      美術作品 (4)
      美術理論 (19)
      政治 (39)
      デザイン (4)
      セックス (0)
      オリンピック (0)
    愛犬武蔵 (1)
    ヒップホップ (4)
    映像 (2)
    ワールドカップ (0)
    経済 (39)
    スポーツ (1)
    福島原発 (1)
    高校野球 (1)
    だんじり祭 (4)
    在日問題 (0)
    インターネット (3)
    宗教 (1)
    ファッション (1)
    展覧会 (1)
    音楽 (1)
    オムニアート (1)

    Search form

    Display RSS link.

    Link

    add link

    Friend request form

    Want to be friends with this user.